作家と作家の同棲生活
くろぬか
第1話 名前
「なぁ、“パクチー”」
「んー? 何さ“肉焼肉”」
互いに本名を呼び合ったのはいつの事だっただろうか?
同棲を始めてから、ずっとこの調子。
普段から作家名で呼び合っていた。
俺が肉焼肉という訳の分からない名前で小説を書き、相方パクチーはSNSに漫画をUPしている。
俺達は二人共、一応作家として生活していた。
お互い最初は適当に名前を付けたのに、出版された時にそのままハンドルネームを使ってしまい、変えるに変えられない状況に陥っているという訳だ。
とまぁ多少実績はあるものの、今では閑古鳥が鳴いていると言って良いだろう。
出版業界は、そう甘くないのだ。
「この前さ、試しにSF書いてみたのよ」
「へぇ、焼肉にしては珍しい」
彼女の認識では、俺は肉が苗字で焼肉が名前らしい。
まぁどうでも良いけど。
「SFってさ、めっちゃジャンル広いじゃん。だから物凄く辛辣コメントいっぱい来てさ、これはSFじゃないーって」
「あぁ~サイバーパンクとかスチームパンク、みたいな? アレもSFのジャンルだよね? でもそれはありそう。ファンタジーって言葉ばりに広い世界だよね」
そう、それはもう物凄くいっぱいコメントを貰った。
半分くらいは批判だったけど。
SFが分からねぇなら書くなとか言われたし、怖いよ熱量が。
でも分かんないのよ、SF。
未来の話で、空想の世界って事しか分かんないよ。
「でさ、ロボット出してみたのよ。結構メカメカしい奴、でもその時代では骨董品みたいに言われてる主人公機って感じで」
「へぇ? 小説でロボットモノって結構難しいって聞いた事あるけど。ビジュアル伝えるのに、やっぱ苦労するんじゃないの?」
「そう、めっちゃ大変。○○っぽいとか書いちゃうと、パロみたいになっちゃうし。でもそこじゃ無いんだよ、決定的欠陥があったんだよ。俺の書いたロボット」
「ロボットの設定の話? それとも知らずに、有名な物と被せちゃった? もしくはSFに気合いで動くロボットでも出しちゃった?」
ちょっとだけ興味が湧いて来たのか、部屋の両脇で背中合わせに仕事をしていたのに、パクチーは此方に身体ごと向けて来た。
ダボダボのパーカーにボブカット、更に低身長という幼さが残る印象を受けるが。
これでも立派な二十代。
俺と同じく一度希望を夢見てしまったが故に、いつまで経ってもバイトしながらクリエイターを続けている存在という訳だ。
まぁ、それは良いとして。
「名前をさ、適当に付けたのよ。ロボットだし、適当なアルファベットと数字の羅列で。俺名前考えるの苦手だし」
「あぁ~なんか落ちが見えた。有名作のロボットの型番とかと被ったんでしょ。駄目だよ~公開する前にちゃんと確認しないと。名前の方が有名でも、型番もしっかりしてるのは割とあるから」
彼女はやれやれとため息を溢しながら、呆れた視線を此方に向けて来るが。
残念ながら、そうではないのだ。
もっと酷い事になって、批判以外の数多くのコメントを生み出すロボットとなってしまったのだから。
まぁ、反応があるのは良い事だ。
しかし正直言ってどうしようかって感じになってしまったが。
「被ったってのは間違いない、コメント貰って始めて知った事なんだけどさ。どうやら俺が書いたロボットの名前、有名な会社が作った便器の型番そのものだったらしいんだよね。しかも古いヤツ」
「ぶはははっ! そんな偶然ある!? よりによって便器!? 主人公便器に座って戦ってんの!?」
「それだけじゃないんだよ。水冷式とか、骨董品とか色々設定盛り込んだせいで、より一層その便器になっちまったんだ」
「待って、本気で待って? ちょっと本気でお腹痛くなって来たから待って? プッ、ククク……」
その為コメント欄は完全に便器の話題一色となり、俺が書いた主人公は便器で戦う未来のヒーローになってしまった訳だ。
もっと言うのなら。
「話としては、リコールが入った昔のロボットだったんだけど。回収しそこなった機体を修理して使った、みたいな。でも凄い事に、その便器もリコールが入ったらしいんだよ。設計ミスとかで」
「より一層その便器になっちゃった! 便器のリコールって何!? 聞いた事無いよ私!」
彼女はゲラゲラと笑いながら液タブへと身体を戻したが、後ろから覗き込んでみれば原稿では無く便器を描いていた。
描くな描くな、それは俺のロボットだぞ。
「こうさ、倉庫に納める為にコンパクトな形に多少変形する。みたいな事を書いたんだよ。イメージとしては膝抱えたロボットが、もっと小さくなる感じに。その姿が読者の想像では完全に便器になってしまったらしく」
「逆に考えれば良いんだね? ロボットに変形する便器。OK分かった、任せろ。イラストに起こすと同時に、このまま私の漫画ネタにしちゃる」
「どうぞご自由に。あ、小説のリンク張っといて」
「さっきの話そのまま書き込んで良い? 肉焼肉先生がやらかしたって」
「どうぞどうぞ」
という訳で、彼女は意気揚々と変形型便器ロボットを手掛け始めた。
とても下らないネタにはなってしまったが、まぁお互いに読者が増えるのなら良しとしよう。
しかし、まさかこんな形で名前が被ってしまうとは。
元々人物名やタイトルさえ考えるのが苦手なのに、一度付けた名前をネットで検索し検討を重ねるのは非常に手間なのだ。
小説を書くにあたって、一番嫌いな部分と言っても良いかもしれない。
名前なんて憶えやすければ何でも良いじゃんとか思ってしまう人間なので、他の作品でもそこら辺に居そうな名前とか主人公に付けちゃうし。
恋愛モノを書いた時は、日本に多い苗字ベスト10を制覇してしまった程だ。
流石に登場人物の名前に特徴無さ過ぎねぇ? とか読者から言われてしまった経験も少なからずある。
などと思っている内にある程度描き切れたのか、パクチーは体を退かしてモニターを指さした。
「こんな感じ? もうちょっと恰好良くする? 武器は?」
「おぉ、意外とまともにロボットしてる。変形すると便器だけど。ちなみに初期武器は消化用ホース」
「ただの水漏れじゃん! 水道業者呼ばないと!」
下らない会話をしながら本日もまた、俺達はそれぞれ作品を作っていく。
バイトして、空いた時間は全部クリエイターして。
そんでもって、互いにネタ提供とかし合って。
なんて具合に、俺達の同棲生活はゆったりと進んで行くのであった。
ちなみに、付き合っている訳ではない。
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