第8話 反応と対処


「青春モノって、小説だと大変そうだよね」


「と、いいますと?」


 急にそんな事を言いだしたパクチーが、描き終わった画像データを眺めながらため息を溢していた。

 なにかしら問題が発生したのだろうか?

 なんて思って覗き込んでみたが、コレと言って何も無さそうだが。


「漫画、ていうかSNSに上げる様な短編であれば、断片的な話でもウケるというか。そのシーンだけ面白ければ良い訳じゃん? でもさ、小説だとそこだけって訳に行かないでしょ? 大変そうだなぁって思って」


「あ、それはアレか。最近俺が上げてる話が伸びてないって話題か」


「ま、直球に言っちゃうとそうですね」


 そんな事を言いながら、彼女はSNSに今しがた描いた話を投降していた。

 たしかにまぁ、そういう一面もあるのかもしれない。

 小説の場合、短編でもない限りその舞台設定から書かないといけない訳で。

 一冊分で考えると、あまり適当に書いてしまっては後に続かない。

 とはいえ漫画だって短編だったとしても“どういう世界なのか”ってのを描かなければいけない訳だから、そこまで違いはない気はするが。


「この前さー……登場人物の行動に対して批判系のコメントが来てさ」


「ほぉ、まぁ一定数は居るだろうな?」


 大きな溜息を溢す彼女は、自分の机にベチャッと上半身を投げ出し、もう一度ため息を吐く。


「だってさぁ、私達みたいな歳になっても全部間違えずに居るって無理じゃない? それなのに、これはおかしいとか、こうした方が良いだろ、常識的に考えて間違ってるみたいな。そういうコメント貰うと、結構、その……」


「やる気が削がれる?」


「ぶっちゃけ、そうなります」


 こればかりは致し方ないというか、作品を作る人間なら誰しも通る道。

 それどころか作品を作り続ける以上、ずっと付いて来る問題だろう。

 だがしかし、コメントの一つ二つで筆を止めてしまうとその後に続かないのは確かな訳で。


「焼肉はこういう時どうしてる? あ、気分的な話ではなく。若い子設定で話を書き始めた時、こういうコメント貰った場合って話ね?」


「無視、あまりにも酷ければブロック」


「辛辣」


 彼女には呆れた声を頂いてしまったのだが、正直コレが一番早い。

 実際若人の話を書こうが、ある程度年齢がいった主人公の話を書こうと。

 俺の考える主人公は、どこまで言っても人間なのだ。

 知らない事の方が多いし、手元にスマホでもあってすぐに調べられる環境にないと解決出来ない問題の方が多い。

 異世界ファンタジーなんて、まさにソレだ。

 アレもコレも知っている主人公、そういう人も中には居るのかもしれない。

 でも普通はそうじゃない……と思う。

 だからこそ、無知も描く。

 こればかりは、結構好き嫌いが分かれるだとうが。

 なんでこの人はこんなにも博識なのだろう? 前にそういう職に就いて、専門的な知識を養ったのか?

 俺はそんな疑問が湧いて来てしまうのだ。

 だがそんな説明もないまま、とにかくシレッとこなしてしまう主人公達は確かに存在する。

 読者もそれを求め、主人公は完璧であれというスタンスの人も間違いなくいるのは分かるが。

 俺はあんまりそういうのは書かない質だ。

 知っている人からすれば「何でそんな事も分からないんだ」というストレスを覚える描写が増えるだろうし、確実にそう言う人達は離れていく。

 だからこそ、主人公万能型に描くってのも間違いではないのだが。


「俺の好みの話をすれば、そういう意見は無視してパクチーの思い描く若者を書けば良いと思うけど」


「分かってるけどさぁ……数字とかねぇ」


「ま、それも分かるけどね」


 何てことを言いながら、二人して彼女の今上げた漫画の伸び率を見つめていた。

 閲覧数は悪くない、でも一つ二つとコメントが増えて来ると。


『だから、なんでこの主人公こんな馬鹿な訳? 普通に考えたら――』


『周りの人間も馬鹿だよね、こんな展開になるって誰でも良そう出来るし。取り柄がないなら――』


 彼女が問題視しているだろうコメントが、早くも寄せられてしまった。

 あぁ、なるほど。

 ちょっと厄介なのに絡まれている様だ。


「ほらぁ、コレですよ。“絶対正解主義”みたいな、こういう人が増えて来てさ」


「ぶっちゃけブロックで良いんじゃないかなぁ。こういうコメントを放置すると、他の人も同調して荒れ始めるし。作品自体を楽しんでいるって分かっても、あまりにも言葉の強い人とかは、ブロックした方が荒れないかな」


