Dear(?) Amis Salvador

 私は見知らぬ女子に手を引かれ、田園の広がる中に細長く伸びるアスファルトを歩いている。

 頭の中は言わずもがな、クエスチョンマークで埋め尽くされている。


「ねぇ、アンタ、誰? 何処かで会ったことある?」

 

 疑問増し増しの声で尋ねると、少女は目線をこちらに向けた。息どころか汗一つかいていない彼女は嬉しそうに答える。


「会ったことはないのぉ。じゃが、アテネのことはよく知らされておる。ワシは護衛役じゃからな」

「ご、護衛?」


 会ったこともないのに、この子は何を言っているのだろう? 新しい疑問がインプットされた。


「誰かに言われたんじゃ、背が高くて黒い服の男だったような……で、『同室の女を守ってやるのじゃ。その女がライサルトの……』」


 彼女の言葉と動きが不自然に止まった。


「ちょっと、急にどうしたの。ねぇ、ちょっと」

「ってところで終わったんじゃ。今思えば夢じゃったかもしれん」

「はぁ? 何それ、無責任!」

「じゃが、わざわざ夢に出てくる頼み事なんてそうない。何かは知らんが、アテネが大事なんじゃろう。アテネ、ワシがしっかり守ってやるぞ」


 ますます何を言っているのかわからなくなった。仲良くなれそうな共通点と言われても、ぱっと見、士官学校の兵装科ということか、背丈がエイレイに似ているというところしかない。演技チックな物言いに言葉を挟んでやる。


「と言われても、急に守ってやるぞなんて……。それに、ボディーガードにしちゃちょっと……小さ過ぎじゃない? 家の妹と同じくらいなんだけど、ほんとに同い年?」

「同じじゃ! 歳もタマもおんなじじゃ!」


『かーっ、失礼なやつじゃ』とのじゃのじゃ悪態をつく少女。入学式の日から、一体何なんだ?

 それに、あんな説明で急に毎日付き纏われたら納得しないし鬱陶しい。私だって士官学校生になるのだから、この日までに体力作りと勉強は頑張ってきたのに。


「せっかく言ってもらって悪いけど、私の護衛になってもらう必要は無い。自衛ぐらい私でも出来る」


 私は前に立つ少女を尻目に去ろうとした。そんな私を見て少女は、私の制服の袖を引っ張って引き留めてくる。


「ちょっと、離してよ」

「待つのじゃ! 護衛がいないとダメなんじゃ! アテネが死んだら、夢に出てきた奴に顔向け出来ん!」

「顔向けしなくていい、どうせ夢なんでしょ?」

「それは……そうかもしれんが、ワシは昔から野生の勘が働くんじゃ! もしかしたらアテネがライサルトを変えてくれるから、あぁやって言ったのかもしれん!」

「……ねぇ、もういい?」

「それに、それに、初めて喋った同い年の奴に死なれるのは、悲しいっていうか、寂しいっていうか……」


「何、その、今まで友達居なかったみたいな言い方」

「同い年の友達は今まで出来たことなかった。住んでるところが変わってるっていうのもあるんじゃろうが……」


 なんか、容赦なく突っぱねるのが可哀想になってきた。利用してやろうとか、下心があって言っているわけでもなさそうだし。今思えば、護衛の話云々も会話を始めるために……いや、この感じでそれはないか。


 私は少女にゆっくり向き直って言った。


「守ってやるなんて言うのはやめて。それで、ええと……名前は?」


 そう尋ねると、少女の顔がぱあっと明るくなった。まるでちっちゃい子みたいにはしゃぎだしそうになっているアミスは私の袖から手を離し、胸に手を当てて言い放った。


「ワシはアミス・サルヴァドール。ライサルト国立士官学校、兵装科一年。そして、アテネの大親友となる女じゃ!」


 仁王立ちするアミス、レスポンスなく路上に立つ私、満足げな静寂が訪れる。

 友達が出来たぐらいでそこまで感動に浸るのかと思っていたが、アミスは直ぐに話を切り出してきた。


「あの、そろそろ喋ってくれんか? ずっとこのままというのは、いくら友達の前でも恥ずかしいというか……」

「いや、ここから話繋げるって無理だから!」


 ツッコミを入れたその時、鞄の中の携帯が震えた。電源を付けると、画面内のデジタル時計は11時40分を示している。

 続いて、士官学校まで続く道を見た。道に沿って歩いて行くと坂があり、その先は木々の葉で覆われている。

 再び時計を見る。1分進んでいる。



 ――刹那、私は駆け出した。キレーネ駅から士官学校までの距離は把握こそしていないが、このペースで歩いて行けば確実に遅刻だということは、私の本能が示していた。


「あっ、アテネ! ワシを置いてどこへ行くんじゃ!」

「何処って……学校! こんなところでべらべら喋ってたら遅刻する!」

「んなっ、もうそんな時間か?! 待ってくれぇ、アテネ! ワシも行く!」


 後ろから地面を蹴る音が聞こえてきたが、十秒もしないうちに足音のテンポは遅くなり、いつしか全く聞こえなくなっていた。


「あぁ、アテネが遠ざかってく……ワシを置いていかないでくれぇ……」


 消え入りそうな声に振り返ると、道の真ん中で倒れているアミスが目に入った。白い制服、下はスカートだというのに、這って進もうとするせいで全身砂利や土まみれだ。


「そんな体力してて、よく守るとか言えたわね!」

「ごほ、ごほ……アテネの脚が速すぎるんじゃぁ……そのペースで走るなんて無理じゃて……」


 コヒュー、コヒューと掠れた呼吸をしている。時折咳き込んでいるアミスを見て、私はいよいよまずいと思い始めてきた。このままアミスにかまけていては私まで遅刻してしまう。かといって友人宣言した手前放置するのは残酷すぎる


「でもどうすんの? 学校までまだかなりあるのに……」

「初日から遅刻なんて嫌じゃあ……」

「あぁ、もう。しょうがないなぁ!」

 

 私は大きく息を吐き、アミスに背を向けてしゃがみこんだ。


「アテネ……これは?」

「細かいことは後で。飛ばすから、舌噛まないでね」

「すまんなぁ、アテネ……。何から何まで」

「お礼はいいから、早く乗る!」


 背にアミスと、対物ライフルを背負う。少し――、いや、割と背中から肩に掛けてずしりと来たが、ああ言った手前今更「やっぱ無理」では面目丸潰れだし、時計の時刻は私の『おんぶできるか、否か』の押し問答を待ってはくれない。


 私は午後の日光で暖まったアスファルトを踏みしめ、坂を駆け上がった。


 

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