第6話 安定の難しさ


「ちなみにウチの子は、なんて名前ですか」


「マ〇ダのアク〇ラさんでございます」


「アクセ〇さん、いつもありがとう……古い車だって聞いていたけど、私は君の事が好きだよ……全部君に描き直すよ。今日は乗らないけど、ごめんね。徒歩でご飯行って来ます」


 気合を入れてほぼ全てのシーンに車カットを入れてしまった結果、八割方描き直す事となったらしいパクチー。

 完全にブルーである。

 そんな彼女を慰める為、やって来たのは焼き肉屋。

 ハンドルネームが肉焼肉の俺の好物、当然肉。

 という訳で、彼女をねぎらう為にも今日はちょっぴり贅沢をするのだ。


「最初はカルビとかで良い? “らしい”ものを食べてから、色々試して行こう」


「焼肉貴様、私を慰めるとか言いながら小説ネタを探しに来たな?」


 席についてみれば、早速訝し気な視線を受けてしまったが。

 だって仕方ないじゃない。

 こういう機会でも無いと、お高くなるお店とか来ないんだから。

 普段適当に済ませている同棲生活を送っていると、こういう機会でしか焼肉とか居酒屋とか来ないし。

 ついでに言うと、今俺飯モノ書いてるし。


「タン、ホルモン、あと“ドラゴンカルビ”って何ですか? あ、でっかいお肉。じゃぁそれもお願いします」


「お酒たのも、お酒。今日は飲みたい、それから……あっ、何か珍しいおつまみ発見! これ食べよ!」


 基本的に彼女は、好き嫌いが無いと言うか。

 不思議なモノでも平気で食べる。

 多分パクチーと同棲を始めなかったら、俺は焼鳥屋に行ってもずっとネギまを食っていた事だろう。

 それくらいに、俺は偏屈なのだ。

 というか、新しい物に挑戦しない性格と言った方良いのだろうか。

 そんなのが小説を書いてるんだから、不思議なものだが。


「軟骨も食べたい、焼肉は焼肉屋で軟骨食べた事ある?」


「無いなぁ、焼鳥屋で鳥軟骨食った事しか記憶にない」


「焼き加減とか色々うるさく言われるけど、結構カリカリで良い? 私はそっちの方が好き」


「パクチーの旨いと思うモノを、俺にも食わせてくれ」


「お、今の台詞良いね。どっかで使えそう」


 そんな事を言いながら、俺達は二人で焼肉を楽しむのであった。

 締め切りなんて恰好つけて言ってみても、自らの決めたweb更新日だったり。

 商業が絡む話だったとしても、本当にギリギリまでは持ち越さない。

 プロを名乗るなら、ソレは絶対条件だ。

 そういう相手の言う“締め切りに間に合わない”というのは、多くの人に迷惑を掛ける行為。

 小説家の場合は、出版社の担当さんに迷惑が掛かるのは勿論、原稿に合わせてイラストなどを依頼する為全体の動きが遅くなる。

 作家がスケジュールを遅らせた場合、出版側は送れたスケジュールを取り戻そうと努力してくれる。

 しかし本来の時間が取れなければ、当然ミスが生れる可能性が出る訳だ。

 原稿の校正ミスや、誤字脱字の見落としなんてのも出て来るだろう。

 どうしたって人が作業するのだ、見落としは当然付き物。

 だが時間があれば発生しなかったモノが、刊行してから発見されるなんてのもザラ。

 そして漫画家。

 こっちはもっとシビアで、要は担当編集者だろうが校正者だろうが原稿に直接手を加える事が出来ない。

 全部自分で直すしかないのだ。

 小説なら誤字の修正自体は本人でなくとも出来るが、イラストとなると別の人間に描かせる訳にもいかない。

 だから今回の様におかしい点が見つかれば、全て本人が時間を掛けて描き直す。

 それがどれ程大変な作業なのか、一度でも本気で絵を描いた事のある人間なら分かるだろう。

 しかしながら、過去に彼女は言い放ったのだ。


「自分の話が本になるなら、まだ気持ちは楽だよ。でも誰かの作品を“コミカライズ”する時は、本気で緊張する。原作者が描いた話を絵にする、それだけの作業なのに相手の人生が掛かって来るんだよ? 私が失敗すれば、原作だって売れなくなるかもしれない。それは分かりやすく相手の収入を減らす行為だからね、絶対失敗出来ない」


 その原作者と呼ばれる側の俺みたいな存在にとっては、彼女の言葉は非常に頼もしかった。

 それ程の覚悟を持って作品に向き合ってくれるクリエイターは、どれ程いるのだろうか?