「そういうもんかねぇ」


 そんな会話をしながら、彼女はポチポチとPCを操作しつつ今しがたコメントを投降した相手をブロックした。

 これが正しいと胸を張って言える訳じゃないけど、放っておくと似たようなコメントが増えるのは確かだ。

 経験上、誰か一人が火種を投げ込めば。

 二人目三人目と、似たような批判をしてくるユーザーが増える。

 そして強い言葉、先程のコメントで言うなら「馬鹿だ」とか「取柄がない」っていうキャラクターに対しての悪口。

 好きだ嫌いだというのは普通に感想だとは思うけど、暴言に近い物を放っておくと間違いなく増殖する。

 かなりのヘイトキャラでも登場させればある程度は仕方ないが、例えサブキャラに対してのコメントだったとしても早めに処理してしまった方が吉。

 と、俺は思っている。

 読者として気に入った作品のコメント欄を開いた時、暴言ばっかり並んでいると冷めるし。


「実際問題、俺等が高校生の時。そんなに全て正解に近い行動が取れていたかって言うと、絶対違うじゃん」


「まぁ、そうだね。むしろ間違いだらけだった気がする」


「それを共感出来る読者を大事にするってのも手でしょ? ぶっちゃけ俺はそうしてる。若い子の話を書く時は、失敗とか考え無しの一面をあえて入れるとか」


「批判来ない?」


「滅茶苦茶来るよ。作者が馬鹿だから、こんな行動を取る子供を書くんだみたいに言われた事もあるし」


「普通に悪口じゃん」


「ね」


 でもそれって、若い頃には普通にやってしまっていた行動だったり。

 悪い事だと分かっていても、どうしても好奇心が抑えられなかったり。

 そういう間違いを描くのも、物語の面白い所だと思うのだけれども。

 俺が高校生の時なんて、物語の主人公の様に正しい行動ばかりは取れなかった。

 今考えれば、何を思ってそんな事したんだと言いたくなる事の方が多かったくらいだ。

 でも実際、その物語が本になった時。

 お金を払ってまで手に取って、真剣に物語を読みこもうとする年齢ってどれくらいだろうか?

 それを考えると、ターゲット層を少し高めの年齢に定める事が多い。

 高めの年齢層に刺さる話にすれば、間違った行動をしても『あったあった』とか。

 『若い子だからなぁ……』と感想を残せる世代が“購入者”になってくれる訳で。

 逆に若い子に向けて読ませたいと思うなら、とにかく派手で格好良いと思わせる様な主人公を描くのだろう。

 その場合で言えば、完璧な主人公を描いた方が当てはまって来る気がする。

 無料だから読んでいるだけって人も一定数居る事は承知の上なので、あまり寄せられたコメントに従って物語を変えるは正直悪手だと思うんだ。

 そちらを完全に無視するのは良くないが、その意見を鵜呑みにしてしまえば物語が崩壊する事の方が多いだろう。

 従うだけで物語が描けるのなら、作者など不要なのだから。


「とまぁそんな訳で、声を大にして“俺の方が正しい”ってコメント寄せて来る人は大体無視、本になった時に買わない人の方が強いイメージかなぁ。全部がそうだとは言わないけど、コメント読んでるとそんな感じがする」


「う~~ん、こればっかりは実際の数字を求められないしねぇ。でも全然買ってくれないのに、文句ばっかり言っている人はたまに見かける」


「無料、または定額で読み放題って環境は、結構批判のハードルを下げるからね。そしてそういう人ほど声がデカい。滅茶苦茶長文の感想残して、“面白かった”っていう他の人の感想を打ち消しちゃうくらいにね。お金払って映画を見に行った人には好評なのに、ネットの定額で見られる様になった瞬間批判的なコメントが殺到するのと一緒だね」


「無料程怖いモノはないねぇ」


「だねぇ」


 そんな事を言いながら、俺達は続いて寄せられるコメントに目を通していくのであった。

 悪いコメントを残して来る人も居れば、肯定的なコメントも沢山ある。

 実に様々だ。

 しかしコレが製作するという世界。

 受け入れられる人も居れば、合わないと声を上げる人だっている。

 でもソレに対して、作家が声を上げればマイナスにしかならない。

 そう言う世界なのだ。

 有名な人が、常日頃からSNSに愚痴の呟きばかりしていれば人気が下がるのと同じ。

 こればかりは、黙ったまま受け入れるしかないのだ。


「結局、解決策は? 私より作家人生が長い小説家さんにお聞きしたい」


「やっぱり基本的には放置かブロック。そうじゃないと、他の楽しんでいる人達に対して“目障り”になる。論争なんぞ繰り広げるだけ無駄。んで、作家は好きなモン書く。批判を買って潰れた作品なら、次に生かす。以上」


「随分と根性論です事」


「周りに合わせて作品の方向性を変えてりゃ人気が出るかって言ったら、そうじゃないからね。お金を払ってでも本を読んでくれる人は、“面白いと思う話”を読みたい訳よ。作家と読者の言い争いやら、話に対しての読者の反応を楽しみたい訳じゃない。だったら、そう言う人達に満足してもらう話書いた方が良くない?」


「ストイックだねぇ」


「それがターゲット層を決めるって事じゃないかな、難しいけどね」


 パクチーの頭をポンポンと叩きながら、俺は自分の席へと戻った。

 偉そうに語ってはみたが、実際それがキッチリ出来ているかと言われると自分も怪しい。

 自信を持って“俺の新作だ! 読め! 面白いだろう!?”と、そう言えれば良いのだが。

 今の時代、星の数ほど様々な作品が溢れ、流行だって移り変わっていく。

 そんな中を生き残っていく作品を作らなければいけない。

 それは、正直心が折れそうになる程辛い道のりではあるのだが。


「作家とは、“流行に準ずる存在では無く、流行を作るモノだ”。ってな」


「うっひゃぁ、キッツイわソレ。誰の言葉?」


「さて、誰だったかな?」


 昔読んでいた小説に出て来た一言ではあったが、今でも覚えている。

 かなり厳しいし、それを有言実行出来れば物凄く格好良い訳だが。

 でも、その通りだとも思う。

 実行するのは、ホントとんでもなく難しいが。


「ホレホレ、コメント見てないで続き書くぞ」


「ういーっす。あぁぁもう、この漫画も書籍化の話どっからか来てくれないかなぁ……」


「全ての作家がいつも思ってる事だな、そりゃ」


 下らない会話を繰り広げながら、俺達は今日もPCへと向かうのであった。

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