第32話 体育祭当日

 体育祭が、始まった。


 オレたち学食班は、グラウンドの外にある観客席にいる。

 ここで、購買を担当するのだ。

 朝を食べていないものや昼食を用意していない生徒に、弁当やおやつを売る。水も提供するので、割と重要な役目だ。


「楽しみだねえ、イクタさん」


 隣に陣取るドワーフのオバちゃんが、オレに声をかけてきた。


「だな。みんな元気があって、気後れしそうだ」


「やだねえ。イクタさんも若いじゃないか」


「とんでもない」


 彼女たちに比べたら、オレなんてまったく体力がない。


「夏の間、女子に囲まれてウハウハだったそうじゃないか。ウチの娘から聞いたよ」


 そうだった。この人は、エドラの母親だったな。


「ウハウハだったのは、売上だ。あんたのお嬢さんのおかげで、過去一の成績を上げたよ」


「そいつはよかった」


「でも、コロッケパンには敵わんさ」


 彼女が提供するコロッケパンは、すでに品切れである。さすが、一番人気の商品だ。


「ブリタはこの道二〇年の、ベテランさんだから」


 エルフのオバちゃんが、ドワーフのオバちゃんをブリタと呼ぶ。


「なにをいうかね? ミシェルのフルーツサンドも、上々じゃないか」


 ブリタさんも、エルフのオバちゃんを名前で呼ぶ。


 ミシェルさんのいちごサンドは飛ぶように売れて、生徒が朝食代わりにパクついている。


「でも、なんといってもイクタさんのカツサンドよ」


 テントを設置する前、お近づきの印と、二人にカツサンドを朝飯として振る舞ったのだ。


 ありがたいことに、オレのカツサンドも品切れである。


「あれは、娘をもらっていただきたい味だね。カツの加減が最高にいいのさ」


「玉ねぎが絡んだソース! 口にしただけで唾液が溢れ出てきて、最高だったわよ」


 二人の感想を聞いて、ありがたく思った。


 さて、応援といくか。

 

 


 デボラの席は、白組だ。


 うれしいことに、オレの知り合いは全員白組のようである。

 一年生はキャロリネ、とペルだ。


「おじー。見ててねー」


 プリティカも、グラウンドからこちらに手を振っている。一人だけ、ブルマー姿だ。スタイルに自信があるんだな。


 二年生は、エドラとイルマが。


 三年生はミュンと、パァイである。


 しかしパァイは早々に、購買横の衛生用テントの中へ。


「どうした、パァイ? まだ体育祭前だぞ?」


「日に当たって、しんどい」


 まだ、外には慣れないらしい。夏休みの間、ずっと日に当たっていたはずなのに。


「そっか。お前はたしか、夜型だったな」


「借り物競争まで、体力は温存しておくことにしようかの」


 昼前だというのに、コロッケパンを食って眠ってしまった。


 第一種目が始まった。


 プリティカが、一〇〇メートル走に出る。


 グラウンドの直線コースを、風のように駆け抜けた。


 肉体強化の魔法を使っているから、全員が凄まじく速い。


 プリティカのポニーテールが、ピョンピョンと跳ねる。


 運動部さえぶっちぎり、見事プリティカはトップでゴールした。


「いえーい。おじー。なんかごほうびちょーだーい」


 一位のフラグを持ったまま、プリティカが購買席に。


「わかったわかった。カレーのタダ券をやろう」


「わーい」


 こんなんでいいのか。


「あんたにもらえたら、なんでもいいのさ」


 ブリタさんが、物騒なことを言う。



 続いて、キャロリネが大玉転がしに参戦した。


 横に並ぶのは、エドラである。


 玉転がしと言っても、魔法で常に上に浮かばせなければならない。


「負けませんぞ、エドラ先輩」


「おー。ついてこい」


 同じチームだというのに、二人はバチバチだ。


 玉転がしが始まった。


 最初は、大柄のキャロリネがリードした。


「おーっ? 腕を上げたな、キャロリネ?」


 後ろから、エドラが追随する形に。


 この玉転がしには、障害物がある。まずは平均台だ。


 キャロリネは汗をかきながら、気合で通り抜けていった。


 エドラはリズムよく、トントンと渡っていく。


「くっ!」


 あっという間に、キャロリネがエドラに追い抜かれた。


 続いて、風船割り。


 これはキャロリネが、巨体を活かしてリード。


 最後の障害物は、水上渡りだ。足に魔法をかけて、水に浸からずに渡る。足がヒザより上に浸かると、最初の地点から。魔法のコントロールが試されるため、難しい。


 キャロリネは何度も着水しそうになりながら、どうにか渡り切る。


 その間に、ヘディングで軽々と大玉を浮かばせながら、エドラはゴールテープを切った。


「んんん!」


 キャロリネが、めちゃくちゃ悔しがる。


「今度こそ、勝てると思ったのに!」


「まだ、魔法のコントロールがダメっぽいな。でも、おめーは騎士様なんだから、絶対いい成績を出せるぞ」


「は、はい!」


 エドラが、キャロリネを称えた。



 続いての競技は、パン食い競走である。後ろに手を縛られた状態で、吊るされたパンをかじってゴールすればいい。


 文字通り、なんのひねりもない競技だ。


 しかし、出場するのはなんとミュンである。天下のパピヨン・ミュンが、リレーなどの花形種目ではなく、パン食い競走とは。


「もっとポイントの高い競技に、参加しないのか?」


 案の定トップで帰ってきたミュンに、オレは問いかけた。


「ハンデだよ。あたし、どれに出ても高得点を取っちゃうから。一年の頃から、ずっとこんな感じ」


 それはそれで、難しいもんだな。

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