人助けをしたら大手Vtuber事務所のスタッフとして働くことになりました~個性豊かすぎるタレント達、おかげで胃に穴が空きそうです
龍威ユウ
第1話:人助けをしただけなのに……
例えるならば、まるで上質な
散りばめられた無数の小さな輝きが、生地を美しく飾り立てる。
では一際大きく、氷のように冷たくも神々しい黄金の輝きを発する満月は、現存するどんな宝石をも超越する。
しんとした静寂の町中を、ふと一陣の微風が吹き抜けた。
頬をそっと撫でていく夜風はほんのりと冷たくも、返って大変心地が良い。
夜特有に静謐さも相まって、今宵はとても穏やかな夜だった。
ついさっきまでは、とても穏やかだったのに。青年――
時刻は午後10時すぎとだけあって、活気にあふれた町も今やすっかり静かな眠りに就いている。
月明かりによってほのかに照らされた町中を、ただ彼一人だけが徘徊していた。
別段、夜遅くに出歩く用事は龍華にはなかった。強いて言うなればなんとなく、そんな実に曖昧すぎる理由に他ならない。
ふと目を覚まし、なんだか小腹が空いたからついでにコンビニにでも行くことにした。
理由としては、本当にこれぐらいでしかない。
「――、どうしてこんな時間に食べるチキンはおいしいんだろうかなぁ」
「はぁ……はぁ……」
熱々のチキンを口にしながら帰路につく龍華の前に、その女性はやってきた。
どかどかと慌ただしく走る彼女の形相は、お世辞にも穏やかであるとは言い難い。
銀色のサイドテールをひどく揺らし、息も絶え絶えになりながらも走る彼女は、まるで何かに追われているような雰囲気をひしひしとかもし出す。程なくしてその原因が龍華の視界に隅にてばっちりと映った。
映ってしまったから、落胆の感情を色濃く浮かべて盛大に彼はため息を吐いたのである。
「――、やれやれ。ここ最近、なんだか多すぎやしないか?」
忌々しそうに視界に捉える龍華の手に、それが静かに握られる。
月光をたっぷりと浴びて黒く鈍く輝く鋼鉄製のそれは、いわゆる鉄扇という代物だった。
彼のはおよそ
その鉄扇を彼は、女性を追っていたソレに向けて振り下ろしたのである。
鈍くも鋭く、そして重々しい音が夜の静寂を切った。それに伴って硝子を引っ掻いたような不快感極まりない奇声が周囲に反響する。
相変わらず耳障りな声を出す。龍華は小さく溜息を吐いて、改めてそれをジッと見据えた。
龍華の目前にいるのは、一言で言うなれば人の形をしたナニカであった。
全身は黒々としていて光を一切発しない。まるで深淵の闇が辛うじて人の形を成したかのような、そんな印象を強く与える。
ぎらぎらと不気味に輝く赤き瞳を除いて他の器官はそこになく、だが2mは優にあろう巨体と、剣のように鋭く尖った手足が対峙する者に恐怖を植え付ける。
怪物――呼称するのであれば、これほど相応しい言葉もまぁなかろう。
怪物を目前にしておきながら、龍華の顔に恐怖に感情は微塵もなかった。むしろ怪物を見やる彼の視線は、絶対零度のごとくとても冷ややかでさえある。
「……相変わらず、お前らは人の都合っていうのを考えてくれないんだなぁ」
もそりと発した龍華の言葉が、彼らの間で開戦の合図となった。
怪物がけたたましく咆哮をあげて地を蹴りあげる。
ドンッ、という轟音はさながら大砲のよう。そして強烈な一脚は両者にある間合いを一気に縮める。
鋭い指先が空を切り裂いた。びゅん、という鋭い風切音と共に続けて金属を断つ音が奏でられる。
怪物の攻撃の先に龍華の姿はなかった。代わりにあった道路標識が無残にも輪切りにされたのであった。
もし、これが人体であったならば今頃どうなっていたか。それは幼子でさえも容易に想像がつこう。
では、肝心の龍華はというと――
「悪いけど、こっちはそろそろ帰るところなんだ。手短に済ませてもらうぞ」
懐深くへと肉薄し、そして手にした鉄扇を一気に打ち上げる。
鉄扇は古来より暗器として伝わり、種類や大きさについても色々と存在する。
龍華が持つ代物は、古来より希少価値が高く精錬技術が極めて困難とされる
その強度は大和刀よりも強固で、そして研げばどんな名刀よりも恐ろしい切れ味を宿す。
また、古来より
龍華の鉄扇は、厳密には
そのため大和刀よりもずしりとした重さが特徴的であるが、その分の破壊力と切断力は遥かに凌駕する。
けたたましい、しかし徐々に力を失っていく声をあげると共に怪物がどしゃり、と地に崩れた。
首を斬られたのだ。いかに怪物であろうとも、急所を断たれればどうすることもできない。
怪物であろうとも、彼らは決して不死の存在ではないのだから。龍華は短く呼気をすると、鉄扇を懐にスッとしまった。
「――、あ……あの……」
再び訪れた静寂を、さっきの女性が真っ先に切った。
もうどこか遠くへ逃げたと思っていたが、わざわざ現場に戻ってきたらしい。
これは、とても面倒なことになってしまった。龍華は内心にて彼女に対し小さな溜息を吐いた。
「……あなたは悪い夢を見ていた。それだけです。野良犬に追いかけられたってことで、あまり気にせず忘れた方がいいですよ?」
「あ、あの……! さっきは助けてくれてありがとうございました!」
「いや、だから私は――」
「だから、その……お願いです! どうかウチの会社でスタッフとして働いてくれませんか!?」
「はいっ!?」
あまりにも女性の要求が突拍子もないものだったから、龍華も素っ頓狂な声をもらさずにはいられなかった。
スタッフになれとは、果たしてどういう意味なのか。
もちろん、彼女が発した言葉について龍華がその真意を理解するのは不可能である。
とにもかくにも、事情を聴かないことにはさしもの彼とて対応できないのは確かであった。
「お願いします! あなたしかもう頼れる人が……」
「ちょ、とりあえず落ち着いてください! ここで話すのもなんですし、もう夜遅いですから!」
「じゃ、じゃあ引き受けてくれるんですね!?」
「いや、そうとは言ってませんけど」
「じゃあ駄目です! とにかく、お話を聞いてください!」
「わ、わかりました! それじゃあ明日! 明日どこかでお話ししましょう! ですから今日はもう帰りましょう!」
「ほ、本当ですね!? それじゃあ明日、絶対ですからね!」
「わ、わかりましたから!」
意気揚々と去っていく後姿に、龍華は深く溜息を吐いた。
「なんだったんだ、さっきの人は……」
怪物にさっきまで襲われていたにも関わらず、彼女にはもう恐怖の感情は欠片さえもなかった。
付け加えて、スタッフになってほしい。こう切望して際の表情は活力で満ちていた。
きらきらと輝く瞳などは、生まれてはじめて目にしたものに強い関心を示す幼子のようですらあった。
なにはともあれ、龍華は明日。もう一度女性と会うことになった。
もっとも、二人がした約束には大きな欠点がある。そしてそれを龍華はあえて口にしなかった。
「言っても良かったけど……絶対に面倒事になるだろうし。こういう時は言わない方が吉だな」
彼女との出会いは一期一会で、もう二度と会うことはないだろう。
再び静けさに支配された夜の街で、龍華は帰路に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます