第四章 おじさんは冬に、社交界デビューする!?

クリスマスは、やっぱり鍋

第43話 終業式に、水炊きとカレー鍋

「イクタ、終業式の後、お時間ございまして?」


 店の掃除を終えて、デボラがオレにお願いをしてきた。


「ああ。構わんぞ」


 こちらも、特にイヤではない。


「お鍋というものを、食べたいんですの」


「鍋か。いいな」


 今の時期だったら、なんでもウマい。肉ならすき焼きか? いや、しゃぶしゃぶでもいい。

 海鮮ならカニすきもいいよな。

 しかし、この世界でカニが手に入るのか? 魔物みたいなのだったら、調理が大変そうだ。下ごしらえとかが必要となると、手間がかかっちまう。

 できれば、さっと茹でてパッと食いたいよなあ。


「イクタ?」


「おお、スマンスマン。脳が、異世界に飛んでいた」


「話を聞いてくださいまし」


「わかった」


 鍋の話だった。


「ですが、わたくしは食べたことがありませんの」


「みんなで箸を、つつくもんだからな」


 貴族なんかの間では、食べないだろう。いくら立食パーティという、習慣があろうと。食べるとしても、お給仕の人によそってもらう形式になるに違いない。実に味気なさそう。


 ああいうのは、みんなで肉の取り合いをするから楽しいのに。

「肉は人数分ある」といっても、戦場になっちまう。だが、それがいい。


「イクタ?」


「おおっ」


 また思考が、異次元に吹っ飛んでいた。


「そこで、一度お鍋を食べてみたくて」


「なんでそこまで、鍋にこだわるんだ?」


「だって、ミュン先輩もパァイ先輩も、卒業なさるでしょ?」


 そうか。みんなが一緒にいられる時間は、限られている。


「できれば、みんなでご一緒にお食事した記録がほしいんですの」


「社交界やアフタヌーンティーとかでは、ダメなのか?」


「華やかで澄ました会合がお好きな方が、周りにあまりいらっしゃらなくて。どちらかというと、庶民的な集まりの方を好むでしょ?」


 たしかに、あのメンツではなぁ。


「イクタも、堅苦しいのはお嫌いでしょ?」


「どうして、オレが含まれているのか?」


「だってみなさん、イクタを慕って集まってらしてよ。イクタメインでなければ、楽しくありませんわ」


 そうだったのか。


「みなさんがどれだけ、イクタのお人柄に惚れてらっしゃるか、あなたももう少し自覚していただきたいですわ」


「そうだよねー」


 いつの間にか、プリティカが会話に入ってくる。掃除道具まで持っていた。手伝ってくれているのか。文化祭で気に入ったのか、ミニスカメイド服を着ながらモップを持っている。


「お鍋なら、ウチも食べたいかなー」


「手伝ってくれたからな。一緒にどうだ?」


「おじー、カレーもある?」


「あるぞ」


 リックワードの学食には、豚バラ肉を使っている。しゃぶしゃぶ風の、カレー鍋でもいいかもな。


「ただ、最初は水炊きにして、あっさり目で食べてみようか。オーソドックスな鍋がどういったものか、みんなはわからないだろ?」


「そうだねー。お買い物も、お付き合いするよー」


「ありがとう。助かる」


 まだ昼前だから、学食を閉めるには時間がある。今日は、学食で鍋を作ろう。


 近くのスーパーで、食材を買う。


 肉は豚バラと、ウインナーを使うことにした。ウインナーは、カレーに浸すとうまいんだ。あとは白菜、長ネギとキノコを。シメに使うカレールーと油揚げ、うどんも買った。カレーうどんにするためである。


 さて、最初は水炊きだ。


 昆布でダシを取って、具材を投下する。


「お水、足りなくない?」


「白菜から水が出るから、これくらいでいい」


 むしろ水を入れすぎると、カレーにしたときに味が薄まってしまう。


「グツグツ言っているのが、食欲をそそるねー」


 プリティカが、興味津々だ。


 デボラは無言で、鍋を凝視している。


「どうした?」


「魔女様の実験を、思い出しますわ」


 煮えたぎる錬成壺に、カエルなどを打ち込んで魔法素材を作るという。あの科学実験が、デボラはどうも好きになれないらしい。


「あれは、カエルを使うからだよー。お鍋はそんな、グロくないからオッケー」


「ですわよね。それにしても、音だけでおいしそうですわ」


 鍋にフタをして、白菜がふやけるのを待つ。


 オレはあえて、時間短縮魔法を使わなかった。この音を、楽しんでもらいたかったから。この待っている時間も、またうまい。


「できたぞ」


 フタをあけると、とんでもないかぐわしさが。魔法科学校の学食とは思えないほど、和風である。ああ、腹が減ってきた。


 ポン酢はないので、しょう油と柑橘を混ぜていただく。

 味変用のめんつゆも、こしらえておいた。


「いただきまーす」


 三人で、鍋をつつき合う。


「おいひいれふわ」


 ポワンとした顔になりながら、デボラがハフハフと具材を食べる。


「デボラは、しいたけが食えるんだな?」


 学生や子どもだと、苦手な子が多い。


「ガキではありませんので」


 しいたけの味がわかるなら、オトナだな。


 さて、シメのカレーだ。


「カ、カレーうどんですわよね? 学食のとは、全っ然違いますわ。お箸が止まりませんの!」


「昆布としいたけが、めちゃ利いているな」


 想像以上の、おいしさだ。白菜を入れたから、やや水っぽくなるかなと思っていたのに。ちょうどいいではないか。ウインナーが、大正解だ。


「終業式で、こんなおいしいカレーが食べられるなんてー。さいこー」


 これは、いいかもしれない。


 デボラも、気に入ったみたいだし。

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