第三章 魔法科学校の秋は、イベント盛りだくさん
魔法体育祭と、スティックチーズケーキ
第30話 弁当のリクエスト 再び
「ねえイクタ、お弁当を作ってくださいまし」
デボラが放課後、カウンターからオレに声をかけてきた。
「またか。今度はなんだ?」
遠足は、この間やったもんな。次は……あっ。
「体育祭か」
「ですわ」
早いものだ。もうそんな季節か。
「魔法使いにも、体育祭ってあるんだな」
「もちろんですわ。図書館の賢者であるパァイヴィッキ様も、夏休みに絵日記を提出しなければならないほど、当然の行事ですわ」
魔法使いにとっても、体育祭は重要なイベントだ。
今の時代、魔法使いも剣術や格闘術を学ぶ。「魔法使いは後方で仲間を守る、病弱な存在」なんて、もはや過去の話である。
オールラウンドな行動を、求められるのだ。
中にはパァイのような学者一辺倒なヤツもいるが、魔法使いは基本的に文武両道である。
比重がどこにあるかが、重要なのだ。
運動系が得意な生徒は、魔法を強化に使う。
魔法寄りの生徒は、後方支援を担当する。
「デボラ。お前さんは、どの種目に出るんだ?」
「借り物競争ですわ」
なんとベタな。
ただ、そのおかげで練習は必要ない。
デボラが体育祭で、どういうポジションにいるのかはわかった……。
「それで、体力をつけるためにお弁当をいただきたいのですわ」
メニューは、遠足のときと変わらなくていいという。
ただ、それだと芸がないな。もっと別の料理を、出せないか。
「イクタどの! お弁当を予約したい!」
来たぜ。転校生ちゃんが。
「ペル、学校には慣れたか?」
「どうだろうな。まだ二週間弱くらいだしよぉ」
デボラが、「とんでもない!」と手をヒラヒラさせた。
「大人気ですわ。リレーにおいて、ペルさんはエースと言われていますわね」
体育祭の練習において、ペルは頼りになる存在らしい。
「授業中も、マジメですわ」
「エドラ姐さんに、迷惑はかけられないからよお」
ペルは寮に入らず、エドラの部屋に住まわせてもらっているという。
「街のパトロールも、姐さんとやってる。この間は街に入り込んだゴブリンを追い払った。ギルドからこづかいをもらったぜ」
「荒っぽいことは、おまかせしてもよさそうですわ」
デボラが、ペルを称える。
「ですが、ペルさんといえば、歌ですわ」
「ああ。そうそう。なんか、いい声が厨房でも聞こえるって思っていたんだよ!」
ときどき、心が晴れ渡るような声が、音楽室から聞こえてくるのだ。
さすがセイレーンというところか。
「セイレーン族の歌ってのは、『呪われている』ってウワサが立ってるけどよ。あれは外敵を退けているだけなんだ。実際のセイレーンは、歌声で人を癒やすんだぜ」
そうだったのか。
「えっと、ノドアメ的なものはないか? お手本になってくれっつっておだてられて、調子に乗って歌いすぎた」
ペルが、「うぅうん」と、咳き込む。
この時期は、季節の変わり目である。高校初の、体育祭なんだ。カゼでなければ、いいが。
「購買に、イルマ特製のノドアメ型ポーションがあるぞ」
イルマの家は、薬局と提携している。購買で、未成年用のトローチを売っているのだ。
「おっ、イルマ姐さんのトローチか。なら、間違いねえな」
「ただし、味は保証しないぞ」
「ぐえーっ。そうだった」
イルマ家の薬はめちゃくちゃ効くのだが、効能だけに重きが置かれている。そのため、エグみがヤバイ。
「でも、治しておけよ」
「そうする」
ところで、弁当をくれって言っていたな。
「どうした、ペル? お前さんも、体育祭用の弁当がほしいのか?」
「おう! 焼きおにぎりを頼む」
具体的なリクエストが、ペルから飛んできた。
「夏に食べたあのおにぎり、最高だったぜ。家で再現してみたが、ベタベタになっちまうんだよ! だから、あんたに頼みたいっ」
「わかった。用意しておこう。他に、食いたいものはないか?」
「すぐには、思いつかないな。でも、観戦しながら甘いものは食いたいぜ」
なんでも、ペルの母校ではアイスクリームの屋台が出るらしい。
「あ、『アイスクリン』ってやつか」
「そうそう。ちょいシャーベット状の。ウエハースのコーンに、載っているやつだぜ」
わかる。あれって、ときどき無性に食いたくなる味なんだ。懐かしくて。
といっても、オレも昭和世代ではないのだが。
「話を聞いているだけでも、おいしそうですわ」
デボラが、ヨダレをハンカチで拭く。
「デザートか。いいな」
オレの創作意欲に、火がついた。
よし、スイーツを出そう。
弁当であり、売り物じゃなくていいんだ。ガッツリして、運動終わりの女子が楽しめそうなスイーツを、作ってやる。
しかし、オレはスイーツの知識に乏しい。
一応アイデアはあるが、「あれ」は文化祭限定だからな。
「地方によっては、卵焼きを甘くする文化があるというけど」
おやつ代わりに、食べるものだそうだ。
「とはいえ、オレはそっち系の出身じゃねえんだよな」
オレにとって卵焼きは、塩の味である。
「スイーツを作ったことが、ありませんの」
「あるよ、一応……っ!」
オレは、あることを思い出す。
「ありがとう、デボラ。おかげで、アイデアが浮かんだぜ」
オレは、デボラの肩を抱く。
「は、ふぁい」
顔を赤らめて、デボラが視線をオレからそらした。
「よし。あのオヤジに聞いてみる」
「オヤジとは?」
「ドナシアンだ」
昔、オレは彼に頭を下げて、ウェディングケーキの作り方を教わった。
金曜日のモーニングを担当するカフェの店主、ドナシアン・カファロに。
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