Custom makes all things easy

 1-1教室には言うまでもなく、私とアミス、それにニコラ先生以外は皆行儀よく座っていた。クラスメイトの中には身長が2mはありそうな生徒も、私より一回り小柄なのもいたが、総じて男、男、男。ムさいね、と耳打ちしつつそそくさと最後列の空席に腰を据えた。


「皆、今日までで既に聞き飽きたと思うけど……入学おめでとう。――というわけで、学校からプレゼントが届いてまーす!」


 ニコラ先生が取り出したのは、靴が2足程度入るくらいの金属製パッケージ。オーダーメイドなのか、パッケージ上部に印字された文字に個性が見られる。

「ほら、回せ回せ」とファラデー先生も加わり、いつの間にか机の上には筆記体で氏名が書かれた、『Lulius,Athene』用のパッケージが鎮座していた。


「皆んなに行き渡ったかな? それじゃあ開封してくださーい!」


 クラス内の生徒殆どがどよめきの声を上げた。箱というより、鉄製の直方体。これをどうやって開けろと?

 一部、直ぐさま側面を覗き、天地無用を無視し、振ったりドライバーでこじ開けようと試みる生徒も居たには居たが、すぐ動き出せる生徒は少なかった。そして私はといえば。



 全身に空気が行き渡るように、大きく息を吸いこみ。


「……くぬぬぬ……、っはぁ。無理……」


 物を多く持ち歩くタイプの人間が羨ましくてたまらない。開けやすいだろうし、爪が剥がれる心配もしなくていい。何と言ってもこの金属缶、指のかけられそうな部位が上部の凹みにしかないのだ。ちっさい頃、内溶液が硬化してしまったせいで開けるのに苦労したペンキ缶を思い出す。缶切りの要領で無理やり開けたせいで、後日乾いて使えなくなったのも。


 ……いっそのこと、誰かにそれらしいものを借りて開いたほうがいいのかな?


 アミスを含めて、私の席の前後左右斜め含め八人の生徒に一つ質問をした。


「ねぇ、刃物かなんか持ってない?」


 ある人には人懐っこい幼馴染みキャラを演じて、ある人にはお姉さんらしく、大人な女性を演じて、ある身長150センチ程度の女児には普段のアテネ・ユリウスで。私にしては手の込んだ行動だった。

 答えはNO。回答するときは頼んでもいないのに、皆怪訝な目をしていた。

 最前列の席の嫌いな男子が「予備のナイフも鋸もマチェットもあるから貸すよ!」と駆け込んで来たのは無視した。アイツに借りるくらいなら爪の一枚か二枚剥がして、カッターナイフよろしく缶に切り込みを入れた方が余っ程だ。


「はぁ、いい考えだと思ったんだけど」

「意外と脳筋なんじゃなぁ、アテネは。――いや、そのギャップで男を惹き付けているのか……成程成程」


 うるさいほっとけ、真剣な顔するなと口答えしつつ、私は金属缶に手を掛けた。

 大きく息を吸って。指を力ませる。


「くっ――ふぬぬぬ……」


 私宛のプレゼントはびくともしない。指も痛む。あぁ、この瞬間だけでいいから腕力百倍にでもならないかな、と淡い自己願望を抱いたときだ。


 腕力が極地の向こうへ至った。何をワケの解らないことを、と思うのも無理ない。私でさえ何を言っているのか解らないのだ。でも、現象を形容するにはこう表現するしかなかった。


 ベコン、ベコンと上板が折れ曲がったのは誰の目から見ても異変だった。勢い余って上板と側面がいっぺんに剥がれる。ひん曲がった上板が遂に箱から離れ、床に落下した。まさに願ったり叶ったり、というわけなのだけれど。


 私は呆然と尽くすしかなかった。鉄板が、缶切りで開けた缶の切り込みのようにずたずたになっているのを見続ける。私に視線が集中している。時折「馬鹿力……」とか聞こえてくるのが、私をとてつもない羞恥に誘った。


「ありゃりゃー、派手にぶっ壊したね」


 異変に気づいたニコラ先生が、折れた上板を拾い上げ、頭を掻いている。丁重に中の物を密閉していた金属缶は見るも無惨な形状に形成されて塑性変形を起こしている。もう元には戻らないだろう。

