第8話 なすべき事




 ──地下シェルター


「うーん、参ったなぁー」


 生徒会書記のネムは目の前の光景を見ながら、頭を抱えると共に遠い目で現実逃避していた。


「痛っ、クソ、早くしろ!!」

「お願い……!この子を助けてェ!」

「医療物資が足りません! このままじゃ──」


 事態はまさしく阿鼻叫喚。

 避難してきた戦う気の無い怯えるだけの生徒達。

 我先に治療を受けようとする協調性の無い死にかけの生徒。

 圧倒的に人手が足りず、既に魔力が枯渇して物理的治療しか出来ない保健委員。

 外からは定期的に魔獣の波がおし寄せてきて、とてつも無い程ジリ貧だった。

 シェルターの扉を閉じてしまえば中の生徒は守られるが、それだと外の生徒も入れない。

 二、三年生の有志が防衛してくれているものの、魔力は結局有限だった。


『こちら生徒会副会長ミュタ・ロイゼス! 地下シェルターに避難して下さい!入口は学生寮一階、及び第一校舎──』


「うーん、これからもっと人増えるよね……」


 ネムは考える。

 現状のままでは何も上手くは行かないだろうと。

 会長が事態の収集に動いているとは言えそれもいつまで掛かるのかは分からない。

 必要なのは防衛力の強化。そして医療班と物資、後は情報と出来れば頭を動かす甘いもの。

 しかし今は物資を取りいく余裕も人も無い。

 せめてこれから来る人の中にいる動けそうな人には手伝って貰って、次いでにその人達からは外の状況も聞けるはず。

 この後ミュタ副会長がこっちに来てくれるかどうかでも大きく変わる。

 けど、多分来てくれるとは思うけど、そもそも途中で襲われる可能性だってあった。


「ネムちゃん、少し良い?」

「あ、すーちゃんせんせー」


 ネムに歩み寄ったのはネムの担任である女性の教師。

 彼女は険しい顔をしながら片手にバインダーを持って、ネムに申し訳なさそうな顔を浮かべている。


「学生寮側の防衛ラインが後十分も持ちそうにないの。それを超えたらもう、そこは扉を閉じるしか無いかもしれないわ」

「それは無いよ。必要なら私も防衛に当たるし」

「……これは二択よ。このシェルターに今居る人を少しでも救うか、全員死ぬか。……大丈夫、その判断の責任は私がとるから」

「命に責任なんてとれないよー。……けど実際参ったよね」


 魔力は平均十八歳をピークに下がる。

 だから、教師は知識はあれど戦力に関しては無いものだった。

 故にこの場には教師含めて戦えないものが多くいた。

 そして、シェルター内に敵が侵入してくるようなら確かに封鎖も考えなければならない。

 けど今はまだそのときでは無かった。

 実際選択肢が無くなれば、その辺の判断は目の前の教師が嫌でもやってくれるだろう。

 だからと、ネムは一つの決断をする。

 ここに自分がいても仕方が無い。

 表に出て、少しでもここを守る戦力になる。


「じゃ、すーちゃんせんせー、私今からそこ守るからさ。私が死んだら封鎖って事で」

「……縁起でもない事言わないで」

「真剣だよー。んじゃよろしくね」


 どこまでもいつも通りにネムは振る舞う。

 それこそが自分であり、周りの雰囲気に流されない性格は心地が良かった。

 けれど、それも今日で最後かもしれない。

 リグよりは強いけど、副会長や会長には自分の実力は遠く及ばない。

 それでも、自分より弱いリグが勇気を出して皆を守ったのだ。

 自分も命くらい張らなくてはこれからも友達ではいられない。

 そして、ネムはシェルターを出る。


「──ヨール、生きてる?」


「あ゛ッ!? お前何しに……!」

「前みて前っ。──ガードスラッシュ!」


 最後の生徒会メンバー、庶務のヨールに迫った魔獣をネムの盾が切り裂いた。

 ヨールは既に血だらけで、手に浮かべた炎も見るからに小さかった。


「お前は指揮担──」

「今人手が必要なのがここなんだよぅ」


 シェルター入口は全部で三つ。

 学生寮、第一校舎、中央時計塔。

 どこかひとつでも破られれば中のシェルターに魔獣が入って、事態は取り返しのつかない事になる。


「ほら、魔力空男は下がってなよ」

「まだ行ける、お前が援護しろ」

「あ、じゃおねがーい」

「…………」


 どの道、死なば諸共だと。

 ネムとヨールは魔力を練った。

 少しでも多くの生徒を守る為、生徒会としてここで命を捨てる覚悟を決めた。













─────────────────

─────────────






『こちら生徒会副会長ミュタ・ロイゼス! 地下シェルターに避難して下さい!入口は学生寮一階、及び第一校舎──』



 瓦礫に足が挟まれた。

 足が酷く傷んで、折れてる感触が嫌でも分かった。

 助けを呼んでも誰も来なくて、段々血と共に力が抜けていく。

 ここで終わりなのかと、ソル・フリエンドは一人思った。

 入学して、友達が出来るかなと期待して、一人教室でドキドキしながら授業の開始を持っていた。

 そしたら化け物がいっぱい入ってきて、何故か今自分は死にかけていた。

 

