第7話 最強




 風紀委員長が来た。

 たったそれだけの事で、俺は何処か浮かれてしまっていた。


 備品が散乱する食堂の中でしなやかに立つネメシス・ブレイブ。

 ベリアルは膝を着きながらそんな彼女を睨みつけていた。

 対する俺はノノアを抱えて、離脱する隙を伺い続ける。

 彼女がいたままでは戦えない。

 均衡とも言えない、ただ一瞬の硬直の間。最初に動き出したのは他でもない、『命令』を持つベリアルだった。


『死──』


 死ね。

 単純かつ強力な、たった二文字の一撃必殺。

 しかしベリアルが言葉を言い終える前に、ネメシスは後手で動いて尚その喉を切り裂いた。

 ベリアルはそれに反応し、仰け反る事で即死は避けたものの浅くない傷からは血を吹き出させた。

 ネメシスは返す刀で追撃するが、ベリアルはそこで距離をとる。

 そして無詠唱で回復魔法を唱えるベリアルに対し、ネメシスは俺たちの前に立ち守る様に背中に隠した。


「行けるか?」

「……っ、五秒!」

「任せろ」


 だいぶ端折った要望に、しかし彼女は望み通りに答えてくれた。

 言葉少なに彼女は笑って、次の瞬間姿が掻き消える。

 距離を取ったベリアルに一瞬でネメシスは肉薄し、それを横目に見ながら俺は走りだす。

 少しでもノノアを遠くへ運び、すぐにでも戦線に復帰する。

 きっかり五秒、食堂の外にノノアを置いて俺は戦場に振り返った。


「ネメ──」


『死ねェッ!』

「やだ」


 ガコンッ! と激しい音がして、俺の目の前でネメシスの踵がベリアルの脳天を打ち付けた。

 その衝撃をもろに受け、ベリアルは頭から地面に叩きつけられる。

 ネメシスは知ったことでは無いが、それは最初ここに来たベリアルへの意趣返しだった。

 俺は圧倒的なその実力を見て、思わず高揚と安堵すら抱き始める。


 風紀委員長。

 二年生にして委員長を務める、魔王討伐の最終メンバーの一人。

 たった一本の刀で前線を務める、火力と速さに特化した最強の一角。

 そんな彼女は、何と魔法を一切使えない。

 しかしその代わりと言っては何だが、


『──何故だ!?』

「何が」

『がッ!?』


 ネメシスは、ベリアルの命令を一切聞くことなくその喉を貫いていた。

 彼女は魔法が使えない。

 しかし代わりに、彼女には一切の魔法が効かなかった。


『ガッ……ご……』

「何て?」


 ベリアルの天敵とすら言える固有能力。

 魔法で作りだした刀や熱等、それらの“物理現象”なら彼女に効く。

 しかし、今みたいな直接作用する様な魔法特有の性質は一切を弾いてしまうのだ。

 回復魔法も弾いてしまうが、それでも充分過ぎる能力と言えた。

 しかし、一連の攻防を見て俺は不思議に思う。

 ベリアルは何故ネメシスの事を知らないのか。

 ある周回以降は俺はずっと彼女と二人で倒していたからこそ、奴は彼女を知っていてもおかしくなかった。

 つまり、分かるのは奴の記憶でネメシスは登場しない事。そして、今はそれが追い風になっている事だった。


「──まだ!!」

「む」


 喉を貫き少し気が緩んだネメシスに俺は声を張り上げて、同時になけなしの魔力を練り上げる。

 魔法は撃てて後三発。それも初級に限った話で、だ。

 後の事を考えれば魔力は貴重なものではあったが、正直この程度ではどの道だった。

 だから、今は二人がかりで速攻でベリアルを落とす。

 空の魔獣対策が心配ではあるが、手を抜く余裕も今は無かった。


『眠れ!』

「なっ……」


 ベリアルは命令で俺を眠らせ、近距離のネメシスには無詠唱魔法を放つ。

 流石に敵も馬鹿では無い様で、直ぐに俺たち二人の対策を的確についてきた。

 俺だけが意識を手放す中で、空中に浮く黒いナイフがいくつもネメシスに飛来する。

 それらの攻撃を、しかし致命傷だけを避けて軽い動作ネメシスは全てを避けていく。

 浅い切り傷から血が吹くが、気にせず彼女はベリアルを切り裂いた。

 そして、同時に俺の身を包んでいた眠気がどこかへ霧散する。

 

