第24話 傷モン人魚姫と、焼きおにぎり

「忌々しい人魚族め! 温泉の恩恵は、テメエだけのもんじゃねえ!」


 ビキニアーマーの少女ペルが戦っているのは、首が何本もある大型の大蛇である。顔に異民族の化粧を施し、手足も首と同じくらいに細い。少女の刀による斬撃を、素手で受け止めていた。


「ふむ。人魚殿が戦っておるのは、スキュラじゃのう」


 パァイによると、どうやらあの怪物はスキュラというらしい。


 温泉から溢れてくる膨大な魔力に引き寄せられ、この地に根付こうとしているようだ。


「スキュラが根付いた土地は、どうなりますの?」


「あまり、よい環境にはならぬ」


 海も温泉も汚染され、泥沼のようになってしまうとか。


「存在するだけで、害になるバケモノだよー」


 プリティカも、スマホで検索をかけたようだ。


「あんな怪物相手に、たって一人で挑むとは。さすが人魚の一族よのう」


「ペルの姉御は、強いんでさぁ」


 スライムが、ペルを絶賛する。


 他の魔物たちを倒したのも、おそらくペルだろう。しかし、あんな大型の蛇が相手では。


「アル・セポネ組のシマを荒らしといて、首全部満足で帰れると思うなよ!」


「吠えるな小娘が! ペッ!」


「ちいい!」


 スキュラが吐いた酸のせいで、ビキニアーマーがわずかに溶け落ちる。懐に入りすぎたか。


「丸裸になっちまいな!」


「てめえなんかに見せる裸はねえよ!」


 ペルが、刀を逆手に持った。刀に、魔力を注ぎ込む。


 魔力を吸収して、刀身が紫色に輝く。


「こしゃくな!」


 またスキュラが、酸を放出した。


 しかし、刀の魔力が酸を消し去る。


「むう!」


「トドメだ!」


 スキュラの眉間に、ペルが刀の先を突き刺した。


 断末魔の雄叫びを上げて、スキュラが消滅する。


 これで終わったかと、思われた。


 しかし、スキュラの亡骸から放たれる魔力の残滓を狙い、他の魔物たちも集まってくる。


 スキュラを倒したばかりのペルでは、相手をするのは難しい。


「いよいよ、我々の出番のようですわ」


 デボラが、魔法剣を構えた。


 他の生徒たちも、戦闘態勢に入る。


「魔導書召喚。ゆけ、エイボンよ」


「ワフ!」


 パァイが、召喚魔法で犬型の魔導書を呼び出す。


 プリティカが魅了魔法を全開で撒き散らし、キャロリネが混乱した相手をぶっ飛ばした。


 大量に集まったとはいえ、しょせんは雑兵。ザコなど、リックワード学院の敵ではない。一〇分かからず、デボラたちは魔物を蹴散らす。


「みんなナイスだ。賢者殿がいれば、楽勝か」


「いやいや。吾輩はペル殿を治療したに過ぎぬ。お主らこそ、見事な働きぶりぞ」


 キャロリネとパァイが、互いを称え合う。


「ギルドの応援で来ましたわ。あなたは、大丈夫ですの?」


 互いに名乗り合い、デボラは無事を確認する。


「ああ。問題ない。助けてもらって感謝する。スライムも、よく助けを呼んでくれたな」


「姉御! ムチャはヤバイでヤンス!」


「悪かった。実家も大変だからな。戦力は少数でいいだろうと思っていたのだ」


 刀を納め、ペルが立ち上がった。しかし、お腹が鳴り始める。


「よろしければ、こちらを」


「なんだこれは? 黒い握り飯とは」


「焼きおにぎりというそうですわ」


「握り飯を焼くとは、珍妙な……もぐ。うま!」


 秒で、おにぎりがペルの胃へ消えていった。


「なんとも、リックワードは毎日、こんな美味なものを! ああ、うま!」


「こちらも海産物が豊富で、非常に潤っていると聞きましたわ」


「ああ。しかし、リックワードはここに勝るとも劣らねえ! うまうま!」


 結局、全員の分をペルはすべて食べ尽くす。


「すまん! おいしすぎて、みんなのことを考えておらなんだ!」


「結構ですわ。消耗していらしたし」


「いいや! あーしの気がすまん! 実家の温泉に、タダで入れてやろう!」


「イクタが帰りを待っていますから」


 せっかくの頼みだったが、デボラは断る。もう夜も遅い。連絡を入れたとしても、イクタは心配する。


「イクタとは?」


「このおにぎりを、作った人物ですわ!」


「なら、あいさつに行かねえと!」


 ペルも連れて、全員で帰ることに。



~*~

 


 デボラたちは、無事に帰ってきた。


「で、連れ帰ってきたと」


 ボーイッシュな見た目ながら、ペルという少女は発育がいい。ビキニアーマーのままなのも、目の毒だ。


「おう! あーしはペル・セポネ。セイレーン王アル・セポネの娘だ。よろしくな!」


 禁酒法時代を生き抜いてきた、マフィアみたいな名前だな。コイツの母親は。娘もヤンキーっっぽいから、そっち系列の家柄なのかも。


「ポントス様。温泉は無事に解放したから、安心してくれよな」


「それはありがたい。お母様にもよろしく」


「伝えておく。それで折り入って頼みがある。イクタとは、あんたのことか?」


 ペルが、オレに視線を向けてきた。


「先程の焼きおにぎりを、もっと食わせてくれ。あの味は、忘れられん」


「ウチらもお願い。食べてないの」


 全員分の食事を、ペルは一人で平らげてしまったらしい。


「わかった。その代わり、明日のバイトはあんたにもやってもらう。それでいいか?」


「構わねえ! 焼きおにぎりを食えるならな。接客業は任せろ」


 力こぶを作って、白い歯を見せた。





「らっしゃいらっしゃい! かき氷はいかースかー? ひんやり冷たくてうまいぜーっ!」


 翌日、ペルが働き始める。ハリセンをテーブルでバンバンと叩きながら。


 これじゃあ、バナナのたたき売りだ。


「うわー! 撫でるんじゃねえでヤンスよ! あっしはイメージキャラクターじゃねえでヤンスーッ!」


 マスコットのスライムのほうに、客が集まっていた。

 

(かき氷編 おしまい)

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