第7話 脳みそが仕事しない日


「う~~ん」


「どしたの焼肉」


 本日何度目か分からぬ程手が止まり、思わず唸り声を上げてみれば。

 後ろで作業していたパクチーが、席を立って此方のPCを覗き込んで来た。


「同じような系統の作品ばっか書いてると、コレが面白いのか自分で分からなくなってくる」


「あぁ~ね。人気ジャンルだからハズレでは無いけど、作者読みしてくれる人にとってはマンネリしちゃいそう。あるある、試しに先読みしようか?」


 ネットに上げる前に試し読みしてくれる存在が居るのは、非常にありがたい。

 が、しかし。

 そこまで話数が書けていないので、読んでもらった所でフワッとした感想しか残らないだろう。

 と言う事で。


「他の話書くか」


「今度のコンテスト用だよね? 間に合うの?」


「わっからん」


 でも手を止めるよりかはマシだ。

 今気分が乗らなくても、もしかしたら明日には書きたいモノが湧いてくるかもしれないし。

 なんて事を続けていると、フォルダの中に山の様な書き途中の作品が溜まっていく訳だが。


「今度はどんなの書くの?」


「今パッと思い付いたのは、現代ものかなぁ。ギャグ路線強めのホラーとか」


「パッと思い付いて数話いっぺんに掛ける時点で凄いけども、流石小説家。て言っても、焼肉のホラーって結構怖いからなぁ……」


「あ、俺の書くホラー嫌い? そんなに後味悪いのは書いてないつもりなんだけど」


「いや好き、でも怖い。いちいち描写が細かいと言うか、思わず想像出来ちゃうから後に残るというか……」


 そこばかりは小説なので仕方がないというか、むしろ読んでいて想像出来ない描写の方が不味いというか。

 何を書くにしても、順序建てが必要な訳で。

 例えば先程から話しているホラーで言うと、幽霊が出ました、キャー! では全く伝わらない。

 料理モノとかで言うと分かりやすいが、登場人物が「美味しい!」とだけ言えば旨そうに見えるかと言われればそうではない。

 周りの雰囲気、匂い、音。

 そしていざ目の前に登場した時の臨場感と、無意識の内に起こしてしまう様な行動の描写などなど。

 しつこ過ぎても良くないが、これらが無いと成り立たない。

 だからこそ、色々書き込むのに苦労する点でもあるのだが。

 一回ホラーで「臭いまで想像させよう」と意気込んで書いた事もあったが、読み返したら自分でも何言ってるのか分からない怪文章が出来ていた事があった。

 一般的に分かりやすい描写にしないと想像すら出来ないのは当たり前なのに、たまに忘れて暴走するのは良くない癖だ。


「とはいえ、人気が低いジャンルではあるから。目に付くかって言われると微妙だけど」


「まぁwebの主流は異世界ファンタジーだよねぇ。あんまり奇抜なのを上げて人が集まらなくても、こっちとしては困っちゃうしねぇ」


「それなぁ……」


 つまり、そこは激戦区。

 あえてそこで勝負しないって手もあるのだが、売る時の事までも頭に入れて文章を書くなら、別の場所で勝負した後の売り上げが怖い。

 とはいえ、まずはそこまで持って行く数字を稼がないと土俵にも上がれないのだが。


「小説って大変だよねぇ。漫画なら一つのシーンでそれなりに語れるけど、文字だけとなると全部書かないと状況が把握出来ないもんね」


「むしろ、その一コマで説明出来る絵が描けるのがすげぇって俺等は思ってるけどね。無いものねだりだよ、お互い」


「そんなもんかねぇ~」


 まったりと会話を続けながら、ひたすらキーボードを叩いていれば。

 パクチーが珍しく、邪魔だよと言いたくなるくらいくっ付いて画面を覗き込んで来た。


「何?」


「お気になさらず」


「いや普通に気になるが?」


 いったい何がしたいのかと思っていたが、綴っている文章を眺めながら彼女は急にビクッと体を震わせた。


「次のシーン絶対怖いの出て来る!」


「よくご存じで」


 普通に、読んでいたらしい。

 執筆中なんて書いたり消したりを繰り返すのだ、見ていても面白いモノではない気がするのだが。

 とはいえ、助かる点も少なからず有り。


「ねぇその人、有馬って名前だけど前の作品にも同じ苗字の人居たよ? 変えない?」


「あ、そうだっけ? 何が良いだろうな……俺ほんと名前つけんの苦手だから」


「パク・チーとか」


「このキャラ超不幸になるけど、それで良い?」


「絶対ヤダ!」


 作者本人が忘れていた様なサブキャラまで覚えていたり、それを指摘してくれるのは正直助かる。

 書いている本人は、この違和感に意外と気が付かなかったりするのだ。

 登場キャラクター、アイリ、アイリーン、アリサ、アリエッタ。

 お前等は一体何のグループだと言いたくなる事態に陥っても、案外書いている側は気が付かなかったり。

 そういうのを、事前に教えてくれるというのはとてもありがたい。

 作家あるあるというか、もしかしたら俺が鈍感なだけの話かもしれないが。


「あれ、こういう言い回しって何か無かったっけ? ちょっとやらしい感じで、でも綺麗で。そういう女の人を表現する言葉。えぇっと……アレ、こう……ヤバイ、ど忘れした」


「あぁぁ、何だっけ、私も出てこない。こう、喉の辺りまで出かかってるんだけど……」


 これは、多分あるあるで良いと思う。

 むしろあり過ぎて困る。

 もっと仕事しろ、俺の脳みそ。

 作品によっては散々使った言葉だったり、一度は頭に叩き込んだ資料だったりが不意に消える現象。

 覚えてるんだけど出てこない、そんなモヤモヤ。


「妖艶!」


「ソレだぁ!」


 閃いたかの様に叫ぶパクチーに対し、思わず此方も叫んでしまった。

 そんな訳で、本日もまた。

 俺達は二人揃ってまったりと、創作を繰り広げるのであった。

 一人より二人。

 これもまた、仕事を楽しめるというモノだ。

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