「ライトッ──!」

『ヌゥ!?』


 目が覚め即座に魔法を放った。

 光系統初級魔法、ライト。

 ただ魔力を光属性に変えただけの、そしてそれを無理やり限界まで圧縮したもの。

 ドパンッ! と勢いよく弾き出された強化版ライトは、ベリアルの脳天に直撃し仰け反らせた。

 当然この程度効きはしない。しかし意識は逸れて、その隙にネメシスが背後に回る。


『ッ、眠れ!』

「ぐっ……」

「しつこいな」


 俺が眠り、そして、またネメシスが切る。

 ネメシスは妨害と殺害を同時に狙える首へ刀を振り下ろすが、その分ベリアルにも狙いが分かった。

 ベリアルは即死だけは避け、俺の援護を潰しながらネメシスに魔法を浴びせかける。

 無詠唱をベリアルも使える為切っても直ぐに再生してしまうが、それでも押しているのはコチラ側に見えた。


 ネメシスのお陰でまた起きて、魔力を練りながら考える。

 それは、勝てるという確信。

 ベリアルはやはり俺を殺せない。やり直しの解除法を聞き出さなければ意味が無いからだと思われる。

 そして、ネメシスには『命令』が効かない。直接攻撃を仕掛けないと行けないためどうしたってジリ貧だった。

 だから、今みたいに命令は即ネメシスが解除し、俺が魔法で隙を作る。

 魔法は残り二発が限度。それでも充分行ける気がした。


「突っ込め!!」

「──!」

『眠れ!!』


 また、眠る。

 この瞬間は援護ができず、ネメシス単独に任せるしかない。

 それでも心配はしなかった。

 彼女の動きは明らかにレベルが違っていて、卒業間近位の実力の彼女を彷彿とさせたから。

 肉体的なものは間違いなく元に戻っている筈で、しかしこれだけイレギュラーが続けばもう何が起きても不思議では無い。


 目が覚める。

 直ぐに戦場へと目を向ける。


 そこにあったのは、本気で余裕の無いベリアルの顔。

 そして、追い詰められた奴が放った究極魔法。

 闇系統超級魔法、ディグ・レ・グルサイス

 一撃即死の死の鎌が、ネメシスの周りに八つ浮いていた。


「ライ──!!」

『眠れ!!』


 眠る瞬間、俺が見たのは勝ち誇ったようなベリアルの顔。

 即死効果はネメシスに効かないが、それが無くても充分に死ねる魔法だった。

 そして、俺の突っ込めという合図で愚直に全身していたネメシスの姿。

 俺のせいでネメシスは死ぬ。

 きっと、ベリアルはそう思った事だろう。


 けど、俺は最後に来るならその魔法だと思った。

 故に俺が最後に撃ったのはライトじゃない。

 ライトはブラフ。本命は無詠唱で唱えた圧縮した魔法。


 無詠唱の欠点と言えば、その分魔力を多く食う事。

 しかしそれに見合うだけ兎に角速い。

 そして、敵に悟られることもない。

 だから俺はネメシスに突っ込ませた時点で“決める”覚悟で全魔力を詰め込んだ。


 無系統初級魔法・圧縮シールド


 限界まで固めた長細い形の盾を八つ、鎌の軌道に俺は置いた。

 俺に火力は必要ない。求める事は、ただネメシスの道を開くだけ。

 その魔法はよく知っている。

 その死の鎌は自由自在に見えていつも同じ軌道だった。


『馬鹿が──ッ!?』


 当然、いくら圧縮したとて初級魔法で超級魔法が防げる訳が無い。

 ベリアルはそれに勝ちを確信し、遂に意味の無い言葉を羅列した。

 そして、その光景を見る。

 正面からでは拮抗できないと、盾が回転し横から弾くその様を。


「──アイツは天才だ」


 そして、ネメシスは突き抜けた。

 本来は一撃必殺の鎌が自分の横を素通りする様を、しかし何の恐怖もなく突き進む。

 それはただ効かないからというだけではなく、共に戦場を駆け抜けた信頼の証である。

 ユーロの言葉を聞いてから一切の防御を捨て、研ぎ澄ませた気力で一気に刀を振り抜いた。


 一閃。


 その刀は首を捉えて、ベリアルの頭を弾き飛ばした。


「記憶よりは、弱かったな」


 そんな事を、宙を翻りながら宣う現世の最強に。

 俺は苦笑いを浮かべながら、少しの疲労と共に近づいた。