 ニコラ先生は力んで金属缶を真っ直ぐに正そうとしたが、すぐさま顧みて。


「あーあー、私の力じゃ無理だわ。ファラデー、直せる?」

「ニコラ先生でも修復不可なら、私には無理です。他を当たってください」

「ちぇ、物理教師のくせにパワーの欠片も無いのねぇ。……あぁー、もう戻らんわ」


 悪態を淡々と呟きながら、上板をどうにか元に戻そうと悪戦苦闘している。しばらくして吹っ切れたように私を指差した。


「君、これから箱無しね」


えぇっそんなご無体な、という嘆きとまぁ仕方ないか、という諦めが同時に飛び出してきそうになって、声が上擦った。

 

「まぁ何はともあれ、開いてよかったじゃん。見てみなよぉ」


 ニコラ先生が差し出したのはフルフェイスヘルメットらしき物と、掌サイズの端末、あと靴だ。

 端末の表面に私の顔が映って数秒、――生体認証を開始します、と音声が流れ、『ようこそ、Lulius,Athene』の白ゴシック体文字と共に、画面が青く点灯した。試しに、と髪をある程度整えヘルメットを被ると、これまた端末と同じように音声が流れ、認証を済ませてくれた。


「というわけで、プレゼントの中にはこんなのが入ってまーす! ――あと、そこの女子生徒みたいな馬鹿力のない生徒は、ちゃんと側面の留め具を外してから上板を外してね!」


 やめてください恥ずかしい。

 側面を見ると、ネジのような物が両端に二つほど刺さっている。ドライバーがないと開かないじゃないか、と思ってそれを引っ張ると、いとも簡単に引き抜けた。どうして気づかなかったのだろう、私にもだけれど、周りで首を傾げていた人らにも声を大にして言いたい。

 ニコラ先生の怠慢もいよいよ見逃せなくなったのか、ファラデー先生が口を挟む。

「ニコラ先生、ちゃんと説明していただかないと……」

「んー、とは言っても見たまんまヘルメットはヘルメットだしなぁ……」

「しっかりしてください。ニコラ先生は私よりキャリア長いんですし、担任だって二度受け持っているでしょう? ですから……」

「あーはいはいわかったわかった……やりますやります」


 気怠そうにニコラ先生が語る。

 一つ。未だ私の頭部に装備されているヘルメットは、ヘッドアップディスプレイ、インカム搭載のヘルメットであること。防弾、防塵、防音、防臭。何においても保護することに関してはトップクラスの性能を誇ること。

 二つ。私が左手に握っている端末は、インカムのオンオフか学校内での連絡、授業のアーカイブ保存にしか使えないこと。

 三つ。ここに入っていた靴は靴底に加工が施してあり、数秒程度なら壁を走行したり空中跳躍が行えること。細かい技術は物理の授業を聞いていれば追々分かっていくということ。

 

「……ってわけで、靴と端末は今日から室内外関係なく装着しておくことぉ。ヘルメットは必要なときだけ」


 ニコラ先生は教壇を降りた。ファラデー先生は納得こそしていないようだが、まぁいいかとでも言うような諦観じみた顔をしている。次はファラデー先生の番だろうか、壇上に上がる。


「それでは、私からは『オリエンテーション』について話を」

  

 教室中の空気が固まった。士官学校に入学して『オリエンテーション』などという、遊びのような響きを聞くはずないと、そう思い込んでいたからだ。私もゴリアテ教諭から話を聞かなければ、教室の空気の一員になっていたかもしれない。

 ファラデー先生は手帳の背を摘まみ、地面に向けて二、三度強く振った。目視で確認できたものでも何十枚。罫線付メモ用紙の蛇腹折り、それも1行1行がペンのインクで黒くなっているのが垂れてきている。教室のあちこちから感心と畏怖の声が漏れるのを尻目に、ファラデー先生は一枚ずつ読み進めていった。


「新1回生対象オリエンテーション、日時は四日後の九時から。一限目の開始と同じだから、覚えておくように。場所は士官学校生専用都市・ネメシスで。九時前にネメシスの搭乗港が開くので、それに間に合うように」


 その後もくどくど細かい話を続けるので、クラス全員飽き飽きしていたようだった。私が知らなかったことといえば。


 ・銃と銃弾はオリエンテーションのため用意された特注品である。銃弾は小型のカラーボールを使用。

 ・装備品はヘルメット、靴、端末、当日までに選択した銃(又は暗器としてナイフやメリケンサックなど。最大2丁まで)、専用の防具。専用の防具は銃弾を感知、種類を判別し、それに応じた衝撃ダメージを被弾者に加算する。

