第29話 廃船で、舟盛り
「皿に盛るだけじゃ、つまらん。いっそ豪勢に、本物の船に盛り付けよう」
本物の廃船を使って、舟盛りにすることにした。
異世界ならではの料理って、一度作ってみたかったんだよな。
「しかし、イクタのおやっさん。船体が潮でやられているが、大丈夫か?」
「そっかぁ」
だと、衛生的に厳しいか?
「安心せい。潮は取ってやろう。ちゃんと船を磨いて、木材を新調すれば、舟盛りとやらは造れるはずじゃ」
パァイが協力して、船を磨いてくれるそうだ。ならば、本物の舟盛りができあがるだろう。
「では、我々は船をお掃除します」
バケツと雑巾を持って、デボラがさっそく船に乗り込んだ。
「わかった。鮮度を保つため、時間を止めておこう」
船を掃除する時間と、魚をさばく時間を止める。これで何時間かかろうが、外の世界で影響はない。
「プリティカさん、ありがとうございます」
イルマが、船板にブラシをかけているプリティカに向かい合って、頭を下げた。
「えー? ウチはなんもしてないよー?」
船板を磨くプリティカの隣に、エドラも並ぶ。
「だって、おめえがヌシを釣ってくれたから、嵐が止んだぞ」
「たまたまだってー。また毒のあるお魚を釣ったよーって、ガッカリしてたもん」
「でも、嵐を止めたのはおめーだから、感謝だな」
「えへへー」
二人がやりとりをしている隣で、ペルも横並びに。
「そうだぞ、プリティカ。姐さんを助けてくれて、ありがとう」
「いいってー」
その後、和気あいあいと掃除が始まった。
オレは、クエに包丁を差し込む。ああ、魚をさばくなんて学食ではめったにないからな。本当は焼いたホッケとか出してやりたいのだが、あれはどうしてもツマミだもんな。
「一応、この世界でも刺身は普及しているんだったよな?」
醤油があるから、刺身文化もあるにはある。回転寿司屋があるくらいだし。
「女子も食うのか?」
学食で刺し身とかは、論外だ。魚の構造などを知る、いい機会だと思う。だが、この世界の女子が生魚を食うかどうかは謎である。気に入ってもらえると、いいが。
「食べる人もいると思うよ。あたしももらおうかな?」
ミュンも、食べる気満々だ。
「試合前だろ? 大丈夫か?」
「何事も経験だろ?」
「それもそうか」
クエで当たることはまずないだろうし。
キャロリネが、冒険者ギルドのスタッフを呼んでくれた。彼らにも、掃除を手伝ってもらう。
その間、ポントスには人を呼んでもらった。こんなの、オレたちだけでは食いきれないだろう。かといって、旅館には持って帰れない。アイテムボックスに入ったとしても、置き場所がないからな。
コイツは厳密には、ヌシのエサである。だが、メイルストロムモドキが度々引き寄せるため、コイツがヌシと勘違いする釣り人も多いらしい。
実際、エドラも間違えた。
とはいえ食うんなら、ヌシよりこっちだろう。
包丁を入れただけで、わかった。こいつは絶対に、うまい。
解体ショーを始めても、よかったかも。
廃船が、舟盛り用の皿に加工できた。
絶妙なタイミングで、観光客がやってくる。
「みんな、食べてくれ。こっちには、鍋をやっている」
アラや内臓は、大鍋に入れて煮込んだ。
「いただきまちゅ」
「どうぞ」
まず、エドラが刺し身を口に入れる。刺身と言っても、座布団くらい大きい。まあ、エドラなら食えるはずだ。
「……ああああ」
だらしなく、エドラが口からヨダレを垂らす。座布団サイズの刺し身が、あっという間に胃の中へ。
「溶けた。座布団が、口の中で溶けていったぞ」
食ったのは、脂が乗った背の方か。
「そうだろう。クエの脂って溶けるんだよ」
オレも味見してみたが、たまらなかった。
「身の方も、どうぞ」
「ふわい……おお、コリッコリ」
笑いながら、エドラは言葉にならない声を漏らす。
「たまりませんね」
イルマも、ご満悦のご様子である。
「プリップリだねー」
「こんな引き締まってらして」
他の生徒たちも、同じようなリアクションを取った。
なんといっても、鍋が一番売れたかも。
暑い夏に食う鍋ってのが、また格別なのだ。しかも、クエのダシが溶け込んだ鍋が、言いようのない味になっている。
「刺身も最高だったが、あたいは、鍋の身の方がいいな。活力が湧きそうだ」
アツアツな身を、キャロリネはバクバク食べていた。
「シメは、ラーメンにしてやるからな」
「ラーメン! それ最高じゃないか!」
ミュンの食いつきが、またハンパない。
「だいぶ余ったな」
あと一日、舟盛りを楽しめそうだ。
「もうさー、学食で出しちゃいなよ」
夏休みの宿題の途中経過を提出するため、夏期講習が行われるらしい。時期は、明日だという。
「夏期講習で刺身か。それもいいな」
刺身なんて、めったに食わないだろうし。
「でも、学長の許可が出るのか?」
「平気じゃろうて。吾輩がいいくるめてしんぜよう」
それは、頼もしい。
当日、刺身を細かくして、舟盛りにして振る舞った。
生徒たちもたいそう喜んでいる。
こうして、オレの愉快な夏は終わった。ほとんど、かき氷を作って終わったが。
~*~
二学期を迎える。
デボラの教室に、転校生がやってきた。
ローファーをカツカツと鳴らし、ショートカットの女生徒が教団の横に直立する。
「
また、にぎやかな教室になりそうだ。
(ヌシ釣り編 おしまい)
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