──────────────────

─────────────




 ネメシスは記憶を持っていた。

 お陰で彼女は間に合って、ノノアと俺は命を拾った。

 その事に心から感謝して、そして快挙を成し遂げた彼女に手を挙げながら歩み寄る。

 肩に刀を掲げて笑う彼女は、俺の知るままの気のいい最強だった。


「助かった、ありがとう」

「うむ」


 しかし、今冷静になっても不思議に思う。

 当然文句がある訳では無いが、彼女は少し強すぎる様な気がしたのだ。

 記憶を継承した事は分かるが、それでも肉体は元のままの筈である。

 だと言うのに、彼女は下手すれば一人で倒してしまいそうな勢いすらあった。

 俺の経験に無い事象に、何か裏技でもあるのかと聞こうとして、


「うっ……」

「な!? どうした!? まさか毒──」

「腰が……」


 その言葉を聞いて、俺はそんな場合でも無いのに思わず身体から気が抜けてしまった。

 相変わらずマイペースな事だが、しかしその言葉に成程なと俺は思う。

 彼女は身体が成っていないのに、無理に記憶どおりに動いただけ。

 よくそんな無茶をしたものだと、しかし助けてもらった身では文句も言えない。

 周回がないこの世界では、彼女は本当の意味での命の恩人だった。


「腰……腰をさすってくれ……」

「いや、ごめん。今そんな場合じゃ──」


「──ユーロ!」


 と、そこで話を割って食堂に入ってきた者が二名いた。

 タイミングがいいのか悪いのか、そこに居たのはライラと会長だった。

 二人共が額に汗をうかべ、そして棒立ちの俺たちを見て困惑の顔を浮かべる。

 予想していた光景とは、きっと随分違ったものだったろう。

 ライラは俺をキッ、と睨んでそして指をつき指した。


「──十文字で説明なさい!」

「ベリアルは倒した。外の魔獣を倒せばこの戦いは終わる」


 十文字は流石に厳しかったので、普通に無視して簡潔に伝える。

 実際言い合いしている場合でも無いので特に摂関もされ無かった。

 会長とライラは何かを考え険しい顔を浮かべたが、しかし聡い二人なら今ので充分理解してもらえるだろう。

 今こうしてる間にも外では被害が拡がって居るのだ。

 その事に、しかし今集まったメンツに俺は心から頼もしく思う。


「ライラ、空の魔獣は?」

「どこ探してもそこの脳筋がいないから先にコイツ連れてきたのよ。何も出来てないわ」

「のうきん……?」

「空の魔獣?……まさかあの爆弾の事か?」

「やっぱ覚えてますね会長。そうです。けどもうベリアルは倒したから必要は無いと思います」


 魔獣は悪魔が生み出した存在である。

 故にベリアルの命令と相性が良く、経験上魔獣に掛けたものに関しては気を逸らした程度では解けない様になっていた。

 しかし、だからこそ今頃空の魔獣は解き放たれている筈だった。

 それでも、仕方が無かったと自分を納得させる。

 余計な事をして機会を逃せば、もっと酷いことになっていたかもしれないのだ。


「今は手分けして動きましょう。最優先は魔獣討伐と人名救助」

「ああ。ネメシスは地下シェルターに迎え」

「分かった」

「ごめんネメシス、それならノノアを頼んで良いか?」

「いいよ」

「……フン、ユーロと私は一緒に救助に回る。その間に色々聞くから」

「……まぁ、助かる。じゃあ俺たちは西から回ります」

「分かった。死ぬなよ」

「当然。また後で」


 作戦会議を手早に終え、直ぐに散り散りに動き出す。

 俺とライラは西側出口から二人より先に食堂を出た。

 最後に見た光景の中で、ネメシスはノノアを抱えに行って会長は食堂を見渡していた。


 ノノアは無事。

 記憶を継承した仲間と目的の共有もでき、後は魔獣を倒すだけ。

 終わりが見えた凄惨な試練に、しかしと俺は気を引き締める。

 まだ終わった訳じゃないのだ。

 ここからは何よりスピード勝負。

 それでも俺は明確に勝利が見えて、力強い足取りでこの食堂を後にした。


 





