第37話
――五日後。
瀕死だったエレファントライナーの子供の容体も、ほとんど完治といってもいいほど回復していた。
ただ問題なのは、目が醒めると暴れ出してしまうという点。
手術から二日後に初めて目を醒ましたのだが、リントやニュウを見て突如暴れ出したのである。
身体は小さくともAランクのモンスター。その力で暴れられたら、診療所も一溜りもない。だからリントは〝仙気鍼〟で気絶させたのだ。
目覚めて暴れられたら、せっかくの傷も開いてしまうので、仕方なく眠らせたままリントの〝仙気〟を送って回復に努めた。
本当は自分の口から食事などを摂ってくれた方が良いのだが、聞く耳など持たずに暴れるのでこうするしかないのだ。
身体の動きだけを止める方法もあるが、今は全回復を優先して、話はそれからにすることにした。
そして今を迎えて、再びエレファントライナーを眠りから目覚めさせることに。
もう体調的には大丈夫なので、群れに返すためにマリネには来てもらっている。見送りたいということで、ランテとリリノールも一緒だ。
エレファントライナーを診療所の外まで運び、そこで覚醒を促す。瞼を開けてリントを視界に収めると、やはりといったところか、敵意満々に睨みつけてきた。
長い鼻を高く突き上げ唸り声を上げる。これは威嚇の印。
「落ち着いてほしいであります! ここは診療所! あなたが傷だらけだったのを、先生が治してくれただけなのであります!」
ニュウが諭すように声を発するが、バチンバチンッと地面を鼻で叩き出す。
〝そんなこと信じるもんか!〟
リントの耳にはそんな声が届いていた。
〝お前ら人が、母さまを殺したんだ!〟
子供が目覚めてから何度も聞いた言葉である。
子供にとっては、この態度は当然のことだ。まだ生まれたてで、何も知らないうちに、大切な母を奪われてしまった。
奪ったのは――人。
たとえ傷を治したところで、リントたちもまた〝人〟なのだ。
奪われた悲しみ、怒り、憎しみなどが感情を支配しても仕方ない。いや、当然だ。
(誰だって……たとえモンスターだって、家族を……大切な存在を奪われたら辛いもんな)
リントの脳裏に、育ての親であったキンカの顔が浮かぶ。
そのことを思い、リントはスッと瞼を閉じるとゆっくりとエレファントライナーに近づいていく。
「あ、危ないわよっ、所長!」
ランテの言葉が耳に届くも、足を止めることはない。
しかしエレファントライナーにとっては、敵が近づいてきたことに他ならない。
〝殺してやるっ!〟
風を切るような勢いで、鼻を振り回しリントの顔面を張った。同時にリントは凄まじい衝撃を受けて吹き飛び、診療所の壁に激突。壁にはヒビが入ってしまう。
「はぅぅぅ! 壁がぁぁ! またお金がかかるでありますぅぅ!」
ニュウの悲痛な叫びが聞こえるが、リントは心の中で彼女に謝りながらも、まだ立ち上がる。
口元から出た血を拭いつつ、再びエレファントライナーへと近づいていく。
今度は鼻で身体を掴まれ、大地に叩きつけられる。
「がはぁっ!?」
「所長!?」
「所長さん!?」
ランテとリリノールの叫びが響く。マリネもどこか強張ったような表情だが、ニュウと一緒に黙って見守っている。
〝お前らが! お前らが! お前らがぁ!〟
と、何度も何度も鼻で持ち上げては大地に叩きつけるを繰り返す。
その度に全身に衝撃が走る。仙気によって身体能力を上げているといっても、何度も繰り返されればさすがにダメージは大きい。
それでもリントは相手が気が済むまで何もしない。
〝お前らが! お前らが! ……お前ら……がぁ……っ〟
次第に鼻の勢いが弱まり、子供の目から涙が流れ出てきた。
〝ぐすっ……母さま……母さまぁぁ……っ〟
痛烈な慟哭。
当然だ。大人のエレファントライナーのように知識もあって強いとはいっても、まだ子供。いや、赤ん坊と同じなのだ。
その寂しさや悲しさは、きっと人が同じく感じるものと一緒。
(この子は賢い。だから……頭じゃちゃんと理解できてんだろうな。だからこそ、母を奪った人間と同じ存在のオレに助けられたことが……悔しいんだ。やり切れねえんだろうな)
そのどうしようもない怒りと悔しさを、リントにぶつけてしまっているのだ。