「グルルル」

「ひぃっ」


 近くを魔獣が素通りする。

 ソルは小さな体を更に縮こませ、ガタガタ震えながら必死に身を隠した。

 お願いします、何処かに行って。

 お願いします、バレないで。

 死にたくない死にたくない。

 その願いは届いたのか、魔獣の足音は段々と遠ざかっていく。


「……ぅぅ…………ぐすっ」


 ソルは兎に角怖かった。

 戦えない、花が好きなだけの弱い自分。

 魔獣なんて見たことも無いし、血の匂いだって凄く苦手だった。

 私は、何でこんなところに来てしまったんだろうと一人思う。

 田舎に生まれて、周りよりは少しだけ魔法が得意で。

 少しでも親を楽させてあげたいと良い学校を卒業しようとして、そもそもそれが烏滸がましかったのかもしれない。

 私みたいにちんちくりんに、一体何が出来るというのか。

 何も出来ない。その証明をまさに今していた。

 ソルはただ、死ぬのが怖くて怖くて仕方が無かった。


「ケケケケッ」

「え」


 そして、その声に青ざめる。

 何とか動く上半身だけ振り返ると、足を挟んでいる瓦礫の上から自分を見下ろす魔獣を見つけた。

 ソルはさっと血の気が引いて、しかし這うことすら今は出来なくて。

 恐怖で息が漏れ出るばかりで、声をあげることも出来なかった。


「──ぁ、は、っ……、ぃ……!」

「ケケケケッ」


 こういう時どうすれば良いのだろうか。

 それが分かるならここまで怯えてはいなかった。

 涙を流して、乙女の尊厳も決壊して、それでも何も出来ずにいる。


 誰か、助けて。


 ソルは、まだ友達も知り合いも一人も居なかった。

 だから、誰に祈れば良いのかすら分からなかった。

 浮かぶのは、助けにこれる筈も無い遠い所にいる親の顔。

 お母さん、お父さん。

 不出来な娘でごめんなさい。

 先立つ不幸をお許しください──











「死ねェェッ──!!」

「ケ──────ッ!」


 そして、祈り目を瞑る私の前に、急に男の子が飛び込んできた。


「…………はぁっ、はぁっ……!」


 その光景をただ見つめながら、私はようやくずっと息を止めていた事に気がついた。

 慌てて酸素を取り込んで、涙でぼやける視界でその後ろ姿を目に焼きつける。


 男の子は、魔法を使っていなかった。

 魔獣に飛び蹴りで強襲し、倒れ込んだ魔獣の首に絡みついてその全身をもって叩き折っていた。

 凄い。

 それはこの魔法ありきの世界で、ソルの常識を簡単に壊した。

 その一連の流れが殺意の元に生まれたものだとしても、何故かソルには美しいものに見えた。


 魔獣の死体の上に男の子が立ち上がって、ようやくソルは実感する。

 助かった。

 その事に更に涙が溢れてきて、しかしそれは悲しみではなく安心から来るものだった。


「大丈夫か?」

「ぁ…………」


 知り合いの居ないソルだったが、しかしその男の子には見覚えがあった。

 入学式で、女の子とくっつきながら挨拶していた人だった。

 あの時は都会は凄いなと他人事のように驚いたけど、これだけ凄い人なら仕方の無い事なのかもと今は思う。

 彼を勝手に白馬の王子様の様に見ていたソルは、直ぐにそんな事は無いのだと僅か数秒でその恋を砕けさせた。


「……よっ、はやく、でて……」

「あっ、はは、はい!」


 彼が瓦礫を持ち上げる。

 その言葉に痛みを堪えて、潰れた右足を引きずった。

 瓦礫の下から這い出た直後、凄い音をたてて瓦礫が地面に再度置かれる。


「あ、あの、ありが……」

「悪い、今は速くシェルターに向かってくれ。無理そうなら何処かの陰に……」


 そこで、助けてくれた男の子が黙った。

 その視線は私の潰れた足を見て、何かを考える様に険しそうな顔をした。