 ・銃によって防具が感知する衝撃ダメージは差異があるということ。(衝撃ダメージ0の相手をノックダウンさせるのに――拳銃は二〇発以上、小銃は十数発、狙撃銃は一発または二発、暗器は力の掛かり方にもよるが平均七~十刺程度)

 ・専用都市・ネメシスは移動するため、揺れと足元には十分注意するように。

 ・オリエンテーションは二人一組で行う。ペアは部屋割りと同じ。ペアの相手とよく話し合っておくこと。

 ・生存時間とノックダウン数で得点を算出する。ノックダウン一回につき5点、生存点は順位をNとしたとき(20-N)の最大19点。バトルロワイヤル形式採用。


「4日後のオリエンテーションまで、4時限目から放課までを実戦演習に変更する。細かいことは端末に送るメールで確認しておけ。……諸君らの健闘を祈る」





「……とは言ってたけど、」

「任せておけアテネ! ワシの射撃に掛かれば一位確定じゃ!」


 1-1教室を出てA棟外へ向かう途中の廊下で、アミスの殊勝な声に肩をすくめる。考え無しだなぁとは思いつつも、それに何となく頼りがちになりそうな未来が見える。


 士官学校の授業が終わった生徒の殆どは、授業を行うA棟から下校し、寮のあるB棟へ向かう。金属缶の底の方に寮室の合鍵が忍ばせてあり、ご丁寧に部屋番と場所まで記してあった。私とアミスは428号室ヘ向かう道中である。

 A棟周辺はオリエンテーションの話で持ちきりだ。1回生はおろか、身長が一回り大きな生徒――きっと上級生だろう――も、1回生の実力を楽しみにしているようだ。


「アテネはどうするんじゃ? ワシは狙撃専門じゃから、あんまし動けそうにはないが……もしかしてアテネも狙撃がいける口か?」

「いや、狙撃は全然駄目。小銃も、私の手には合わないみたいで。実践演習で上手くならなければ、多分接近戦に持ち込むかな」

「というと、選ぶのはナイフと拳銃か?」


 首を縦に振った。脚力は士官学校入学前、陸上競技に打ち込んでいたお陰で自信があるほうだし、もらった靴のお陰で機動力は三割増しくらいにはなっているだろう。仮にネメシスが私の想定している、ビルやマンションが林立する環境だったら、靴の能力を存分に生かせるだろうし、4日間の実践演習では、目まぐるしく移り変わる三次元方向の射撃に慣れるのは厳しいだろう。


「成程な、見かけによらず無謀なことをするんじゃなぁ」

 

 キレーネ着の列車で『無謀なこと』をやってのけたのは何処の誰でしょうね、アミスにはいつか手鏡を贈ろう。


「ずっと思ってたんだけど、私ってそんな知的に見える?」


 アミスは私の少し前を歩いている。

 ――いや、なんか言ってよ!


 話もそこそこに、私達はB棟玄関を通り抜けた。B棟はA棟のような外壁はなく五階建ての建物が一つ。一階層ごとに七十近く部屋があるらしい。

 寮の仕組み的に、私達が目指すのは4階だろう。玄関横のエレベーターに乗り込み、4階行のボタンを押す。



「……なぁアテネ。この棟、地下があるのか?」


 アミスが階層を示す電光掲示板を指差し問いかけた。見ると、確かにB1、B2の表記がある。地下の一階や二階くらいあっても別に不思議ではないが、不可解な点は別にあった。おそらく、アミスもそのことについて言及したいのだろう。

 B2はトレーニングルームとして解放されているが、B1は関係者以外立入禁止。それも、電灯やホログラフィックでなく、紙に書いた『立入禁止』をテープで貼り付けているだけである。

