第16話 生徒会長と、おかゆ

「エドラの目的は、騎士の称号を得ることです。そうすれば、一応は貴族の仲間入りができます。なので、私との接点も強くなります。私の親に、何も言わせないと」


 委員長イルマは、エドラの姿を影で支えたいという。


「お前さんの気持ちは、よくわかった。だから、その醤油差しは使わないでくれるか?」


「このガルム入れですか?」


「瓶ごと、入れようとしたろ?」


 ガルムとは、古代ローマ時代から実在した魚醤のことである。異世界ではガルムが主流で、大豆から作った醤油は最近できた。


 異世界で「醤油を出すチートスキル」がよく出てくるが、醤油自体は割と普及しているっぽい。味が洗練されているかどうかは、ともかく。


「ていうか、おかゆに醤油なんて使ったら、雑炊に寄っちまうぞ」


 たしかに醤油入りのおかゆはあるが、味の濃さから病人には受け付けられないだろう。


「はい。がんばりますっ」


「魔力は抜くんだぜ」


「う……」


 言ったそばから、魔力が入っちまったか。


「しかし、手際はいいのに、どうして料理に差が出るのか?」


 同じようにデボラが作った分は、ちゃんとおかゆになっている。


 イルマが一生懸命な分、もどかしい。


「おそらくイルマさんの家系は、魔法を使うのが日常なのです。呼吸するように魔法を使ってらっしゃいます」


 メイドが食事を作っているのも、歴代でそんな感じだから、一族に料理をさせなかったんだろう、とデボラは言う。


「ですが、エドラ先輩を治したいというお気持ちは、本物ですわ。奇跡は起きると思いますわよ」


 イルマの想いが実ったのか、おかゆが無事に完成した。味見してみると、塩加減もちょうどいい。


「できました! イクタ師匠。ありがとうございます」


「礼はいい。早く持って行ってやれ」


 今頃、エドラは腹をすかせているはずである。


 デボラが鍋に保温魔法をかけて、温かいままにしてくれた。


 オレは、土鍋の上に小さな壺を乗せる。


「こちらは?」


「梅干しと、たくあんだ。学校に野菜を卸してくれている、ウッドゴーレムのモクバさんご夫妻っているだろ? 彼女から習って、オレが漬けた」


 これら漬物は、店で出しているものである。塩が足りないときは、いいだろう。


「はい。行ってきます。師匠、デボラさん。色々と、ありがとうございました」


「エドラ先輩の体長が良くなることを、お祈りしておりますわ」


「ありがとう、デボラさん」


 イルマが、食堂から出ていく。


「こけるなよー」


「はいー」



~*~

 


 エドラの家に到着した。


 さっそく、エドラのいる部屋へ。


 やはり疲れているのか、ベッドの上でエドラはうんうんとうなっている。


「おかゆを作ってきたわ」


「マジか。おめえ、お料理苦手じゃん」


「あなたがひいきになさっている、イクタというコックさんがいるでしょ? あの方直伝のおかゆよ」


「おお、イクタから習ったのか。だったら、絶対うまいはずだじぇ」


 換気をして、おかゆの鍋を開ける。


「おお。土鍋のゴトって音からして、うまそう」


 空腹だったのか、エドラは飛び起きた。


「熱いから、気をつけなさい」


 レンゲを使って、おかゆをすくい上げる。


「口を開けなさい」


 そっと、エドラに食べさせた。


「ああ、うんめえ」


 エドラは、ゆっくりと米を咀嚼する。


「あとこれ、梅干しというお漬物だそうよ」


「うおー。最高じゃん」


 壺を開けた途端、素手で梅干しをパクリと放り込んだ。


「お漬物って、そんなにおいしいの?」


「うめえぞ。特にイクタのは、めちゃうめえんだ」


 イルマは、あまり好んで漬物を食べない。薬草というイメージがあるからだ。研究対象であるため、仕方なく口に入れる感覚である。


「あの人、色々漬けてるよなー。カレーのラッキョウも福神漬けも、全部自家製だろー。超絶うめえんだよ」


 野菜を扱うウッドゴーレム夫妻から教わってから、イクタにとって数少ない趣味になったという。


「ああ、味がなくなっちまう」


 名残惜しいのか、エドラはアムアムと口の中で種をいつまでも転がす。


「そんなにおいしいなら」


 梅干しを、イルマも食べてみる。


「すっぱ!」


「それがいいんだよ」


「たしかにこれは、おかゆの塩加減で絶妙においしくなりそう」


 これは、自分用に持って帰りたい。家でおかゆを作って、この梅干しで食べてみたい衝動に駆られた。


「たくあんも、サイコー」


 漬物をバリボリと噛みしめる。


「これだけ食べられたら、明日は学校に行けそうかしら?」


「おう! 午前中だけだしな」


「よかった。じゃあ私は帰るから」


 カバンを持って、イルマは立ち上がった。


「気をつけてな。そうそう。コロッケ持って帰れ」


「ありがとう。いただくわ」


「あ、イルマ」


 突然、エドラがイルマを呼び止める。


「どうしたの? なにか欲しい物がある?」


「オイラ、絶対騎士になるからな」


「期待しているわ」


 エドラなら、きっといい騎士になるはずだ。


 それは、親友である自分が一番わかっている。



~*~

 

 

「イクタ、エドラ先輩の体調、よくなったそうですわ」


「そいつはよかった」


 喜んでいると、ドタドタとイルマがやって来た。


「イクタ師匠、料理を教わりに来ました。今日は、オムライスを教えてください!」


「なんだよ? なんでまた?」


 ウチの店は、料理教室ではないんだが?


「文化祭の模擬店でオムライスを出すことになったので」


「オムライスなら、カフェのオッサンに頼めよ。イルマは元々、あっちの常連だろうが」


 あっちはバリバリの洋食で、ソフトオムライスに定評がある。


「師匠がいいんです。あちらは上にケチャップで文字が書けないので」


 ああ、ソフトオムライスだからか。


「文化祭は、九月に予定しています。でも今から練習しておかなければ、間に合いません。どうか、お願いします!」


「だから、オレの店は料理教室じゃねえーっ!」

 

 

(おかゆ編 おしまい)

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