サヤカの父

娘を突然の交通事故で失った。

後の見分で彼氏の運転に非がなかったことは証明され、娘のいない世界を前向きに生きていかないといけないと腹をくくった矢先に妻の様子がおかしい。


最近では小さな巾着袋をサヤちゃん、サヤちゃんと娘の名前で呼び、食卓では巾着袋の分の食事を用意し巾着袋と一緒に寝ている。出掛けるときはもちろんどこへでも持っていく。


娘が亡くなった直後は仏壇の前にいることも多かったが最近では仏壇や墓には見向きもしない。


ただただ小さな巾着袋に愛情を注いでいる。

定期的に「先生」のもとへ出掛けている。その都度結構な額の現金をもって出ていくが、娘を失ってから覇気がなかった妻が精力的に出掛けていくことは良いことだと思っていた。


それからしばらくするとなぜか

「サヤちゃんが帰っちゃう」

と焦ることが多くなり不定期だったカレンダーに書かれた「先生」の予定が週一になり、3~4日に1度になり2日に1度になった。


そんな矢先、妻は体調を崩して倒れ検査も含めて入院することになる。


その入院中の数日で「降魂しないとサヤちゃんが帰っちゃう」とパニックを起こし病院で大暴れした。


私も病院関係者も懸命に話を聞いたが支離滅裂で「降魂しないとサヤちゃんが帰っちゃう」という主張を続け病院を抜け出そうとするなど問題行動が続いた。



私は妻の携帯から連絡先を確認し、頻繁電話をかけている「会館」と登録された番号へ電話をかけ妻の状況に心当たりがないか確認した。


「ヤマシタサヤカ様の魂は没後二年を過ぎたので2日に1度先生に降魂をしていただかないと来世へ旅立ってしまいます」


私は妻が新興宗教に入れ込んでいることを察した。

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