 妙だな、と思いつつアミスの方へ見やると、青ざめながら身震いしている。


「この学校、出るのかもしれんなぁ……」

「んなわけないでしょ。第一、軍人候補なのにお化けに怖がっててどうするの」

「とは言ってもじゃのぉ、ユウレイとやらは撃ち抜けんじゃろうて……」


 見かけ通りの幼いところもあるんだ、と少しは庇護欲求に駆られたが――やっぱり異常だ。


 程なくして4階に着いた。428号室は案外エレベーター近くの部屋で、住むのにも楽そうだった。鍵穴に合鍵を差し込み、回す。出迎えてくれたのは、7畳ほどの部屋に、その部屋の半分を占めるベッド、出入り口の扉脇には洗面所のドア。想像していたよりも広くて、清潔感も十分。部屋のいじり甲斐がありそうだった。まずはベッドの配置から変えないと、と想像を膨らませる横で、アミスはワナワナと揺れていた。何事かと顔を覗いてみると、目の中は潤んで輝いている。何事かと思って声を掛ける前に、彼女は口を開いた。


「べ…………べ……」

「べ?」

「ベッドじゃ……ベッドがある……じゃと!?」

「は? なんでそんな事を……」



「ベッドじゃ!! ベッドぉーーっ!!」


 アミスはベッドに飛び込んだ。小綺麗に整えられていた掛け布団はアミスが嬉々とした動きで上を飛び跳ねたり、包まったりしたせいでぐちゃぐちゃだ。

 

「もう、ベッドなんかでそんなはしゃいで……」

「何を言う! ベッドがあって喜ばん奴はおらんじゃろう!」

「いや、家にはあるでしょ、普通に……」

「そうなのか? ワシの部屋にはベッドなんか無くて、納屋の藁束で寝てたぞ?」

「アンタ、どんな環境で暮らしてたのよ……」


 アミスにはまだ驚かされることが沢山残っている。出会ったのは今日が初めてだし、『まだ』という言葉を使うには早すぎる気がするけど。とにかく、アミスという志を同じくする女子(ズレているところに目をつぶることは出来ないけど)に出逢えて、学校生活は幾らか楽しくなりそうだ。それだけはただ単純に嬉しい。

 ……それと、だ。私は捨てるのがしのびなくて持ってきた金属製パッケージを机に置いた。確かに私は鉄の箱をひん曲げて破壊したのだ。クラスの皆がそれを目撃しているのだから、紛れもない事実なのだ(仮に夢だとしてもできすぎている)。これを無視できる程、私は神経が太くない。

 私には、私でさえ驚くようなものがあるのかもしれない。そうだとしたら、それは何故? いつから、どこで、何があって、金属を手で曲げられる力を得たというのか。


「? どうしたんじゃアテネ、そんな暗い顔をして」


 ベッドに包まって遊んでいるアミスが尋ねてきた。


「いや、この壊しちゃった箱、どうしようかなって」

「あぁ、アテネが腕一本で破壊したヤツじゃな」


 ――私もアミスも男子なら引っぱたいていたかもしれない。


「……まぁそうだけど。なんでこんなこと出来ちゃったんだろうって」

「そうか、まぁそう深く考えんでもいいじゃろ」


 あっけらかんとしたアミスの態度に溜息をついた。ちょっぴり茶化しも込めて、言ってやった。


「なんというかアミスって……子供ね」

「にゃ、にゃにぃ?! ちょっと自分が背も尻も大きい女子じゃからってバカにしおって! このこの!」

「痛い痛い痛い! 降参、降参! もう金輪際言わないし謝るから固め技掛けないで、掛けないでってば!」



 ほとぼりが冷めたあとの夜は静かに過ぎていった。クラスの男子が唯一の1回生女子部屋に乗り込んでくることもなく(乗り込んできたらそれはそれで恐ろしい)、端末に届いたメールと、アミスの荷物に入っていた漫画本を借りて惰性で読み進めていたら日は沈んでいた。その間アミスは木の小さい彫刻(本人によると、『友達』を呼ぶ笛らしい。いかにも動物を呼べそうな形状で、ベッドがない環境にいたというのにもそれで合点がいった。)を弄って過ごしていた。

 お父さん、お母さん、エイレイのいない夜は初めてで、センチな気分になることも度々あったが、そう感じた瞬間に自分の両頬を叩いてやる。

 明日からは早くも通常授業が始まる。遅れをとってなるものか、と私は枕元に目覚ましと家族写真を立てかけ、掛け布団と敷き布団の間に身体を挟み込んだ。


 さらに更けた夜。アミスがトイレの為に私を叩き起こしたのは、次の日の消灯時刻まで許せなかった。一応十代後半なんだから、一人でトイレぐらい済ませて欲しい。

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る