 もしかして、放って置けないとでも考えてくれているのだろうか。

 それは嬉しいけど、流石にソルは申し訳ない気持ちが勝つ。

 そして、はっと今更に気がついた。

 彼が私の足元を見たのなら、血以外の水溜まりにも気がついた筈だった。

 今の私は色々駄目で、色んなものがぐしょぐしょだった。

 私は顔が熱くなるのを感じて、痛みも忘れて片足で走り去る。


「うぇぇぇええん!!」

「あ、ちょっと!?」





 一人、この場に取り残されたユーロ。

 しかし硬直するのも僅かな時間で、直ぐに意識を切り替えて走り去る。

 さっきの子を、ユーロは知っていた。

 彼女はクラスメイトであり、後の美化委員長でもあり、互いに役職に着いた後は定期的に話す仲だった。

 記憶は継承していないようだったが、無事助けられた事に一先ず俺は安堵する。

 そして、今後のルートを思案した。

 次の瞬間、ユーロは即頭部に殺意を感じた。


「──ぐッ!?」


 唐突な襲撃に、しかし狙われた頭を両手でガードする。

 その威力は相当なもので、ガードした上で二メートルは後ろに飛ばされた。

 直ぐに臨戦態勢をとるが、既に認識したその襲撃犯に怒りを込めて睨みつける。

 他でもない、俺の後頭部を蹴りつけたのは後ろを着いてきていたライラだった。


「──成程、そうやって粉かけて行くわけね」

「人聞きが悪過ぎる!」

「事実そうでしょ」

「事実そうじゃねぇよ!!」


 言って、これ以上相手にしている間も惜しいと直ぐに俺は走り出した。

 後ろをライラはピッタリつけてきて、そしてその顔は冗談抜きで殺意に溢れている。


「素手で戦うとか何考えてんのよ」

「仕方ないだろ今は……ッ」


 言いながら、砕けた窓を飛び越えて校舎の中に入り込む。

 俺のスピードや道を選ばない悪路にも、しっかりライラは着いてきていた。

 流石、お転婆王女は伊達じゃない。

 それを頼もしく感じながらも、後ろから常に殺意をぶつけて来るのは流石にやめて欲しかったが。


「──助けてぇぇぇ!!」

「いたッ!」

「どいてなさい!!」

「ぬおっ!?」


 再び先行しようとする俺を突き飛ばして、よろめく俺を尻目にライラは魔法を打ち込んだ。

 彼女は珍しい光系統の魔術師だ。

 それに、今回ベリアル戦で俺が多用した魔法の圧縮技術は後に彼女が生み出したものである。

 そして、記憶を継承した彼女は当然の様にそれを使っている。

 今の俺よりも威力の高い圧縮ライトが、魔獣の眉間を貫いた。


「シェルターに移動なさい!」

「あ、ああっ、ありがとうっ!」

「……いや何で突き飛ばした!?」

「うるさい殺すわよ」

「怖ぇよ!」


 すぐに立ち上がって、走りながら文句を伝える。

 しかし彼女に十の文句を言えば二十の圧力で帰って来た。

 その懐かしい感じに、思わず彼女との記憶が蘇ってくる。

 しかしそんな場合ではないと話しながらも気は抜かず、二人でボロボロの廊下を爆走した。


「で、今から本当に間に合う訳?」

「正直分からない。けどやるしかないだろ」


 ライラは怪訝そうな顔をうかべ、それに俺は分からないと答えた。

 今向かっているのは魔道科の保有する整備室。

 目的は空の魔獣対策の爆弾を作ってもらう為だ。

 廊下の窓から見上げる空。

 ベリアルは確実に倒した筈なのに、まだ魔獣は空に浮いていた。


「にしても周回の記憶、ねッ!」

「……信じられないか?」


 ここに来るまでの道中に、既にライラには事の顛末を話し終えていた。

 俺の周回の事。

 ライラの記憶の事。

 そして、この事態を招いたベリアルの事。

 そして今やらなければならない事まで。

 そこまで話し終えてようやく彼女は、後でもう一度聞くと今は大人しく……は無いが、ノノアの事等は後回しにしてくれていた。


