第4話 モッツァレラトマトつけ麺
医務室には、監督にも来てもらった。
目覚めたミュンに、事情を聞く。
「試合?」
「うん。マギボクシング部の」
ミュンがしょぼくれていた原因は、プロテストに向けての減量だった。
身体測定ではなかったのか。
「あと五〇〇グラム足りなくてさ」
「なのに、痩せづらい身体になっちまったと」
「もうほとんど何も食べてなくて」
「停滞期に入っちまったんだな」
人間の脳はある程度痩せると、体重を一定に保つ機能が働く。これが、停滞期だ。
ボディービルダーとかは、定期的にチートデイを設けて、わざと食事をするらしい。脳を騙すためだ。
とはいえボクサーがそれをマネても、余計に贅肉がついてしまうだろう。
「魔法使いって聞いたが、なにか特別な料理なんかは食うのか?」
監督に話を聞いてみる。
「たしか魔法使いってのは、好物を消費して魔法を使うんだよな?」
「うむ。『脳を酷使するから、魔術師は甘いもの好き』というのは、ただの迷信だ」
実際の魔法使いは、なんでも口にする。辛いものが好きな者もいれば、酒好きもいるのだ。
そのため、減量するには相手の好みを聞いておかなければ。
「お前さんは、ラーメンでいいんだよな?」
「うん。でも、糖質やカロリーまでは、ボクシングや魔法だけじゃ消費しきれないんだよね」
ということは、普段は結構な大食漢なのか。
できれば、ガッツリ食わせてやりたい。
「わかった。ダイエットメニューを考えてやる」
「ほんと!?」
とは言ってみたものの、なにかいいアイデアはないものか。
翌朝、仕入れのお姉さんが来てくれた。
「おはよ~ございま~す」
ドリアードのモクバさんである。見た目はパペットで、種族はウッドゴーレムだ。髪の一部がツタになっていて、一本おさげに結っている。
「いつも、ありがとうございます。ご亭主はお元気ですか?」
「は~い。あちらで突っ立っていますよ~っ」
校庭を見ると、一本のカカシがカラスを目だけで追い払っていた。あの方が、モクバさんのご亭主だ。
モクバさんは私立リックワード女学院・魔法科学校のOBであり、一家で校庭を菜園にしている。
ポーション用の薬草や、学食用の野菜を作るのが主な仕事だ。
我ら学食班の、要である。
彼女らがいなければ、学生たちに安く料理を提供できない。
「あの、ものは相談なんですが、ちょいと事情がありまして」
オレは、生徒がダイエットで悩んでいると話す。
「では、トマトなんていかがでしょ~?」
「それは考えたんですが、もっとガッツリ食わせてやりたくて」
「わかりました。歪なトマトが大量に出てしまったので、こちらをタダでお譲りします~」
カゴいっぱいに、トマトをもらう。たしかに、どれも形が悪い。
「いいんですか? こんなにたくさん」
「構いませんよ~。ジュースにして、トマト味ポーションにしよっかな~って思っていたクライなので~」
ジュース……それだ!
「おっちゃん。いつもごめんね」
昼食時、ミュンはまた、サラダだけの食券を買いに来る。
「放課後、また来てくれ。今日はおまえさんのために、特別メニューを考えてやった」
「うそ。マジで!?」
「ああ。ラーメンだ」
「ラーメン! ああ、食べたい!」
ラーメンの言葉を聞いただけで、ミュンの目がシイタケのように輝いた。
放課後……。
オレは、ミュンを食堂に連れて行った。コーチや他のボクシング部員たちにも来てもらう。ちゃんとした―メニューかどうか、チェックが必要だからだ。
「おまちどう。モッツァレラチーズとトマトのつけ麺だ」
時間操作魔法で、なるべく時間をかけずに提供する。
「おお、トマトのいい香り」
トマトをペースト状にした『つけ麺』だ。モッツァレラチーズが中に入っていて、二種類の麺を楽しめる。
「モッツァレラチーズとは、随分とシャレた味なのだな? 口当たりは濃いのに、ヘルシーな気がする」
タンパク質の補給もできて低糖質なのが、モッツァレラの売りだ。
「この油、しつこくない! なにこれ?」
「サバ缶だ」
モッツァレラトマトといえばオリーブイオイルなんだが、今回はサバの油を活用した。ダイエットにも、多少の効果があるらしい。
「普通の麺もおいしいけど、こっちの麺もめちゃウマ! でも、小麦粉は使っていないよね?」
「コンニャクだ」
糖質を抑えたいときに、こちらを提供しようかと考えている。スープが麺に絡むかどうか心配だったが、スープをペースト状にしたのは正解だったようだな。
「ああ、おかわりしたい」
「さすがにそれは、ガマンしな。で、監督、どうだろう?」
「いいじゃないか! これは採用だ!」
監督からも太鼓判を押してもらって、正式にメニュー化が決定した。
……までは、よかったんだけどな。
「大将! あたしもつけ麺!」
「私も!」
その後、トマトつけ麺フィーバーはとどまるところを知らず、身体測定後も収まらなかった。
「おっちゃん、いつもの! それと、トマトつけ麺も!」
元気になったミュンが、しょうゆラーメンをリクエストする。
「おっ、もういいのか?」
「おっちゃんのおかげで勝ったよ! プロテスト合格!」
賞状を手に、ミュンがガッツポーズを取った。
「パピヨン・ミュン。プロテスト合格おめでとうございます」
「ありがとう、デボラちゃん! あたし、がんばるからね!」
ようやくミュンにも、しょうゆラーメンを食える日常が戻ってきたみたいだ。
「見てみておじー。三キロやせたー」
身体測定の結果表を、ギャルがオレに見せてくれた。
ピースサインをするギャルは、女子からのジェラシー満載な視線に一切気づかない。
(トマトつけ麺編 おしまい)
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