Daredevil・FIRST

 士官学校に入学し、3日が経った!

 友達もできたし、先生も優しいし、クラスの男の子達ともまぁ仲良く出来ると思う! 学食も安くて美味しいし、授業も始めから訳の分からない単語を並べ立てられてもう笑っちゃうよね! 実践演習も心配してたほど苦しいものじゃなかったし、私、何とかここでやっていけそう! お父さん、お母さん、士官学校に入学させてくれてありがとう!



「……う゛、おぉぇ」


 吐いた。不本意にも寮の共用トイレで。今朝食べた小倉トーストと、昼に食べたお蕎麦がまとまって便器に流れていく。

 私の頭が、寝ている間にせっせこ創ってくれていた理想は完膚なきまでに崩壊、玉砕。完膚なきまでに粉々になった。

 事実、友達は未だにアミスだけ。教師は頭のネジが飛んでるのと、とことんまで厳しいのと、性格がひん曲がってそうなのの3パターンだ。授業を取り持っている中で一番マトモそうな物理のファラデー先生でさえ、厳しい教師グループに脚を突っ込んでいる。唯一理想通りだったのは授業と学食くらい。

 お父さん、お母さん、聞こえますか? ここは今地獄です。


 トイレットペーパーを吐瀉物に覆い被せて、水洗を回した。環境が変わったストレスで胃がキリキリ痛むし、それよりも午前の授業の情報量で頭が痛い。口内まで胃酸が渡って酸っぱい。実践演習の直後でありとあらゆる筋肉が悲鳴を上げている。

 口を水道の水で拭い、苦さと酸っぱさが取れるまで念入りにうがいをする。がらがらぺっ。



 

 一日目、二日目のメニューは何とかなったのだ。だから、三日目も必死にやっていればクリアできる。その先入観を抱えていったのがまずかったのだろう。

 一日目はファラデー先生の無限大持久走、銃器を担がされて何キロ分も運動場のトラックを周回した。

 二日目はニコラ先生指導のハイスピードボルダリング。壁やら天井から吊した縄やらを登らされた。体育館なのにもかかわらずニコラ先生はジェットパックを噴かして監視していたのでひたすら煙たかったのを覚えている。

 どちらも練習後は失神するように眠れるくらい身体を酷使するものだったが、持ち前の運動神経で乗り切った。ちっちゃな頃は外遊び、つい最近まで陸上競技に興じていた私を褒めちぎりたい。

 そして三日目、代数学・幾何学教師のユークリッド先生のメニュー。レンズの小さい眼鏡を鉤鼻に引っ掛けた、背の小さいお爺ちゃん先生だった。今日こそ楽そうなメニューだなと期待した次の瞬間だった。

 ユークリッド先生は発砲した。会場であった射撃訓練場、おそらく被射体が置かれるであろう空間の奥の奥、ぽつんと立っている人型の的に向けて。中当たりだった。

 銃声、金属音とエンジンの駆動音が会場に反響した。噛み合わさった歯車が天井や壁の至る所で回転し、体育館程度の部屋一面に伝うパイプから蒸気が吹き出し、スチームパンクな雰囲気を醸し出している。

 今世情報化社会にこんな産業革命初期のような機械構造なんて、と古臭さに対する嫌悪と関心を織り交ぜながら見ていると、私達の前に並んだのは人型の的40弱、天井すれすれを平行移動する円形の的が20。あの的がトリガーになっていたらしい。


 ――撃て。ユークリッド先生の、想像通り嗄れた仰せだ。


 ――まぁ。苦手とはいえ、旋盤による銃制作経験は無限にある。半分は地元の工場での最低賃金労働の手伝い。もう半分は一から自作(失敗作が四割五分とはいえ)。立派な経験だと思う。加えて、撃ったことはないが、デザインのディティールを詰めるために握らせて貰ったことは何度もある。その度工場長やその辺りの地位のおじさん達に「華があってイイ」と賞賛された経験もセットだ。そもそも初日から、マガジン内の薬莢全部当てないといけないわけじゃない。まだ練習段階なのだ。半分ぐらい当たれば上出来レベルだろう。