──────────────────

───────────





 ネイルがここに駆けつけた時には、もう全てが終わっていた。


 酷く散乱して無惨な姿になった戦場跡地。

 食堂はガラスが割れ、所々破壊痕が見えて事態の酷さを物語っていた。

 それでも、まだ今まで来た外と比べればここは遥かにマシであった。

 人気は一人もなく、パッと見て死体や怪我人が居ないことを確認する。

 それだけ確認した後は、彼は直ぐにやるべき事の為に動き出した。


「……見事だな」


 ベリアルを倒した。死人も居ない。

 その事に賞賛を送りつつ、どうしても歯痒く思ってしまう。自分とは大違いだと。

 自分は勇者の足を引っ張っているのでは無いか。

 そんな思考が脳裏を過ぎって、しかしそんな場合では無いと直ぐに自分を叱咤する。

 後輩の成長を喜ばずして、何が上に立つものかと。

 もうここに用はないと食堂を後にし、そして出口を出るとネメシスが誰かと話していた。


「うぅ、ネメちゃん……」

「フーコ。ここに居たの」

「ごめんね、わだじぃ……」


 その子はユーロ達の痴話喧嘩を止めようとして返り討ちにあった気の弱い風紀委員だった。

 あの後ずっと陰に隠れ、ただ見ていることしか出来なかったフーコと呼ばれたネメシスと同い年の少女。

 自分の弱さと勇気の無さに打ちひしがれながら、罪の意識に苛まれネメシスに懺悔を述べていた。

 ネメシスも今は急いだ方がいいとは思いつつ、しかし逆にと思いつく。


「フーコ、なら手伝って」

「え?」

「この子を運んで。腰が痛い」

「あ……うん! 任せて!」


 そう言って、いそいそと背負うフーコを見ながらネイルはネメシスに話しかけた。

 聞かなければならない事……いや、聞いておいた方がいい事を彼は一つ見つけたからだ。


「おい、ベリアルの死体はここにはないのか?」

「む?」


 ネメシスは腰を痛そうにしながら立ち上がり、後ろのネイルに振り返った。

 そしてその言葉に不思議そうな顔をうかべる。

 まるで何を言っているのか分からないと言った風で、ネメシスはネイルにジト目を向けた。


「そこにある」

「何処だ」

「えぇ……」


 別に、ネイルも特段用があった訳では無い。

 ただある筈のものが見当たらなくて、何となく嫌な予感がしたからだった。

 魔獣や悪魔は倒したところで、死体が消える訳では無い。

 だから当然ネメシスはそこにあると指摘した。

 自分が確かに殺したそれが、無様にそこに転がっているはずだと。

 それでも無いと宣う馬鹿に、時間もないのにと訝しげな目を携える。

 ネメシスは食堂内に視線を向けた。

 そして、大きくその目を見開いた。


「……ない」

「何?」


「ネイル、何かおかし──」


 ずぷり、と聞きなれない音が鳴った。

 それを聞いて、三人共が他人事のように音を探す。

 なくなったベリアルの死体。

 そして響いた謎の音。

 ネメシスとネイルはその関連性に嫌な予感がして、少なくない焦燥の元に身構えた。


 けれど、どうしたってそれはもう遅かったのだ。


「あ……」


 音の正体は、ネメシスの腹から生えた剣。

 その黒い剣は致命的な穴をネメシスに開け、そして抉りながら傷を広げ引き抜かれた。

 その下手人は、すぐ後ろにいた。

 ネメシスの後ろで、醜悪な笑みを浮かべていた。


「ネメちゃん………ッ!?」

「──インフェクトッ!!」


 倒れるネメシスの背後の影に、ネイルは魔法を浴びせかける。

 しまったと後悔するも、それは後だと“ベリアル”を見据えた。

 会長はベリアルを深くは知らない。

 前回の記憶の中で、勇者とネメシスに事後報告を受けた程度。

 そして、


『我生き返れ』


 その言葉に、しかし聡いネイルは全てを悟った。

 ベリアルが生き返ったその理由。

 そして自分の魔法を喰らった上で意に返さない実力の差。


 ネメシスは血の水溜まりを作って、そこからピクリとも動かなかった。


 この状況を覆すには──


『ユーロ・リフレインを殺せ』


 俺は勇者では無いから、舞台に立つには役者不足なのだと。

 そう言われている気がして、俺はその言葉に深い絶望と共に自由を奪われた。



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る