第35話
手術台に横たわるエレファントライナーの子供。
傍にいるのは、手術着を着用したリントとニュウの二人。
「――さて、執刀を開始する」
「先生、《造血薬》のお注射、打ち終わったであります!」
ニュウが滅菌手袋を嵌めているその小さな右手に注射を持っている。《造血薬》とは、読んで字のごとく、身体の中で血を造る促進剤のようなもの。
一応〝仙気鍼〟の効果で血止めはできているが、失われた血を保管するのは難しい。できないことはないが、今リントの血液をエレファントライナー用に変換して与えたら、リントも意識が朦朧としてしまう。
それほどにエレファントライナーが失った血の量は多い。
「まずは内臓を直に確認しないとな。――〝仙気鍼〟。――刺突」
新たに創り出した鍼を患者の身体に刺す。これは痛覚を麻痺させるツボ。つまりは麻酔になる。
この世界では麻酔というものはない。いや、あっても効き目が悪いといった方が正しい。研究はされているようだが、地球のように医療の進歩は見られないのだ。
だからこそ、リントの〝仙気鍼〟が絶大に効果を発揮してくれる。
「……開腹する。――メス」
隣に立つニュウに向かって右手を差し出す。こちらが手を切らないように確実に手渡してくる。このメスなどの手術具を渡す者を〝器械出し〟という。
当初は彼女も下手で、よくリントの手を切ったり自分の手を切ったりしていたが、今では知識も豊富で、リントが欲しい器具を言わなくても出すことも可能だ。
「!? こいつは……まさに血の海だな」
腹の中を見てギョッとする。内臓損傷が酷く、血液が大量に溜まっていた。
「――開創器」
手術創を広げておく器械で、メスで回復した患部を開く。それをニュウから受け取って見やすくした。まるで血をたっぷり注いだ風船を割ったあとのような光景が広がっている。
本来はこの血をまずは吸引して内臓を確認しやすくするのだが……。
「――〝仙気鍼〟。――吸突」
また新しい鍼を血の海に刺す。すると血がみるみる鍼に吸引されていく。夕日色の鍼だが、血を吸ったことにより真っ赤に染まり上がっている。
さらにその鍼を今度はエレファントライナーの身体に刺す。これで輸血が可能なのだ。
また鍼の中で滅菌もされるので、問題なく使用することができる。
まさに手術のために生まれた力ということだ。
「患部を確認。縫合を開始する。――持針器」
と言うと、針を持つ器具を手渡してくる。これで患部を糸で縫合していくのだ。
リントは手元を素早く動かして、傷ついている部分を縫合していく。
腹を開いているだけで、患者の体力は落ちていくのだ。だからできるだけ早く終わらせることが、より生存率を高める。
しかしここには心電図などの、患者の状態をモニターで確認するようなものはない。
なら何を判断して、患者の状態を把握するのか。
それはリントの〝超感覚〟による〝触覚〟の能力。
患者に触れるだけで、現状を把握することができるのだ。こうして術部に触れているだけで、対象の心拍数などもリントは捉えることができている。
(よし、このままいけば間に合う!)
だがそこでビクンとエレファントライナーの身体が跳ねる。
思わず患部から手を引く。
「先生……これは!」
「ああ。――――しゃっくりだ」
術中合併症――手術中に起こる生体反応のこと。しゃっくりもその一つ。手術の種類によって起こる反応は様々だが、当然そのまま放置すれば速やかな手術はできない。だから素早い対処が必要になる。
「横隔膜を刺激しちまったみてえだな」
しゃっくりなど誰もが起こる単純なことだと思われるが、いつ起こるか分からない現状では当然ながら放置して進めることはできないのだ。
「……こういう場合は、麻酔を深くしたり筋弛緩薬などを投与すればいいのであります」
「その通りだ。それが普通の処置。けど……」
リントの場合はこの――〝仙気鍼〟がある。
鍼で直接横隔膜を刺激すると、痙攣が即時に鎮まった。
「いいかニュウ。医者はどんな事態にも冷静さを持たないといけねえ」
「はいであります」
「だからこそ経験は何よりも大事だし、その下に築かれる知識が必ず重要になってくる」
経験だけでもダメだし、知識だけでも患者を完全には救えない。
その両方があって初めて病魔と向き合うことができるのだ。
「このまま一気に傷を塞いでいくぞ!」
「はいでありますっ!」
なるべくエレファントライナーのことを考えて、機敏に、そして丁寧に傷を塞いでいく。
そして――。
「――――ふぅ」
静寂が支配する中、メスで切り開いた患部を縫合し終わって一息吐いた。
そして静かに呼吸のために上下しているエレファントライナーの身体に触れる。対象の状態を確認していく。
「脳波、呼吸、心拍、血圧ともに異常なし」
「先生」
「ああ。――うし、処置完了」
「お疲れ様でありました、先生」
「ニュウもな。やりやすかったよ、ありがと」
「ニュウは、先生の補佐でありますから!」
マスクのお蔭で目だけしか見えないが、彼女がニッコリと笑っているのは分かった。
「あとは回復するまで様子見だな」
「この子はもう大丈夫なのでありますね」
「ああ、オレの目でも状態悪は見えねえ」
これもまた〝超感覚〟による〝視力〟の能力。
仙気を通して視力を高めると、こうしてツボを確認することもできるし、もし悪い状態があるのなら、それが黒くなって確認することが可能なのだ。
「先生のその能力、とっても羨ましいであります」
「はは、そんなこと言ってもなぁ。ニュウの能力だって便利じゃねえか」
「それはそうでありますが……」
「さて、んじゃ外で心配して見守ってる連中に報告しに行くか。あとは頼んだ」
「任せるであります!」
二人で患者を再度ストレッチャーに乗せたあと、ニュウは手術室の奥にある、手術後の患者を寝かせるためのベッドが存在する部屋へと向かった。ICU(集中治療室)ではないが、それに似た場所のようなところだ。
そしてリントは、反対側の扉を開いて、ランテたちに説明しに行った。
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