「色んな事に説明が付くわね」

「そうか」

「納得が行くかは別だけれど」

「……そうか」


「グルル」


 そんな事話しながら、道中の魔獣は残らず二人で討伐する。

 既に整備室のある校舎には来ていて、後は爆弾を作れる人材が生きているかが重要だった。

 もうこの学園にあれだけの空の魔獣を屠れる実力者は残されていないだろう。

 あれも結局、いつ降りてくるかも分からないのだ。

 ベリアルがもういない以上、いつその命令の効果が切れるのか……


 …………。


「……ッ! 何急に止まってんのよ!!」

「…………待てよ……」


 俺がこの光景を見て最初に考えたのは、ベリアルは自分が死んで尚命令を続行出来るような裏技を考えたのだと思った。

 けど、今考えればそんな訳が無いでは無いか。

 ベリアルは本来、自分を倒せば魔獣が学園に襲いかかるという究極の二択を迫る為に空に魔獣を配置していた。

 実際そこが厄介で、爆弾を思いつくまではかなりの被害に苦労した。

 それが、倒しても襲ってこないならそれはもうただの置物では無いか。

 なんの為に。

 違う、それはそもそも前提が間違っている。

 今確かなのは、ベリアルの命令はまだ効いているという事。

 俺は、嫌な予感がした。

 嫌な予感がして、後ろへと振り返った。


「ごめんライラ、俺は戻る」

「はァ!? 何を……」

「嫌な予感がする。ライラは整備室に行ってくれ」

「巫山戯──」

「頼む」


 俺は、この焦りが伝わる様に真剣な顔をライラに向けた。

 今のライラは俺を知っている筈で、卑怯だと思いつつもそうするしか無かった。

 案の定、彼女は黙る。

 そして、黙って俺に近づいた。

 肩を叩かれる。

 痛みはあったが、先程のような殺意のこもったものでは無い。


「これだけは答えてから行って」

「なんだ?」

「これが終わったら、私を選んで」


 その言葉に、俺は。


「それは無理だ」


 即答した。



「──殺す」

「けど、代わりにライラ以外も、誰も選ばないって約束する」

「──!」


 それは、傍から考えていた事。

 この混沌とした世界で、皆平等を考えるなら皆一緒に不幸せ、しか無かった。

 誰かを選べば角が立つ。

 だから、俺にはこれしかない。


「もし魔王を倒せたら、その時はちゃんと考える。けどそれ迄は、俺はユーロじゃ無くて勇者として生きる」


 覚悟はとっくに出来ていた。

 虫のいい話かもしれないが、俺には既に数え切れない位の思い出があったから。

 だから、後一周くらいなら俺は一人でも頑張れる。

 けど、それには皆の協力が必要だった。

 何よりも苦しいのは、俺ではなく彼女達だから。


「……何も納得はして無いけど、時間が無いから今は聞いたげる」


 そして、再び突き飛ばされる。

 定期的に暴力を振るうのは一体どういう感情なのだろうか。

 けれど、今は感謝する。

 この後立て続けに第二の悪魔が来ない限りは、話す時間は出来るはずだった。

 ……一応、そこまで予期しておいた方がいいのかもしれない。

 全てが後手に回っている今、何が起こるかはもう誰にも分からなかった。


「けど覚えておきなさい。アンタは選択肢がある様でその実二択よ」

「ん?」

「私を選ぶか、私に殺されるか」


 真顔で告げたその言葉を最後に、彼女は整備室へと走っていった。

 その後ろ姿を見送って、


「……怖いよ」


 苦笑いを浮かべながら、実際彼女ならやりかねないと。

 しかし少なくとも今は頼もしいと、踵を返して俺は走り出した。

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