第3話 需要と供給
「パクチーの漫画の話は一旦置いておくとして、一度真理を確かめよう」
「真理、とは」
「まずスカートに着替えてくれ」
注文を出してみれば、彼女は平気で目の前で着替え始めた。
まぁ同棲しているくらいですからね、それくらいしますけども。
もう少し恥じらいを……無理か、俺も平気で目の前で着替えるし。
「ほい、着替えたよー」
外出用のスカートを履いた彼女は、改めて此方を向き直った。
よし、検証を開始しよう。
「さっき言っていた、女子が女子のパンツを見た時嬉しいとは?」
「普段見えないし、あぁこんなの履いてんだーってな感じ?」
なるほど、理解した。
つまりレアな物が見られて嬉しい、程度なのだろう。
だが男子は違う。
パンツとは幸せの象徴とも言って良い、誰しもがハッピーになれる代物なのだ。
多分、知らんけど。
この辺の価値観を理解していないと、今後彼女の漫画で描かれるパンチラは非常に価値の薄いモノになってしまうのだろう。
と、言う所まで説明してみた結果。
「う~む……性的興奮を覚えるかどうか、みたいな?」
大正解、ではあるのだが。
それは俺等にとってのアンサーではない。
これだけの情報では、サービスシーンをひたすら描けば全世界の男達は幸せになってしまうのだから。
ある意味間違っていないかもしれないが、他の意味で間違っている。
最初から最後までメインディッシュを食いたいかと聞かれれば、多分NOと答える人物の方が多いだろう。
つまり男性は、パンツ大全集が見たい訳ではないのだ。
いやみたい人間も居るかもしれないが、今は無視しよう。
「逆に女性的な考えとして、男性と対面している時どういうときムラッとする? 仕草や会話、または何か新しい一面が見えたとかでも良い。ドキッでも良いんだけど、セクシーなシーンって事でムラッの方にしよう」
「えぇっと……生理前とか?」
「生々しいね、でも違う。それ読者求めてない」
彼女はうーんと悩み始めてしまったが、確かにコレは酷な質問だったのかもしれない。
何たって、同棲しているのが俺みたいな冴えない男なのだから。
確かにドキッとする瞬間とか、ふとした瞬間にムラッとするタイミングを答えろと言われても返答に困るか。
では、質問どころか思考パターンを変えてみよう。
「じゃぁ逆に、パクチーは女子のパンチラも嬉しいと言ったけど、自分が見られるのはどう?」
「焼肉にだったら別に、ホレ」
そう言ってスカートをたくし上げるパクチー。
うん、今日も可愛いね。
では無く。
「よし、状況を変えよう。ちょっと待ってて」
気持ちを切り替え、押し入れから誰とも知らぬおっさんの顔をした被り物を引っ張り出した。
「え、それ誰。てか何で買ったの、宴会用?」
「ごめん、俺にも分かんない。でも何故か酔っぱらって買った、記憶にないけど通販サイトから届いた」
相手も非常にドン引きした様子だが、コレで良い。
では早速、とばかりにおっさんフェイスに成り代わり四つん這いになってスカートを覗き込んだ。
そりゃもうナイスアングルになる筈だったのだが、生憎とゴム製のマスクが変形してしまい何にも見えない。
ふむ、俺はいったい何をしているんだろう。
などと暗闇の中考えつつ。
「どう?」
「うーん……焼肉だって分かってても、コレはちょっと嫌悪感あるわ」
よし、では次。
部屋の隅に未だ片付けていなかった扇風機を強風でスイッチオン。
勿論おっさんマスクは被ったまま。
「いや寒い寒い、冬に扇風機は止めて」
扇風機の起こした風は彼女のスカートをフワリと捲り上げ、即座に正座の体勢になった俺の目の前でヒラヒラと揺れ動く。
もう少しで見えそう、と言う所で。
彼女は勢いよくスカートを押さえ付けた。
「どうだった?」
「不意にってのは、焼肉相手でもちょっと恥ずかしいかも」
つまり、コレなのだろう。
サービスカットというのは、常日頃からあってはいけない。
常時描くのであれば、“そういう作品”に路線を変更するべきなのだ。
たまにある、不意にある。
だからこそ、とても良い。
更に言えば、コマ割りによって“見える”シーンをいっぱい書いていて。
いざ先程の様な風でフワッ、みたいな場面を描いた時。
ヒロインが慌ててスカートを押さえようが、読者からすれば普段から見慣れとるわって話になってしまうかも知れない。
だからこそ、ストーリー重視で描くのなら出し惜しめ。
俺はそっちの方が好きだ。
そう、熱く語ってみた結果。
「要はレアだからこそ価値を見出すと……よし、ちょっと続き描いてみるね!」
理解してくれたらしい彼女は、何やら一人頷きながら自らのPCへと向かい作業を始めた。
よしよし、何かしらの答えが見つかった様だ。
俺の考えが全て正解とは思えないが、作家にとって何が重要かと言われれば“描く事”。
悩み過ぎて手を止めてしまう事態が、一番時間の無駄なのだ。
とにかく書いて、時に没にする。
それでもその失敗経験があれば、次は違うストーリーを描く事が出来る。
これは、非常に大事な事だと思うんだ。
もちろん漫画と小説では違うが。
でも悩み続けて手を止めてしまえば、いつまで経っても作品は完成しないのだから。
そんな事を考えつつ俺はおっさんマスクを脱ぎ去り、自らもPCへと向かって話の続きを書き始めてみれば。
「見て! これならレアリティ滅茶苦茶高くない!?」
そう声を掛けて来た彼女が見せたのは、何と主人公の女の子にヒーローが告白するシーン。
とても良い事を言って、感動しそうなソレだったのだが……社会の窓がフルオープンなのだ。
確かにレアなシーンかもしれないが、誰が男のパンチラを喜ぶんだと言ってやりたい。
しかも。
『これから俺が支えてやる! 俺を頼れ! 一人で全部抱え込むな! お前の背負ってる物、半分俺に寄越せよ……』
なんて、物凄く迫力ある感じの台詞や効果まで書き込んであるのに。
全てのシーンで、チャックが開いているのだ。
そして、主人公の返事は。
『あ、あの……その、凄く嬉しいです。でもそのっ! チャック、開いてます……』
その一コマで、今週の更新分は終わっていた。
そして何故、集中線が全て股間に向かっているのか。
「どうっ!? こんな展開レアじゃない!?」
「大馬鹿者」
意気揚々とネームを見せて来る彼女に、とりあえずチョップを叩き込んで置いた。
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