Bound for Kyrene
今から400年前のこと。ライサルト=サムエル王国家南端・アンクの街にて、石炭、石油を凌駕するエネルギー源『魔力』を持つ初めての人間を観測。
王室は魔力を持つ人間の優遇、生殖支援に勤め、文明は飛躍的に発展した。
時代は流れ、世代は交代する。一億総魔力保持人類がライサルト=サムエル中を支配したが、人種によって身長、肌の色が異なるように、魔力の総保有量も異なっていた。これが『持つ者』『持たざる者』の始まりである。
持つ者は魔力で軍事力を底上げし、持たざる者を支配するようになった。劣悪な環境の生活を余儀なくされた持たざる者は蜂起し、近辺の島に逃亡。逃亡先で魔法に対する対抗手段である重火器――俗に、拳銃やライフルと呼ばれるものを発明した。
国家は『持つ者』主導・大陸の天外省と『持たざる者』が統治する列島のライサルトに分離。牽制状態を保っていたが、2633年、持たざる者であった若者が、民間の持つ者7人、警備に駆けつけた魔導師3人を斬殺する事件が起きた。この事件が尾を引いた結果、未曾有の大戦争が起こり、住んでいる場所を追われたライサルト国民は空中都市へと身を移す事態となった。
というのが、今は亡きお爺ちゃんから聞いた話だ。
今まで、軍人になりたかった。私を育ててくれたグラウクス家に恩返しがしたかった。私に護りたいものが出来るまで、私を護ってくれた両親とエイレイに、娘の晴れ姿を見せたかった――なんてもっともらしい理由を並べておいて、実際は凱旋パレードの軍人さんを見たエイレイが目を輝かせていたのに妬いてしまった、というのが理由の殆どを占めているんだけど。
とはいえ、家族に恩返しをしたかったのもまた事実で。
士官学校に進みたいと懇願した当初はそれなりの対立が起きた。放任主義を貫いていた両親でさえ『軍人なんて、女子には荷が重すぎる』と反対し、エイレイに至っては、どこかで離ればなれになってしまうことに感づいて、拗ねて顔を合わせてくれなかった。
私が必死になって勉強して、試験料も学費も工場のバイト代と貯金から工面して支払い、合格を勝ち取った頃には、誰も何も言わなくなったけど。
「あれは辛かったなぁ」
誰に聞かす訳でもなく、窓の外の田園風景を一望して呟いた。
音質の悪いアナウンスが揺れる車内を渡る度に、車内のざわめきは大きくなる。向かい合わせのボックスシート、主の席取りをする荷物を押しのけ腰掛ける人もちらほら見かけた。同じ志を持った人間だろうか、あるいはそれ以外の人か。私としては後者であってほしい。
「嬢ちゃん。それ、士官学校の制服かい?」
私の向かいの席に座りこんだ中年が話しかけてきた。春の陽光がよく照っているというのに、くすんだ紺のニットを被り、所々継ぎ接ぎしたアウターを着込んでいる。
黙っている私に、猿の肌のような青髯の男は続ける。
「士官学校生なんてエリート中のエリートじゃねぇか。儂ら『持たざる者』の英雄だよ」
「は、はぁ……ありがとう、ございます?」
「儂らの代わりに、憎き『持つ者』をぶっ飛ばしてくれよ!」
男の目はやけに血走っていた。呼びかけに反応することすら億劫になって目を背けると、周りには男と同じような顔をした人間が何人も、こちらに視線を向けていた。
身の危険を感じ咄嗟に席を立ったが、目の前には身体ばかり大きな男の肉壁が立ち塞がっている。
「そのおっちゃんの言うとおりだよ!」
「俺なんか若いときあいつらに……」
男達の自虐自慢擁護はまるでカラスが鳴くようだった。鳴声の意味が理解できるぶん、カラスよりも不快だった。
私が顔をしかめて「やめてください……そういうの」と言ったのも彼らには聞こえていないようだ。突破しようにも、男共の太った肉の間は抜けられない。
私は限界だと思った。
『次はキレーネ――、キレーネ――。終点です』
待ちわびた降車駅の名だ。エアー音に伴い、ドアが開き始める。
「おうおうおう! ウヌら、ワシのアテネに何をしておる!」
前方車両のドアが乱暴に開けられ、小柄で睫の長い、ピンク髪の女子が車内にズカズカと入り込んできた。髪はツインテールに結んでいて、私に同じく士官学校の制服を着込んでいる。小指程度の大きさの木製彫刻に細い麻縄を通したのを首から掛け、背には身長より長いケースを背負っていた。
女子らしからぬ一人称の子は男達を追い払おうと凄んでみせたが、見た目は実年齢より若いと断言できるほどだ。勿論、子供の戯言を気にする人間は誰も居ない。
「……おい! ワシの話を聞かんか! 馬鹿者共!」
――勿論、子供の戯言を気にする人間は誰も居ない。
「くぅう……かくなる上は――」
額に血管を浮き上がらせた女子は、おもむろに背の荷物を下ろし、ジッパーを勢いよく引っ張った。
ケースから現れた、黒光りする物体。鈍く輝き、列車の窓から挿す日光を吸い込み、放射している。
物体の後部を肩に乗せ、光学照準器の反射光をちらつかせ、先端を男達に向ける。
「どうしても聞かないというのなら、ここで発砲する!」
彼女が構える狙撃銃は二脚を備えている。明らかに対物ライフルだ。
ぞっとした。射程圏内に私が含まれている――と言う意味だけでなく、人間に対物ライフルを向ける、彼女の神経の図太さ、異常さに些か恐怖を覚えた。
男達もそれを察したようで、地面に伏せて頭を押さえている。
「アテネ! 早く列車から出るのじゃ!」
少女は銃を天井に向けたまま言い放った。私を助けてくれているようだが、助け方が正気ではない。
それに……先程から気になっていたが、何故か私の名前を知っている。私には何処かで出会った記憶も、接点のありそうな過去もないのに。
「早く行け! アテネ!」
「う、うん。わかった……」
少女の迫力に気圧されて、私はようやく扉の外へ脚を進めた。
「あの、大丈夫ですか? 随分騒がれておりましたが……」
前方の車両から、騒ぎに気づいた車掌さんが駆け寄ってくる。当たり前だが、私が乗っていた二号車には男達の他に、何も知らない一般人も乗車している。その分通報も早く伝わる。
「こ……このガキ、俺たちに銃を向けやがっ――いだっ?!」
少女は一番目に声を上げた男の後頭部を踏みつけ、車掌さんを睨み付ける。
「誰が口を開いていいと言った! ダルマ! こら、ウヌも寄るな!」
「ねぇ! あんた、誰なの?!」
「細かいことは後じゃ! 早く降りろ!」
そう急かされ、私はキレーネ駅構内に降りた。暫くしてケース入りの対物ライフルと少女本人が、まるで荷物を放り出すかのように降車した。
「いったた……まったく、困った連中じゃったのお。これじゃから頭のおかしな奴等というのは……」
少女は不服そうに強打したであろう腰をボリボリ掻いている。そして銃のケースの砂埃を払うと、ケースの肩バンドに腕を通し、当惑する私の手を握った。私の目には、彼女もそれなりに頭のおかしな人間に見えるけど……。
「どうしたんじゃ? 早く行くぞ」
それだけ言うと、少女は私を引きずってでもというのか、力強く歩みを進めた。
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