 私の番が来た。耳当てと防弾ゴーグルを装着、しっくりくるサイズの拳銃を手に取り、握り、ゆっくり、安全装置を外す。



 ――籠もった銃声が雪崩れてくる。




 ――もう一度、トリガーに指を掛ける。


 

 ――もう一度、トリガーに指を掛ける。


 もう一度、掛ける。

 もう一度、もう一度、もう一度……




「――ごっ……じゅう、に! ――ごっ……じゅうさん! ――ごっ……じゅう――」

「なぁアテネ……ワシは別に、アテネを馬鹿にしてるつもりはないぞ。嗤ったりすることもしない。……じゃがのうアテネ。もう何回腕立てしてるんじゃ?」

「……うるっ、さい! ――ごっ……じゅう、ご!!」


 この情景を見て、「なんだ、まだ五十程度じゃないか。やっぱりユリウス君と言えど、筋肉量は男子に劣るね」とか言い出すナルシストの男子が居るとしたら、回数と回数の間が読めていないと過剰すぎるくらい責め立ててほしい。そしてこの音声か映像を記録し、回数の前に「ごひゃく……」とか編集で付け加えて、もう一度再生してほしい。


 20回あまりは射撃した。当たっているのか感覚は曖昧だったが、そういうものだと割り切って涼やかに持ち場に戻った。初見だったし。2分も待たないうちに命中率の結果が届いた。

 24発中、直撃2発。掠り3発。まぁこれから、と気を静めていたときだ。射撃場脇で閉口して見ているだけだったお爺ちゃん先生が、遂に二言目を発した。


 ――5発以上当てられなかったら再試験だ。との仰せだった。


 また拳銃を握って撃った。再試だった。また拳銃を握って、体勢を変えて撃った。再試だった。もう一度拳銃を握って、敢えて片手持ちのほうがいいのではと血迷い撃った。直撃はなかった。再試の度に積み重なる×点。名簿に付けられた×に掛ける五十した分腕立て。再試験の面子も最初は半数弱いたのに、数を重ねる度に私へ意識が向けられていく。腕の筋肉に疲労が流れ込んで、弾の出るところが真っ直ぐ向かなくなる。そのせいでまた再試が重なる。

 受からなかった私には後日再試験という特例が加わり、今は自由時間。クラスの各々がオリエンテーションで使用するであろう銃を握って的当てをする横で、私は腕立て借金の清算だ。穴があったら入りたい。


「銃が使えないことを抜きにしても、アテネには体力とスピードがあるからのう。じゃから……まぁ、何とかなるんじゃないか……とは、思うが。どうじゃろか」

「ろく……じゅう!! それより――アミスは何でそんなに当てられるのよ……!」

「もう慣れとしか言えんな。ワシは生まれた傍から銃を担いどったからなぁ」

「だからって……よそ見して全部当てるなんておかしいじゃない! ……ろくじゅういち!」

「じゃからこれは慣れと言っとる! そもそもなぁアテネ、ワシが難なく演習を乗り越えているとでも思っとるのか? 弾当てる能力の分、体力はからっきしじゃ!」

「それは……そうかもしれないけど……ろくじゅうに!」



 こんな感じで、今日の授業は終了。憂鬱事を胃酸と一緒に吐き出しているとだいぶ楽になってきた。とはいえ疲労まではうがいで吐き出すことは出来ず、制服のままベッドに倒れ込んだらうっかり眠ってしまいそうだが、やらなきゃいけないことが一つだけ残っている。

 生まれたての子鹿のようなふらついた足取りで自分の部屋に帰ってきて、私服を詰め込んである段ボールの一つを解いてスカベンジ。スカートは履く気になれず、オーバーオールもホットパンツスタイルも何だか腑に落ちない。寮に仕舞ってある私服コレクションを絞っていくと、辿り着いたのは青のデニム。今日は何を着ようかとうんうん悩み抜いても、結局これに落ち着いてしまっているせいか若干くたびれている。近いうちにクリーニングに出しておきたい。

 制服を脱いでデニムに脚を通し、適当な白Tシャツ、レザージャケットの順に袖を通す。洗面所の鏡で見てやると、高身長気味なのもあって中々格好がついているように見える。大きな声じゃ言えないが。

 軋む脚を押さえながら部屋を出た。やらなきゃいけないことは、まだ終わっていない。



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