第2話 求めている個所


「ねぇ焼肉。女性向け漫画だと、やっぱりセクシーなシーンって控えた方が良いと思う? あ、男性目線で答えて」


 パクチーが、急に変な事を言いだした。

 セクシーなシーン、つまり直球なセクシーシーンという訳では無いのだろう。

 とはいえセクシーって言葉の捉え方も、男女で差はあるのだろうが。


「確認するけど、男性向けである様なお風呂場で遭遇しちゃってキャー! みたいな事言っている?」


「例えが古い、いやまぁ良いんだけど。確かにそっちも含む。異性同士のアレコレじゃなくても、一人でお風呂入ってるシーンとかね。あとはもっと軽度な奴も含む」


 それは非常に難しい問題だ。

 俺は主に男性向け……というとエッチな描写がふんだんに使われている様に聞えてしまうが。

 要は男性が好みそうな小説ばかり書いている。

 バトルが多かったり、可愛い女の子とイチャイチャしたりとか。

 とはいえやはり、様々な角度から感想というモノはやって来る訳で。

 “そういう描写”を求めている読者も居れば、一切合切ソチラは切り捨てて欲しいと望む声だってあるのだ。

 こればかりは、全ての人を満足させる作品など書ける筈がない。

 そういう結論に至ってしまう訳なのだが。


「でも少女漫画とかって、少年漫画に比べて結構アレな所まで描写する事多くない? 行為そのものを書いている様な漫画だってあるし。そう言う意味では、あっても良いと俺は思うけど」


「そうなんだよねぇ、昔っからそういうの有るじゃんとは思うんだけど。エロばっか描いてないで純愛描けよみたいなユーザー増えて来てさぁ……でも実際、そういうサービスカットあった方が集客しやすいってのもある」


 まぁ、そうよね。

 パクチーの場合、SNSで漫画サンプルを流す事が多いのだ。

 だったら全く興味無い人でも、ちょっとだけエッチな描写とか、可愛い女の子とかを目立つところに持って来ると数字は伸びる。

 これは確かだろう、俺だって思わずクリックしちゃうし。

 だが実際読み始め、お話自体にのめり込みたい人にとっては。

 例の描写で読者を増やそうとするシーンが、逆にノイズになる可能性は捨てきれない。

 そういうのいらないから、もっと質の良い続きを読ませてくれ。

 なんて事を考えたことも、俺だって無くはない。

 しかし売り手からすれば、売上というか読んでくれる人を増やすのは絶対。

 より多くの人に手に取って貰う為、多様性を増やさないとお話にならない。

 一本筋の通った、硬派で尖った作品。

 それらが人気を誇ったりもするのだが、アレらは一定の“読んでくれる人”が確保出来ていないと、平気で閲覧数0とか叩き出すのだ。

 俺達の様な弱小では特に。

 またテンプレかよと揶揄される事もあるが、それは読んでくれている人が居るからこそ出て来る感想であり、読まれない作品にはそんな声さえ上がらない。

 だからこそ、テンプレをなぞると言うのは悪い事ではない。

 俺はそう思っていたが、色々と思う所があるのは確かだ。

 やっぱりそう言われたくはないし、なるべく言わせない様に話を考えてはいるのだが。

 なんて愚痴を言っていても仕方ないので、改めて頭を悩ませてみれば。


「最初こそサービスカットを多めに、読者が集まって来たらストーリー重視で引き込み、ここぞと言う所でどちらのユーザーも興奮するようなシーンを用意する」


「それが簡単に出来たら……」


 分かっている、分かっているのだ。


「「楽なんだけどねぇ……」」


 二人揃って、思わずため息を溢してしまった。

 言葉にすれば単純だが、実際やろうとするとコレがまた難しい。

 ストーリーにのめり込んでくれているユーザーの数とか正確には分からないし、そろそろ良いかな? とか思ってそちらに注力すれば、サービスカットを求めている読者がゴソッと居なくなったり。

 俺にも同じような経験があり、未だにその答えは見つからない。

 web小説で人気を集め、書籍化する事だけを考えるなら。

 とにかく人気なジャンルで、テンプレと呼びこみやすい謳い文句とタイトル。

 そんでもって話をぶつ切りに短く設定し、読者を飽きさせない様に各所で山場を作る。

 というのが一番効果的だと聞いた事はあるが……これだって言うのは簡単だが、実際やると中々難しい。

 そして上手く事が運び、書籍化の話が来たとしても。

 今度は一冊として、本としての起承転結をしっかり付ける形に調整しないといけないのだ。

 今までは各所でワイワイしていた話を、筋の通った一つのお話としてまとめる。

『Web連載同様の盛り上がり所ばかりでは、本にした時に“騒がしいだけの一冊”になる。もっと言うなら、そう言う本は読者から飽きられやすい』

 なんて台詞を、以前担当してもらっていた業界の人から言われてしまった事があった。

 でも実際その通りで、一冊目二冊目と出した所で。

 スーッと購入者が居なくなっていくのだ。

 なので、すぐに打ち切り。

 昔に比べて本を出しやすくなった環境はあるが、すぐに頓挫する可能性を秘めているのが今のクリエイター業界と言う訳だ。

 かなりの人気を誇れば話は違うのかもしれないが、生憎と俺は下っ端も下っ端なので詳しくは知らない。

 あとタイトル。

 流石に書く側からでも思うのだ、最近のタイトル魔境過ぎないかと。

 でもそうしないと目を引かないって考えると、多少は妥協点を探さないといけないんだけども。

 まぁ今は良い。

 話を戻せば、彼女の今書いている作品に対してのサービスカット。

 呼び込みの為に、そういうのをどこまで大袈裟に描くかという所なのだろう。

 確かに一冊の本になった時、真面目な話をしているのにパンチラやら何やらずっと続くようでは、読者も内容に集中し辛い環境を作ってしまうのだろう。


「今描いてるヤツは、どこら辺までOKなの?」


「ヤってるシーンは書いてもOKだけど、必要以上に深い絡みやら局部を描くのはNG。もちろんSNSに上げる時は全部海苔」


 まぁ、いつも通りか。

 最近多いしね、演出として描くなら平気って所も。


「んでさ、そこまでエロ漫画みたいにするつもりは無いから、ちょこちょこコマの端とかで露出してた訳さ」


「何その端っこならバレ無いでしょみたいなスタイル。まぁ確かにコマのど真ん中にパンツドーンは反応に困るけど」


 何やら、雲行きが怪しくなって気がする。

 思わず訝し気な瞳を向けながら、席を立って彼女のPCを覗き込んでみれば。

 そこには魔境があった。


「超真面目な話をしてるんだけど、男子が喋ってるシーンでは手前の女の子スカートフワッ! 逆に女子が喋ってる所では、手前に来る男子の尻! みたいな」


「あぁぁ~……欲張っちゃったかぁ。男女の読者どっちも欲しいって、どっちも描いちゃったかぁ」


「良くない!? どっちもめっちゃ書き込んだよ!?」


「確かに綺麗に描いてるねぇ、でもちげぇよ馬鹿。そら読者も言って来るわ」


 読者にはそれぞれ求める物があり、それ以外は基本ノイズと考えて良い。

 そんな中、どっちも取るぜって作品を書いたらどうなるか。

 非常に簡単だ、段々人が減っていく。

 パンチラなどのサービスシーンを求めている読者が居たとして、そのシーンと同数の男の尻やメンズのサービスシーンが描かれてみろ。

 冷めるだろうが、普通に。

 欲張り過ぎ、絶対ダメ。


「なんでぇ!? 良いじゃんどっちもあって! お得じゃん!」


「セール品みたいに言わない。基本男子は男子の尻に興奮しないの。逆に女子は女子のパンチラ見て嬉しいのか?」


「嬉しい!」


「……ちょっと詳しく」


 今日もまた、お互いにネタの提供が始まったのであった。

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