第36話
「――所長!」
「おーランテ、どうしたそんな血相変えて」
「終わったの! あの子は無事!?」
「あの子の親に殺されそうになったってのに、心配すんのか?」
「そ、それはそうだけど……うぅ」
「ふふ、少し意地悪が過ぎますよ~、リント先生」
ランテをからかったことを近づいてきたマリネに注意されてしまった。
リントは「悪かったよ」と肩を竦めてから説明をし始める。
「何とか無事に処置は終わった。安静にしてれば直に良くなる」
「で、でもぉ、凄い怪我だったよねぇ」
大丈夫だと言ってもリリノールは心配のようだ。
「普通なら手遅れだったろうな。けどオレには仙術があるからさ。ここに運ばれてきた奴を、寿命以外で死なせてたまるかよ」
ほとんどの傷は縫合の上から仙気を流して治癒しておいた。回復力に関しても、ツボを刺激して増しているし、本当に心配はないはずだ。
「本当は今すぐにでも群れに返してやった方がいいんですけど……」
「はい。それはさすがにムリそうですね~」
「あ、でも所長、一体何があったのよ? あの子の傷って、どうも普通じゃなかったけど」
さすがに気にはなっていたようで、ランテが訪ねてきた。他の二人も同様に説明を求めるような視線を向けている。
リントは【アルトーゴの森】で体験したことを教えた。
「――――やっぱり討伐屋が動いてたのね」
「そういう情報だったもんねぇ」
「でもさすがは所長よ。腕利きの討伐屋をものともしないなんて」
「そりゃ、不意をついたしな。まともにやりあったら、ああも簡単にはいかなかったんじゃねえか」
「謙遜も行き過ぎると嫌味にしか聞こえないわよ」
「あのな。オレは武人でも討伐屋でもなくモンスター医だ」
「でもただのってわけじゃないわよね?」
…………それは確かに言えるが。
仙術を駆使して医術を極めようとする医者はそうはいないだろう。
「とにかく、マリネ先生。あの子に関しては、調子が戻ったら連絡するということでどうでしょうか?」
「そうですね~。ではそれまではここで私も一緒に住みましょうか~?」
「……は?」
「「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」
何故か女子二人が大慌てである。
「せ、せせせ先生っ! お、お、男の人と一緒に住むなんてダメですよ!」
「そうだですよぉ! ズルいですぅ! 私もニュウちゃんと一緒に暮らしたいぃ!」
若干一人は欲望まっしぐらのようだが……。
「ふふふ、冗談ですよ~。授業もあるんですから~」
「! な、何だ……冗談だったのね……」
「私は冗談じゃなくていいからニュウちゃんと……」
「アンタは少し自重しなさいよね、リリノ……」
リリノールのニュウ愛はとどまることを知らないようだ。ニュウが迷惑に思わない程度ならリントも許可している。
「とりあえず、そういうわけなので、お三方はどうぞお帰りくださって結構ですよ」
「あ、あのぉ、ニュウちゃんはぁ?」
「会いたいなら、あっちの扉から進んで行けば入院室があるし、そこにいるぞ」
診察室がある扉とは別の扉を指差す。
「行ってもいいですかぁ!?」
「挨拶もしたいだろうからな。オレはマリネ先生と今後のことで話合うから、二人で行ってきな。あの子の様子も気になるみたいだし」
「うん! ほら行こ、ランテ!」
「ちょ、引っ張らないの、リリノ!」
二人が扉の奥へと消えていく。
「女子なんだからもう少しお淑やかにすればいいと思うんだけどなぁ」
「ふふふ、それは偏見ですよ~。活発的な女の子もまた女の子なんですから~」
「……はぁ。それで今後のことなんですけど」
「……討伐屋さんに関しては気になさらなくても大丈夫かと~。こちらで情報操作はしておきますので~」
「お願いします。あと……」
「依頼料とは別にもちろん治療費などもお支払しますよ~」
「あ、いえ。それは別にどうでもいいんです」
「ど、どうでもよくないような気もしますけど~」
確かにニュウがこの場にいたら説教ものだろう、確実に。
「えと……例の四人の討伐屋の中に灰色の髪をした男がいたんですけど」
「灰色の髪……とても身体の大きな方ですか~?」
「はい。ご存知ですか?」
「恐らくはグロウザという討伐屋さんですね~。その方がどうかしましたか~?」
「どんな人ですか? 噂でもいいんですけど」
あの場では情報収集もままならなかったので、一応出会った人物として記憶しておこうと考えた。その理由は、もし報復してくるようなタイプだとしたら対応を考える必要があるからだ。
「そうですね~。〝ギルド〟でも腕利きだと聞いています~」
「できれば性格的なことをお聞きしたいんです」
「ん~仕事に真面目で実直な方と。さすがにそれ以上は知りませんが~」
「そうですか。ありがとうございます」
グロウザと話してみたが、基本は豪気な感じで根に持つようなタイプではなさそうだった。マリネからの情報でも、恐らくは大丈夫だと判断できる……かもしれない。
「……多分、仕返しなさる人ではなさそうですよ~」
「! ……気づいてましたか」
「ええ。リントくんは用心深いですしね~」
「リ、リント……くん?」
「……あ」
「えっと……」
「ごほん。ところであの子を転移させるのはいつ頃になりそうですか~?」
「え? あ……そ、そうですね」
何だかはぐらかされたようだが、質問に意識を向けて答える。
「経過を診ていくしかないかと。いくら仙術で回復力を増しているといっても、あれほどの大怪我ですから完全治癒するにも数日はかかります」
「それでも数日とは、さすがに仙術は凄いものですね~」
「まあ、そのために毎日仙気を送ってやる必要はありますけどね」
患者が少ないからできることでもある。もし忙しい立場だとしたら、使えば使うほど疲れて倒れてしまう仙術をおいそれと一匹のために費やせないのだ。
「分かりました~。ではご連絡をお待ちするということで~。私もニュウさんにご挨拶してきますね~」
そう言って彼女も先程出て行ったランテたちを追っていった。
(……リントくん、か)
何だか懐かしいと思えてしまった。
あの声音でそう呼ばれると、記憶の片隅で何かが反応したような気がしたのだ。
しかしそれが何かハッキリ思い出せない。
前にどこかで会ったことがありそうな感じがしたが、やはりどこかで邂逅を果たしているのだろうか。
「……ま、そのうち思い出すだろ」
もし会っているのなら、だ。
リントは両手を上げて大きく伸びをして、手術の成功に喜びの溜め息を吐いた。
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