第33話 借り物競走

 昼食時間となり、シートで輪になって弁当を囲む。


「やはり、イクタのお弁当は格別ですわ」


「うん。うまいぞー。イクタの大将! リクエストしてよかった!」


 デボラとペルが、焼きおにぎりを堪能していた。


 重箱に詰めている以外は、ほぼすべてダンジョン探索で生徒に持たせたものである。タコウインナー、塩味の卵焼き、違うのは、唐揚げを追加したことと、メインを焼きおにぎりにしたくらいだろうか。


 ここまで喜んでもらえると、料理人冥利に尽きる。


「次、応援合戦だから、イルマの応援にいくぞー」


「ありがとう。エドラ。楽しみにしていてね」


 白組の応援団長は、イルマらしい。意外だった。それで今、学ランに着替えているのか。てっきり、エドラが役目だと思っていたが。


「応援もオイラがやるって、言ったんだけどなー。競技でみんなを鼓舞してくれって言われたんだじぇー」


「そうなのよ。私は、運動面ではお役に立てないから」


 恥ずかしそうに、イルマが苦笑いをする。


「そうか。じゃあ景気づけに食ってみてくれ」


 オレは、デザートのチーズケーキをイルマに渡す。


「ありがとうございます、イクタ師匠。はむ。うーん!」


 クリームチーズを市販のビスケットと混ぜただけの、スティックチーズケーキだ。


 売り物にさえならない家庭料理ながら、イルマは喜んでくれている。


「うまいか?」


「師匠、これの作り方をぜひ!」


「いやいや。ネットで検索したほうが正確だっての」


「私は、師匠に習いたいのです! 作り方はネットにありますが、師匠の温かい手が加わってこその味だと思いますので」


 そこまで熱を込めて、お願いされても。


「やだねえ、イクタさんは。こうやってタラシ込むのかい? 棒状のものまで食べさせるなんて、なんかのメタファーかい?」


「生徒会長さんさえ、手籠めにしてしまうなんて、末恐ろしいわね」


 ブリタさんとミシェルさんのオバちゃんコンビが、ニヤニヤと笑う。


 違うってんだよ。


 みんなでチーズケーキを食いながら、応援合戦を鑑賞した。


 紅組は、全員チャイナドレスの雑技団である。


 白組は、紅組の後だ。


 団長がイルマ、副団長がミュン、太鼓持ちがキャロリネである。チアリーダーとして、プリティカがポンポンを持って舞う。


「盛り上がっておいでですね」


 銀髪をおさげにした初老の男性が、こちらを覗きに来る。ドナシアンだ。


「ああ、金曜日さん」


「金曜日の人じゃないか」


 学食の担当者は、みんなドナシアンを「金曜日のモーニングの人」と呼ぶ。金曜日は、全員がドナシアンの店でモーニングを食べるからだ。学食の職員が全員食べに行くくらい、ドナシアンのモーニングは最高なのである。


「あんたがイクタさんに、このケーキの作り方を教えてあげたんだってね?」


「おいしいわ」


 オバちゃんズが、スティックチーズケーキを絶賛した。


「ご覧の通り、チーズケーキは評判だぜ。教えてくれて、ありがとうな」


「いえいえ。妻が見つけてくれた、レシピですから」


「奥さんにも、よろしく」


「お気に召しまして、妻も喜ぶでしょう。では」


 ドナシアンは、一礼して去っていく。


「ウチの亭主も、見習ってほしいわね」


「だよねえ。ウチのダンナは、酒がデザートみたいなもんでさあ」


 オバちゃんたちのグチが始まった。

 応援合戦を見ようぜ。



 昼休みが終わり、借り物競争が始まる。


 デボラもブルマー姿で、ダッシュした。オレのところまで。


「イクタ、来なさい!」


「え? オレ?」


 ブルマー姿の少女に手を引っ張られるなんて、どれだけの徳を積めば叶うのだろう。デボラと手を繋いで走りながら、オレは意識をわずかに手放した。


 オレとしては、チーズケーキを食いながら遠くで鑑賞していたかっただけなんだけど。


「やりましたわ、イクタ! 一着です!」


 デボラが、トップでゴールイン。


「えらい、決断が早かったな?」


 そんなわかりやすい、お題だったのだろうか?


 とにかく、チームに貢献できて、デボラはうれしそうである。

 


 

 結果だが、言うまでもなく白組がブッちぎった。


 祝勝会として、ウチの学食に白組全員が集まっている。ウチはスポンサーかよと。


 購買のお菓子やらなんやらを学食のテーブルに並べて、イルマが軽めのパーティを開いた。


「みなさん、お疲れ様でした。みなさんの働きかけのおかげで、予想以上に盛り上がりました。乾杯!」


 フリードリンクのジュースで、イルマが音頭を取る。


 あとは立食パーティだ。


「なんて書いてあったんだ?」


「これですわ」


 デボラが、メモを見せてくれた。


『理想の上司』と、書いてある。


 オレは一番、遠いような気がするが。


 クシャクシャの紙片がデボラの足元に落ちる。レシートだろうか? いや、こっちの世界にレシートなんて。


「おい、デボラ。なんか落ちたぞー?」


 デボラの足元に落ちた紙片を、エドラは拾おうとした。


「なになに、『理想の旦那様』だとー?」


「あわわ!」


 慌ててデボラが紙片をエドラからひったくる。エドラでさえ捉えられない反応速度で。


「なんでもありませんわ。先輩! パーティを楽しみましょう!」


 ごまかしながら、デボラがエドラにお菓子を大量に持たせていた。

  

 

(体育祭編 おしまい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る