4.スープとメインディッシュ

「お待たせしました、『すね肉をじっくり煮込んだコンソメスープ』と『日替わり配合のハンバーグステーキ』でございます。そしてこちらが炭酸水、どうぞゆっくりお楽しみください」


 ややしばらく待って、ようやくメインディッシュがやってきた。皿の底まで見えるほど澄んだコンソメスープに、すでに肉汁があふれて止まらないハンバーグステーキ。テリーヌが難解な美食であるならば、これら二つは想像がつくが故に食欲が湧いて止まらなくなるものである。


 なじみのない高級品よりも、なじみのあるささやかなごちそうがうれしい人間はそれなりに多いだろう。かく言う焔木 業も、そう言った人種である。


「うっま……」


 そう、ついつい話し言葉になってしまうくらいには。「文学的ではない」「若者言葉」が、一番適した感想になるくらいには。そもそも、焔木 業はまだ若人だ。少なくとも本人はそうだと主張するだろう。


 日本人でコンソメスープを飲んだことのない人間は少ないだろう。しかし、本当に高級なコンソメスープを飲んだことのある人間は?おそらくは少数派に分類されるだろう。それは焔木 業も同じことで、今までの常識が塗り替えられる感覚に襲われている。常識は成人までに集めた偏見のコレクションだとは、どこかの誰か有名な某かが残した名言であるが、その偏見が正しく偏見であると自覚すると、人間硬直するものである。カミナリに打たれたように、何もできなくなるものである。もしかしたら、焔木 業のクセかもしれないが。


 そしてメインディッシュのハンバーグ。この食事の総大将。そもそも、ハンバーグは使う肉によって味わいが変わるものだが、今まで味わったどれとも違うのだ。ジビエというものは、個体によって味が微妙に異なる場合もある。家畜も、餌によって味に差異が出るように。


 しかしそれは嫌な雑味ではない。むしろ、引き締まった野生そのものを喰らっているような感覚は小気味よく、人間とて所詮動物であると再度自覚させられる。ソースがなじみ深いデミグラスなのもよかったのかも知れない。何が何だかよくわからないものも、添えられたものが知っているものならすんなり受け入れられるように。なんて読むんだかさっぱりわからないキャラ名が、自分の好きな作品のキャラクターだとわかればすぐに覚えられるように。


「おいしいですか、それはよかった」


 ふいに、誰かが入ってくる。写真でもよく見る顔である。このリストランテのオーナー、緋川 逆月である。

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