「…………悪かったな。オレたち人が、お前の大切な親を奪っちまった」
その言葉を聞いたのは、エレファントライナーだけでなくランテたちもだ。
「何も言えねえ。オレたちが言うべきじゃねえ」
〝…………〟
「でも、一つ言えることがあるとすれば――――――生きてくれ」
〝――!?〟
「死んじまった親の分まで。精一杯生きて……そんで、天寿を全うしてほしい」
偽りのない心からの言葉を放ったあと、ジッと子供の瞳を見つめた。
――自己満足。
そうだと分かっていながらも、こんな不器用なことしか今はこの子のためにしてやれない。それだけしか思いつかない。
リントに怒りをぶつけることで、少しでも気が晴れるなら……と。
〝…………分かってたんだ。アンタがボクを治してくれたってことは〟
「…………」
〝ずっと何かあったかいものに包まれてる感じだった。お日さまみたいな感じで……とっても。母さまのように……あったかかった〟
それはきっと、リントの仙気が身体に流れた時に感じていたことだろう。
〝生きてほしいって強い想いも伝わったんだ。けど……けど……悔しくてぇ……っ〟
鼻の力が弱まりリントは解放された。
リントはゆっくりと立ち上がると、子供へと近づく。子供はもう抵抗することなく嘆いているだけ。
そんな相手の頭に右手でそっと触れた。
「悔しいよな。やり切れないよな。しんどいよな。…………オレにもさ、大切な親がいた。お前と同じ母親だ。けどさ………………人間に殺されちまった」
衝撃告白により、ニュウ以外の全員が息を飲む。
子供が泣き腫らした瞳をリントへ向ける。
「オレの育ての親はモンスターだったんだ」
〝モンスター……? ボクと……同じ?〟
「そうだ。セイントホークっていうモンスターだった」
「セイントホークって……!」
そう呟いて目を見張ったのはランテだ。その顔は傍にいるニュウへと向けられた。
ニュウもその視線を感じてか、静かに語り出す。
「先生はまだ赤ん坊の頃、実の親に捨てられたのであります」
「捨て……られた?」
「そんなぁ……!」
ランテとリリノールが二人して愕然とし、マリネもまた険しい顔つきになる。
「そこで先生はランテさんたちも会ったことがあるセンカちゃんの親に拾われたのでありますよ」
「それって……所長はモンスターに育てられたって……こと?」
コクリとランテの問いに対してニュウが首肯した。
ニュウの言葉を聞いていたエレファントライナーの子供も不思議そうにリントを見上げる。
〝……お兄ちゃんは……ボクと同じ?〟
「はは、まあ人間だけどな。けどオレは……モンスターが大好きなんだ。それに恩返しもしたい。だからモンスター専門の医者になった」
〝……人が憎くないの?〟
「憎いよ。だってオレの母さんを殺した人間は、多分まだ生きてるだろうしな。けど、オレは復讐よりも、モンスターたちの助けになりてえって思ったんだ。母さんを守ってくれたモンスターもたくさんいた。オレにいろんなことを教えてくれた。だから、オレはこれからもモンスターたちの手助けをしていきたい」
〝…………ボクは……やっぱり人は許せない〟
「だろうな。それでいいと思うぜ」
〝へ?〟
「オレだって人嫌いだ。こういう仕事柄、多くの人と接するけど、できればモンスターたちとだけで過ごしてえとも思うしな」
〝お兄ちゃん……〟
リントは子供を安心させるような笑みを浮かべて優しく頭を撫でてやる。
「お前にはこれから精一杯生きてほしい。どんな困難な壁に出会っても、死にそうな目にあっても、命をぜってえに諦めないでほしい。だってよ……お前の母ちゃんが、必死で守ってくれた命なんだからよ」
ジワリと子供の瞳が歪んだと思ったら、
〝うっ……うぐ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!〟
リントを抱きしめるように鼻でリントの身体を掴んで泣き始めた。
そしてリントもまた、抱きしめ返す。その腕に愛情を込めて。
彼の今後を祈るように。母親が持つ慈愛のように。
リントとエレファントライナーは、温かい仙気に包まれていた――。
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