第5話 最恐の言葉、没


「ねぇ見て! 超頑張った!」


「おぉん?」


 眠い目を擦りながら、テンションの高い彼女に誘われるまま相手のPCを覗き込んでみれば。

 そこには、彼女が描いている漫画のワンシーンが。


「うん、うん!? あれ!? これ俺もネットで読んでるけど、こんなシーン出てくんの!?」


「そそっ! 次の話に使う所なんだけど、めっちゃ頑張って描いた! 車!」


 そう言って自慢げに語るパクチーは、車の映った派手なカラーページを見せて来た。

 いったいどれほどの時間を掛けて描き込んだのだろう。

 凄い、とても凄い。

 臨場感あふれるスポーツカーが描かれているし、物凄く恰好良い。

 だがしかし。


「設定は?」


「彼氏の方がバイト頑張って、やっと買った車でデート行く所。大学生の設定だからねぇ、物凄く時間かけたって話。だから今までの数話では、この子は出番少なめだった訳よ!」


 自信満々に語るパクチーだったが、一つだけ。

 非常~~に問題があるのだ。

 それは。


「彼は学生で、若い内に免許を取った。その後バイトを頑張って車を買った、ここまでは良いな? この際ローンだとか一括とかそういう野暮はよそう」


「あ、そっか。私免許持ってないからアレだけど、色々お金掛かるもんね。ナイス焼肉、車はローンって事にしよう」


 きっと描き切った事にテンションが振り切れて、頭が回っていないのだろう。

 それもその筈、俺達は二人共締め切りに追われ徹夜明けなのだ。

 つまり、馬鹿。

 ハイテンションの馬鹿。


「ちなみにパクチー、この車何て言うか知ってる?」


「え、検索掛けたから名前は分かるけど。焼肉が好きな映画に出てたスポーツカーを参考にしたんだよ?」


 彼女は自分でも言っていた通り、免許を持っていない。

 俺の車に関してもアレコレ言って来ないが、逆にそっち方面に興味が無いというか、あまり詳しくない。

 そこまでは普通だ、しかし漫画家としてはどうか。

 車に興味が無いのは構わない。

 しかしこのままでは不味い事になる事が目に見えている。

 読者から見てクリエイターは、基本“専門家”に見せる努力が必要なのだ。

 例え付け焼刃だったとしても、グー〇ル検索しながら知ったかぶりで何かを説明していたとしても。

 多少なり説得力を持つ事が大前提となる訳だ。

 読者の中に一人でも詳しい人間が居れば、そこをひたすら突っ込まれる事になるのだから。


「パクチー、描き直しなさい」


「なんで!? めっちゃ恰好良く描けたじゃん! 映画のレースシーンとかも見て、走ってる所とか超頑張ったんだよ!?」


 気分上々の所に、没の一言を投げ掛けてみれば。

 彼女は絶望感を前面に押し出しながら、此方に縋りついて来た。

 分かる、気持ちは痛い程分かる。

 めっちゃ頑張って書いたのに、没って言われて新しく描き直すのは滅茶苦茶辛い。

 この作業時間は無駄だったのか、この努力は無かった事にされてしまうのか。

 そう、叫びたくなるのも分かるのだが。


「教えて焼肉! なんで!? 何が駄目なの!? この車、どっかおかしい!? 焼肉は車詳しかったよね!? もしかして著作権関係で現実の車描いちゃいけないとかあるの!?」


 パクチーは、もはや冷静じゃない。

 徹夜明けテンションもあり、至極単純な事に気付いていない。

 いや、それを調べる体力さえ残っていなかったのだろう。

 俺よりネットに慣れている彼女なら、いち早く気づけただろう痛恨のミス。

 それは。


「学生で、しかもバイトで……この車は買えません……」


「……え? そうなの?」


 彼女が描いた、大学生の登場人物が初めて買った上に彼女を乗せてブイブイ言わせる車は。

 国産車ではあるものの、とてもでは無いが学生には手が出せない車種であった。

 これは、バイトだけじゃ無理だわ。

 俺でも無理だわ。

 見た事のある国産のエンブレムだからね、頑張れば買えると思っちゃったのかもね。

 でもさ、流石に無理なんだわ。

 平気で一千万とか超える車なんですわ。


「パクチー、仮眠取ってからディーラー行こうか。取材って事で」


「え、あ、はい」


 という訳で、俺達は一旦睡眠をとる事にしたのであった。

 完。


 ※※※


「すみません、今此方の会社で現行モデルの値段が全て載っているカタログとかありますか?」


 現地に行って、そう宣言してみれば。

 店員さんは良い笑顔のまま、いくつかのカタログを用意してくれた。


「ついでに、オプションパーツの値段表とかあります? 支払総額の予想とか出来ないかなと……あぁいえ、大体で分かれば問題無いので。正確に出して頂かなくても大丈夫です、お仕事を増やすのも心苦しいので。今日は次の車を探す為にカタログを貰いに来ただけですから」


 今の所車を変える予定は無いが、そんな事を言って各店舗からカタログを貰って来た。

 彼女が描いてしまった車のメーカーに限らず、他の場所の物も。

 そんでもって。


「ホレ、良く見ろパクチー。お前が描いた車な、社外パーツ使ってるのよ。つまり本体価格プラス、カスタム費用。中古車で買ったって設定ならまだ多少は言い訳が効くが、この後の展開から矛盾してくるだろ? というかこの車は中古車でもたけぇ」


「まって焼肉、おかしいよ。この車買うなら、下手したら家が買えるよ? しかもパーツも意味分からない値段だし、私達が何冊出せば買えるの? コレ」


「お前の描いた大学生は、この歳にして一軒家の金額を車にぶち込んだ事になるな。そしてそんな金額をバイトで稼いだ事になる」


「無理だってそれはぁぁ! そんな稼げるバイトあるなら私がやるわぁぁぁ! 走る一軒家じゃないかこんなのぉぉ!」


 家に帰ってから、彼女は自らの間違いに気付いてしまったらしく。

 思い切り机に顔を突っ伏した。

 そう、これもあるあるなのかもしれない。

 登場人物達が持っている装備、所持している物品。

 それの使い方などなど。

 漫画でも小説でも、突っ込まれる事は非常に多い。

 だが俺達は専門家ではない、知らない事の方が多い。

 でもそんなモノは、読者にとっては関係ないのだ。

 おかしいと思えばおかしいと感想に残す。

 当然だがソレは読み手の権利であり、こちらは有難く受け取るしかないお言葉である。

 という訳で、作者はそれを予想した上で物語を描かなければいけないのだ。

 つまり、下手なモノを書くと炎上する。

 これもまた、ネットの怖い話ではあるが。


「待って!? もはや全てが不安になって来た! 車運転してるシーンとかおかしいところない!? ブレーキ踏み抜いて加速してるシーンとか無い!?」


「いや流石にそれは無いんじゃ……あっ、ココ。ワンカットだけスリーペダルになってる」


「どう言う事!?」


「運転中にオートマの車がマニュアルになっちゃってるって事」


「日本語でお願いします!」


「一回落ち着け、日本語だ」


 コレは、全没かなぁ……。

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