第4話 年末の強敵


「最近寒くなって来たなぁ……」


 腕を擦りながら暖房をつけ、二人分の珈琲を用意していれば。


「ねぇ焼肉! 海行こう海!」


 また変な事を言い出す奴が一人。


「季節感までバグったのか?」


「だって今夏の話描いてるし!」


「そうか、バグったか」


 これも、クリエイターあるあるなのかもしれない。

 描いている内に時間が過ぎ、現実の季節と真逆になってしまう現象。

 まぁ、うん。

 俺もあります。

 という訳で、色々諦めて“取材”として行くなら有りだろうと心に決めた瞬間。


「水着新しいの買っちゃう!?」


「死ぬ気か!?」


 お前の脳内では真夏かもしれないが、今は冬なんだよ。

 俺は今冬の話書いてるし、実際の季節も冬なんだよ。


 ※※※


「うーみー!」


「荒れてんなぁ……海」


 そんな訳で、海に来ました。

 とにかく寒いです。

 あと波が結構荒いです、正直怖い。

 今更かもしれないが、作家として登録している人は個人事業主が多い。

 そして個人事業主の場合何があるかと言われれば、“確定申告”というクソ面倒臭いモノが待っている。

 それ自体も面倒くさいが、経費の計算や控除の云々ってのがとにかく手間が掛かる。

 というか、素人にこんなの分かるかってレベルで専門用語が並んでいるのだ。

 こういう台帳やら手続きが出来れば、これくらいの控除が受けられますよ~みたいな制度もあるが……正直全て理解するのは無理。

 と言う事で、控除が安くても良いから俺に出来る範囲の帳簿を付けて国に報告している訳だが……正直、税金がとんでもない事になって来るのだ。

 会社に勤めてた時って、こんなに払ってた? いやここまで払ってないよね?

 みたいな金額が平気で通知されて来る。

 つまりしっかりと予定を組みながらお金を使わないと、年末辺りは非常に貧乏になるのだ。

 これもまた、個人事業主あるあると言っても良いのかもしれないが。


「焼肉、泳ぐ? 私下に水着着て来た」


「止めろ死ぬ気か、そして小学生かお前は」


 二人してガクガクと震えながら、コートのポケットに手を突っ込んで震えていた。

 いや寒い、普通に寒い。

 とはいえこれも小説ネタになるかも。

 そんな事を考えながら冬の海を眺めていれば。


「交通費、私の経費って事にして良い?」


「ふざけんな馬鹿、俺が払ってんだよ。俺の経費だ」


「お願いだよぉ!? 私最近引き籠ってたから経費らしい経費書けないんだってばぁ!」


 普通の社会人の時には経験しなかったが、出費に関して。

 というかレシートや領収書に関して煩くなる。

 だってコレ、経費として国に報告出来るんだもの。

 その分総所得を抑えられ、税金を減らす事に繋がる。

 俺等みたいな存在にとっての取材。

 それは旅行から食事まで、様々な事に関わって来る訳だが。

 いざそれが完全に仕事の為かと突っ込まれれば、答え辛い個所も出て来るだろう。

 行き詰ったから気持ちを晴らす為、気分転換、何となく。

 そんな理由では、経費として認められない事が多いのだから。

 だからこそ、今この瞬間だって仕事の為に冬の海を物語にしなければいけない。

 大した利益を上げていない俺みたいなのは、あまり心配する程では無いのかもしれないが、コレは必要経費なんだと証明する何かを残さなければいけないのだ。

 なんて、こんなのも税理士さんに頼めば色々と助言をくれるのだろうが。

 あんまり売れてないので、彼等の様な人材を雇う金など無い。

 だからこそ、不安要素のある出費は一切経費として扱わない。

 その為に納税額が上がろうと、後で突っつかれるよりマシだから。

 この辺りはパクチーも同じで、漫画ネタとして使った金でも、怖くて経費として上げられないモノも多い様だ。

 食事なんかは、まさにソレだな。

 飯モノを書いている時に調査としてお店に行っても、“誰かと一緒に食べている”状況だと税務調査が発生した時に突っ込まれるらしい。

 未だそういう経験は無いけど、売れてない個人事業主の下にも来るのだろうか?

 とはいえ赤字でも“そう言う経験”があると聞いてしまうと、適当な事は出来ない。

そう言うのが怖いからただの個人出費って事にして、経費としては載せない。

 実際飯食ってソレを話にしようが、“それただご飯食べに行っただけで、経費じゃないよね?”とか言われたらどう説明すれば良いのやら。

 ホント、証明するのが難しいよ。

 誰か明確な基準を教えてくれよって嘆いたりもするが。

 小難しい事ばかりを考えても疲れちゃうので。


「でも海だよ!? せっかく来たなら泳がないと損じゃない!?」


「いや、うん。死ぬよ? めっちゃ冷たいよ? あと海も荒れてるから、流されたら帰って来られないよ?」


「ホラ! 水着だって新しいの買ったんだよ!?」


「ここで見せるな、傍から見たらただの露出狂だからな?」


 温かそうなニットとロングスカートをズラし、必死で水着アピールしてくるパクチー。

 うん、良く似合ってるよ。

 でも夏に着ような、今じゃない。

 間違っても、冬の海を見ながら見る光景じゃない。

 というか寒そう。


「よく売ってたな」


「在庫処分セールで買った、めっちゃ安かったよ」


「節約、偉い。来年また見せてくれ」


「ういさ」


 そんな訳で、俺達は早々に予約した宿へと戻っていくのであった。

 ちなみに宿では豪華な蟹料理が出た。

 これもまた、何かの小説ネタに使えるかと味わって食べていれば。


「ここ混浴あるってさ! 水着OK! やっぱ買って正解だったじゃん! 私これ経費にしていいかな?」


 それは果たして、大丈夫なのだろうか?

 まぁこれも漫画ネタにすれば、一応アリ……なのか?

 こう言う証明って、どうすれば出来るんだろうか。

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