第37話 学食のおじさん、魔王城へ

「おおお。見たままの不良校だぞー」


 エドラが正直な感想を述べる。


「いえ、エドラ先輩。これは、魔王城ですわ!」


「そうよ。油断してはダメよ! 魅了魔法なんてかけられたら、それこそ魔王オンスロートと望まない結婚をさせられてしまうわ!」


 デボラとイルマが、最大級の警戒を始めた。


「でも、イイやつだったら結婚してもいいかもなー」


「ダメダメ! もうエドラったら。男はちゃんと、吟味しなくてはいけないわ!」


 エドラ自身は、相手に特別なこだわりはないっぽい。


「とにかく行こう。そもそも魔王に会わせてくれるのかも、わかんねえんだ」


「そうですわね、イクタの言うとおりですわ」


 覚悟を決めて、城の中へ。


 スケルトンの女学生についていく。


 寒い。足がひんやりする。中庭の廊下だからって、だけじゃないな。空間レベルで冷える。


「おじ、怖い?」


 プリティカが、聞いてきた。


「まあ、怖いかな。自慢じゃないが、オレは戦闘職じゃないからよ」


「おじの愛嬌だったら、どんな状況でも立ち回れるよー」


「冗談。立ち回ること自体、ナンセンスだ」


 できれば、荒事には関わりたくない。トラブルは回避が最適解だよ。


「着きました」


 スケルトン女子が、巨大な扉の前で立ち止まる。


 こんなデカい扉を使うんだ。相当巨大なサイズの魔物なんだろうな。


「魔王様、扉を開けてくださいませ」


「うむ」


 ゴゴオ、と雷鳴のような音を立てながら、扉が開く。


「ようこそ。我こそが、魔王オンスロートである。このオルコートマ学院の学長でもある」


 毛むくじゃらのネコを抱いた巨大なヨロイが、こちらを見もしないで自己紹介をする。


「これ、ニンゲンよ。魔王はこちらであるぞ。こっちは玉座でしかない」


 なんと、ネコのほうがこちらに視線を向けていた。ニューっと伸びをしたあと、スタッと赤いカーペットの上に降り立つ。成人女性サイズのネコが、オレたちの前にちょこんと座った。


「ネコちゃんが、魔王なの?」


「いかにも。我がこの地を支配する、魔王オンスロートである。魔王と言っても、ニンゲンの階級でいえば【ジェントリ】なり。いわゆる、ジェントルマンという身分である」


 魔王オンスロートは、貴族ではなく、紳士だという。


「あの、『レディース&ジェントルマン』のジェントルマン?」


「左様」


 ジェントリ層とは下級の地主層であり、事業で成功した人を指す言葉だ。正式には貴族に含まれない。


「つまり、魔王とは『実業家』ってわけか」


「そうであるな。ビジネスで成功し、人間界の土地を買ったのである」


 それで、人間界における貴族の肩書を手に入れたと。貴族になれれば、人間ともムダに対立しなくて済むからだとか。


「我には魔王という肩書がある。魔王的要素を全面に押し出すと、ニンゲンに恐れられてしまうのだ。なんて呼ぼうかってなったときに、『ジェントリ層でいいんじゃね?』となったのだ」


 えらく軽い動機なんだな。


「それで、オレたちはアンタに呼ばれてきた。いったい、なんの用件が?」


 まさか、JKをどうにかしようってんじゃ? ほんとに、嫁候補を探すためとか?


「頼みというのは、他でもない。我が運営する学校の学食を、立て直してもらいたいのだ」


「オレが?」


「左様である」


 魔王城の学食は、「申し訳程度にメシが食える」レベルだという。もっとリーズナブルで、おいしく、腹が満たされるメニューを考案してもらいたいらしい。


 無理難題だな。


「聞けばお主、リックワード女子でも腕利きの学食シェフというではないか」


 なんでも魔王オンスロートは、オレのウワサを聞きつけて、オレを招いたという。


「オレじゃなくても、『金曜日の恋人』なんかのほうが、アンタら魔族の口に合うと思うが?」


「さる筋から、聞き及んだ話である。『かれーらいす』なる極上の料理が、たいそう最高の味わいだとか」


 どこの筋だよ? オレは情報漏洩した覚えはないぜ?


「アンタは、ネコじゃないか。玉ねぎやスパイス系は大丈夫なのか?」


 ネコって雑食に見えて、案外デリケートと聞く。


 試食するにしても、ネコと同じ体質なら、カレーなんて食べさせられない。


「その点は心配いらぬ」


 あくまでもネコの身体に見えているだけで、実物はもっとグロいという。人間が正体を見ると、気が触れてしまうレベルだとか。


 オレたちを気遣って、この姿を取っているという。


「リックワードの文化祭で食べられる、『ふらんくふると』が楽しみで仕方ないのだ。あれはウマい。」


「ああ、『月曜日』のフランクフルトか!」


「そうである。話しているだけでも、ヨダレが出そうなのである」


 月曜日のモーニングを出す店は、『学食のヌシ』と呼ばれている。


 あのじいさんが作るフランクフルトはたしかに、最高だ。シンプルなのに、塩加減が絶妙なのである。


「粒マスタードをたっぷりをつけて、ムシャムシャと口にするのだ。つけすぎて頭がガンガンするのだが、それがまたいい」


 あれをマスタード付きで食えるんだったら、問題ない。


「だったら、月曜の爺様に頼めばいいじゃねえか。肉を焼くだけだ」


「呼んだのである。しかし、シンプルすぎて難しいのである。いくら教わっても、マネができなかったのである」


……たしかに。


 肉を焼くだけなのに、あの味が出ない。あれはもはや、長年の職人技である。


「よし。作ってやるから、待っててくれ」

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