 此方の作品を預けるなら、こういう人間であって欲しいと願ってしまう。

 俺自身も、そのくらい真剣に仕事に向き合おうという気にさせてくれる。

 そんな彼女も、デビューしてからそう時間は経っていないのだ。

 初めて会った頃なんて。


「肉焼肉先生ですか!? 超ファンです! 先生の書く作品めっちゃ面白いです! 先生の作品を、私がいつか絵にしたいです! よろしくお願いします!」


 やけにキラキラした瞳を向けて来た程だ。

 コイツは、全力で原作を絵に起こそうとする。

 自らなど度外視して、原作の全てを最大の努力で形にしようとする。

 彼女の描く“コミカライズ”は、原作者の思い描くソレを全て絵にしようとしているのだ。

 とにかく本を読み漁り、些細なフラグにさえ気を配りながら。

 作者の隠した本音さえも読み取ろうと藻掻いて、漫画にする。

 原作どころか、web版の更新すら見逃さない。

 それくらいにチェックしながら、考察しながら、徐々に絵に起こしていくのだ。

 この努力と考察する時間は、“お金にならない”。

 時給で支払われるお仕事じゃないから。

 しかしながら、彼女は続ける。

 元の作品を100%の状態で伝える努力を惜しまず、相手に迷惑を掛けぬ様努力を続ける。

 それが“コミカライズ”の本来あるべき姿だと、彼女は語った。


「私は、この作品を“預かっている”身の上ですから。なのに何で勝手な事が出来る? 無理でしょ、普通に考えたら。原作者が描いた世界を、何で好き勝手に荒せるの? それは作者と読者に対しての冒涜だよ、私は……彼等に対して第三者にしかなれないんだから。だから最高のコミカライズって、“ファン”じゃないと出来ないじゃないかなって。だから私は、仕事を任せられたならまず作者のファンになる」


 この言葉を聞いた瞬間、この子は信頼出来ると思ってしまったんだ。

 必要以上に責任感が強いって意味では、ちょっと心配になるが。

 それでも、共に作品を作るならこういう人が良いと思ってしまったんだ。

 ただ、オリジナルの話はどうにも苦手の様だが。

 今回の様な、凡ミスが度々入るが故に。


「パクチー、モツ焼けてない? 焦げそうだけど」


「知ってる? ホルモンって焦がすくらいが丁度良いんだよ? 〇が如くでもそう言ってた」


「ゲーム知識……」


「でも美味しいならソレで良いじゃん。焦がそ焦がそ」


 何てことを言いながら、俺達は焼肉を楽しむのであった。

 ほんと、お互いままならないけど。

 コレが現実というモノなのだろう。

 実際お金が動かない限り、俺達は無職と同じ様なものだ。

 いざ多少お金が動いても、生きていける程の金銭を稼げないのなら別の所で補うしかない。

 プロってのは、その技術だけで生きていける人を指す言葉らしいので。

 だとすれば、俺達はまだまだアマチュアだ。

 他の仕事をしないと、生活に不安を覚えているのだから。


「焼肉、今日はもうちょっとお酒飲まない? 馬鹿になりたい」


「付き合うよ、パクチー。やらかした後は、そういう気分になるよね」


 そんな訳で、俺達はしこたま酒を飲んだ。

 帰ってからの事は覚えていないが、目が覚めると彼女は再びPCに向き合っていた。


「パクチー……」


「あ、焼肉おはよう。昨日の内に、全部描き直した。どうよ? 今度こそおかしくないでしょ? 我らが愛しのアクセ〇さんに描き直して、ウチの車の写真見直して、細かい所まで描き直した。だから、今度こそOKな筈。何度か駐車場に車見に行ったよ~」


 そんな事言いながら、彼女はニヘヘッと疲れた顔で笑うのであった。


「一回寝よっか」


「メールだけ送ったら、寝ますわ」


「ん、お疲れ様」


 それだけ言うと、彼女はしょぼしょぼした目でモニターを睨みつつ文章を打ち込み。

 仕事が終われば俺の腕の中に飛び込んで来た。


「ごめん、五分で良いから……このまま腕枕して」


「いいよ。お休み、パクチー」


 言葉を紡ぐ内に、彼女からは寝息が聞こえ来た。

 疲れていたのだろう。

 しかしこの仕事も、日々を生きる為の一角に過ぎない。

 一つの作品で生きていける程、今の世の中は甘くないのだから。

 それは、小説も同じ事で。


「さて、書くか」


 寝入った相方の頭を枕に乗せ、こちらもまたPCへと向かった。

 コレが、クリエイター。

 休む暇など微塵も無い。

 新しものを、皆が楽しんでくれる娯楽を。

 それを常に考え、暇さえあれば文字や絵を描く存在。

 そんな歪な生活を送っているが、好きで始めた仕事ですから。

 コレで生きていけるのならと夢見て、どこかで狂ってしまったのだろう。

 しかしながら、こんな作品でも求めてくれる読者が居る。

 だからこそ、俺達は止められない。

 それが仕事になるのであればと、俺みたいな社会不適合者は考えてしまうのだ。

 こんな妄想でも、一人でも楽しんでくれるのなら。


「なんて悪足掻きばっかりしてるんだから、作家としても失格なのかもしれないな」


 こういう仕事は、結局ギャブルと一緒だ。

 だからこそ、安定しない。

 そんな職に就いているのに、俺は彼女と一緒に居たいと思ってしまっている。

 だからこそ。


「安定した収入ってのは、やっぱり難しいねぇ」


 なんて事ぼやきつつ、今日もまたキーボードを叩くのであった。

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