第44話 異世界人は、すき焼きの生卵は平気か?

 朝っぱらから、エドラとイルマが学食にやってきた。授業はないってのに。


「イクタのたいしょー。鍋ってのが食べてみたいぞ」


「師匠、ぜひそのお鍋というものを」


 デボラたちの話を聞いてきたのか、エドラとイルマが食いついてきた。


「どういうものが食いたい?」


「そもそも、鍋ってのがわかんないのだ」


「ヌシ釣りのときに食べただろ?」


 オレはヌシ釣りの際に、船くらいデカいクエを鍋として振る舞ったことがある。


「人が多すぎて、あんまし当たらなかったんだぞ」


 それで、デボラも鍋が食いたいって言っていたのか。


「もうちょっと、食べてみたかったぞ」


「ですね」


 イルマの地元には、鍋があるらしい。しかし一家全員でつつくのではなく、お手伝いさんによそってもらうという。


 やはり、オレの想像通りだった。


「あと要望が」


 珍しく、イルマが自己主張する。なんだろう?


「古代の忘れ去られた料理で、【すき焼き】というものがあるそうなのですが」


「すき焼きか。いいな……え?」


 待てよ。すき焼きといえば、アレだよな?


「お前さんたち、ちょっと聞きたいんだが?」


「なんでございます、イクタ師匠?」


「生卵は、食えるか?」


 オレの問いかけに、イルマが首をかしげる。


「なにを唐突に? 生卵がどうなさったので?」


「すき焼きってのは、生卵に具材をつけて食べるんだぞ」


 そういえばオレは、異世界人が生卵を食っている姿を、見たことがなかった。


 あるとすれば、ウッドゴーレムのモクバさんが食べるくらいである。あそこのニワトリは、いい卵を生むのだ。人間くらいの大きさがあるが。とはいえ、モクバさんも味見程度である。


 異世界ってのは、卵かけごはんも食わない。そんなものを食っているのは、オレとエドラがつきそうくらいだ。朝は卵かけごはんを食うと、一番体調がいい。


 あとは、プリティカがたまに生卵をカレーにブチ込むくらいか。あれ、うまいんだよな。


「生卵を食べる習慣って、この世界にあるのかどうか……」


 もしかすると、生卵を食べないせいで、文明が消えてなくなったのかも知れなかった。


「文献で、調べてみますわ」


 イルマは、書籍で調査してみるという。


「おー。オイラは実食でやってみるぞ」


 エドラは実際に、卵かけごはんで試すそうだ。


「よし。昼飯で出してやる。腹をすかせてきな」


「おー」


 エドラは後輩のペルを連れて、武術の特訓に向かう。


「ほら、卵かけごはんだ」


 昼食時、オレは卵かけごはんを実践してやった。


 ペルもエドラも、不思議な食べ物を見るような動きをする。


「卵は食べますが、こういう食べ方は初めてですね。師匠」


 率先して、イルマが食べてみた。


「うん! 独特な食感ですが、おいしいです! 身体も、問題ありません」


 患者に卵酒を提供することもあるらしく、イルマは生卵に抵抗がない。


「よし! うん、たしかにうまい!」


「ライスに、こんな可能性があったなんてな!」


 エドラもペルも、卵かけごはんに食らいつく。


 これだけの食いっぷりなら、すき焼きも大丈夫だろう。


 買い物をして、すき焼きにするか。


「イクタおじー。ただいまー」


「ただいま帰りましたわ、イクタ」


 クエストに行っていたプリティカとデボラ、キャロリネが、戻ってくる。


「おじー。これ記念にって、もらってきたー」


 プリティカがもらってきたのは、鉄鍋だ。鉱石を集めるクエストに、行っていたらしい。


「お肉をいただいたぞ」


「野菜も、こんなにあります」


 デボラとキャロリネは、畑仕事の手伝いと、作物の害獣駆除に向かっていたとか。


「三人でやっていたら、あっという間だったよねー」


「だが、動きすぎた。腹ペコだ」


 キャロリネが、腹をおさえる。


「よし。待っていろ」


 最初に、イノシシの肉を焼く。時間停止魔法でさばき、下処理をして鉄鍋の中へ。


 熱した鉄鍋の上で、イノシシの肉が踊りはじめた。なんて、神秘的な光景なんだろう。高級の肉を調理しているみたいだ。


「割り下と一緒に焼いたヤツを、こうやってすくうんだ」


 全員分を焼いて、食ってもらう。


「おいしいですわ!」


「ほんとにイノシシなのかー?」


 デボラとエドラが、ほぼ同じリアクションをした。


「これは……クサいイノシシが、神々しい!」


「ホントだぜ。どんな魔法だってんだ!?」


 キャロリネとペルが、あまりのうまさに驚愕している。


 みんな、生卵が平気でよかった。


 野菜も投下して、本格的なすき焼きをスタートした。


「昨日のカレー鍋も素敵だったけどー。すき焼きもおいしーねー」


「ホントだな。コイツは普段魚派のアタイでも、おかわりしてしまうぞ」


 プリティカとキャロリネも、ガツガツモリモリと箸を休めない。


「師匠、この作り方を教えてくださいませ。再現してみますわ」


 イルマが、懇願してきた。


「そうだな。お前さんところの郷土料理みたいだし」


 割り下の作り方と、鍋の使い方をレクチャーする。



 

 後日。


「イクタ師匠! 家族から、喜んでもらえました!」


「よかったよかった」


 家族を囲んで食事することの楽しさに、家族も理解を示してくれたらしい。


「あと、生卵の新たな使い道ができたと、喜んでいます!」


「そっちかよ!」

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