Dear(?) Amis Salvador

 私は見知らぬ女子に手を引かれ、田園の広がる中に細長く伸びるアスファルトを歩いている。

 頭の中は言わずもがな、クエスチョンマークで埋め尽くされている。


「ねぇ、アンタ、誰? 何処かで会ったことある?」

 

 疑問増し増しの声で尋ねると、少女は目線をこちらに向けた。息どころか汗一つかいていない彼女は嬉しそうに答える。


「会ったことはないのぉ。じゃが、アテネのことはよく知っておる。なんてったって、ワシの一番最初の『マブダチ』じゃからな」

「マブダチ?」


 会ったこともないのに、この子は何を言っているのだろう? 新しい疑問がインプットされた。


「士官学校は原則寮に住まなきゃならん、というのは、ウヌも知っておるじゃろう? しかも二人一部屋ときた。馬の合わなそうなヤツじゃったら嫌なんで、先んじて調べておいたのじゃ!」


 少女は胸を張る(張るような胸は見当たらなかったが……)。


「それで同室のアテネを見たとき、ワシは思ったのじゃ――ワシとアテネは、史上最強のバディで大親友になれる、とな!」


 ますます何を言っているのかわからなくなった。仲良くなれそうな共通点と言われても、ぱっと見、士官学校の兵装科ということか、背丈がエイレイに似ているというところしかない。演技チックな物言いに言葉を挟んでやる。


「……と言われても、私はアンタの名前を知らないんだけど」

「あぁ、そうなのか? それじゃあ、名乗るとするかのぉ」


 少女は私に向き直った。ピンク髪を靡かせ、胸に親指を突き立てて仰々しく言った。


「ワシはアミス・サルヴァドール。ライサルト国立士官学校、兵装科一年。そして、アテネの大親友となる女じゃ!」


 満足げに仁王立ちするアミス、レスポンスなく路上に立つ私、静寂が訪れる。

 アミスはこの空気に滅法弱いようだ。直ぐに話を切り出してきた。


「あの、いつまで続ける気なんじゃ? いくらワシでも……このままは、恥ずかしいというかなんというか……」

「いや、アンタから始めたんでしょ……」


 このアミスという少女はよくわからない。悪い子ではないというのは分かるが、どこかズレているような性格だ。そう感じた。

 掴めないアミスに怪訝な目を向けているとき、鞄の中の携帯が震えた。電源を付けると、画面内のデジタル時計は11時40分を示している。

 続いて、士官学校まで続く道を見た。道に沿って歩いて行くと坂があり、その先は木々の葉で覆われている。

 再び時計を見る。1分進んでいる。



 ――刹那、私は駆け出した。キレーネ駅から士官学校までの距離は把握こそしていないが、このペースで歩いて行けば確実に遅刻だということは、私の本能が示していた。


「あっ、アテネ! ワシを置いてどこへ行くんじゃ!」

「何処って……学校よ! このままそこに居たら遅刻する!」

「んなっ、もうそんな時間か?! 待ってくれぇ、アテネ! ワシも行く!」


 後ろから地面を蹴る音が聞こえてきたが、十秒もしないうちに足音のテンポは遅くなり、いつしか全く聞こえなくなっていた。


「あぁ、アテネが遠ざかってく……ワシを置いていかないでくれぇ……」


 消え入りそうな声に振り返ると、道の真ん中で倒れているアミスが目に入った。白い制服、下はスカートだというのに、這って進もうとするせいで全身砂利や土まみれだ。


「さっきまで元気だったのに、どうして急に……」

「ごほ、ごほ……アテネの脚が速すぎるんじゃぁ……そのペースで走るなんて無理じゃて……」


 コヒュー、コヒューと掠れた呼吸をしている。時折咳き込んでいるアミスを見て、私はいよいよまずいと思い始めてきた。このままアミスにかまけていては私まで遅刻してしまう。かといって放置するのはどうも気が引ける。


「でも、どうすんの? 学校までまだかなりあるのに……」

「初日から遅刻なんて嫌じゃあ……」


 私の声なんか聞こえていないかのように呻き声を上げるアミスに、とうとう私が折れた。このまま放っておくのは酷というものだろう。そしてなにより、アミスの身長はエイレイとほぼ同じくらい。初対面の女子にエイレイを重ねてしまうのは我ながら危険思想だなと思ったが、一度浸透した感覚を濾過するのは難しい。ここにアミスを置いていく情景が、まるでエイレイを独りぼっちにさせる情景とリンクして貼りつき、取れなくなった。


「あぁ、もう。しょうがないなぁ」

 

 私は大きく息を吐き、アミスに背を向けてしゃがみこんだ。


「アテネ……これは?」

「細かいことは後で。飛ばすから、舌噛まないでね」


 背にアミスと、対物ライフルを背負う。少し――、いや、割と背中から肩に掛けてずしりと来たが、ああ言った手前今更「やっぱ無理」では面目丸潰れだし、時計の時刻は私の『おんぶできるか、否か』の押し問答を待ってはくれない。


 私は午後の日光で暖まったアスファルトを踏みしめ、坂を駆け上がった。


 

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