第6話

 健吾は気が付くと、部屋のテーブルで本を読んでいるところだった。読みかけの本を放り出し、急いで腕時計を確認すると、菜月のいた年から10年程昔になっていた。手帳を取り出すと、表紙ははまだツルツルして新しかった。


 健吾は安堵の溜め息をつき、手帳をジーンズの尻ポケットにしまった。テーブルに頬杖をついて未来の娘とまだ見ぬ妻について思いを巡らせた。


 可愛い子だったな。あれが本当に未来の俺の娘なんだとしたら、俺の人生もそう嘆くようなものじゃないかもしれないな。


 健吾は右手をじっと見た。この手に確かに菜月の温もりを感じた。小さくて温かい感触を思い出しながら、健吾は微笑んだ。


 このめちゃくちゃな人生を生きていこう。菜月に会えるまで。俺を優しいと言ってくれた女性に会えるまで。


 健吾は立ち上がり、読みかけの本を本棚に仕舞った。再度手帳を見ると10時からアルバイトの予定が入っていた。腕時計を見ると9時30分だった。まずい、急がないと遅刻する。健吾は慌てて支度に取り掛かった。


 健吾はコーヒーとパンで簡単に腹ごしらえを済ませ、外出着に着替えた。洗面所に行き歯を磨き、櫛で髪を適当に整える。ジーンズの尻ポケットを触り、手帳があるか確認した。これで準備は完璧だった。


 玄関のハンガーラックに吊るしてあったブルゾンを羽織り、健吾はドアを開けた。朝立ちがあったのか道路は濡れていたが、空は快晴で陽の光が燦然と降り注いでいた。健吾は眩しさに目を細めながら、光差す街へと駆け出していった。



〈カオスメモリー ―完―〉


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カオスメモリー マツダセイウチ @seiuchi_m

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