第3話 空腹との戦い

 スポーツ系魔法使いであるミュン・イニオンが、毎度のように校舎の三階から降ってきた。しかし、今日は飛距離が伸びていない。


「おっちゃん、今日はラーメンいいや。サラダちょうだい」


「あ、ああ。大変だな」


 さっきの身体測定の話を聞いてしまったため、オレは勘ぐってしまう。イカンな。お客さんのプライバシーを盗み聞きしては。


「わかる? そうなんだよ。減量でさ」


 お腹を擦りながら、ミュンが苦笑いをした。オレが作ったツナサラダを一瞬で平らげて、また三階に飛んで帰っていく。その背中も、寂しそうだ。


「ミュン先輩、いつになく飛距離が伸びていませんわね」


 皿を洗いながら、デボラが空を見上げる。


「おまえにも、わかるか?」


 ま、いっか。


「デボラ。忙しくなるから皿洗いよろしく」


「かしこまりましたわ。イクタ」




~*~




「どうしたミュン! まったく気合が入っていないぞ!」


 ボクシング部のコーチから、檄が飛ぶ。


「集中しろ! 今は、試合のことだけ考えるんだ!」


 コーチが、魔方陣で手にミットを作り出した。


「はいコーチ!」


 気合を入れ直して、目の前のミットに食らいつく。


 しかしミット打ちも、快音が鳴らない。


 コーチに指摘された箇所を、直していく。


 やはり、食べないと力が入らない。


 体調管理には、人一倍気を遣っていたはずなのに。


 ああ、段々とミットがホットケーキに見えてきた。それか、チャーシューか。


 ブルンブルン揺れるコーチの胸は、その形と白シャツも相まって「肉まん」と形容される。だが、今は本物に見えてきた。


「なにをしている? ヨダレが出ているぞ!」


「はいコーチ! いただきます!」


 コーチの肉まんに、ミュンが飛びつこうとする。


「違う! 今はクリンチのときじゃないぞ!」


 顔を抑え込まれ、肉まんにはたどり着けない。


 結局、ミュンは調子が直らなかった。


 雑念を払うように、サンドバッグに感情を叩き込む。その形すら、ウインナーに見えてきた。もしくは、切る前のチャーシューか。


 休憩時間となり、コーチが心配げにミュンへ水を差し出す。


「ミュン、なにがあった? いつものパンチなら、魔法製ミットを叩き潰す勢いじゃないか」


「な、なんでもありませんよ」


 ペットボトルの水を、舐めるだけにとどめた。

「ちょっと走ってきます」と、ミュンは部室を飛び出す。


 なんとかして、食への欲求を振り払わないと。


 しかし、さっきから漂うこの甘い香りはなんだ? どこまでもミュンを誘惑する。


 誰かが、ポーションの実験をしているのか。


 香りの先を追いかけると、発生源はやはり学食からだった。


 

~*~


 

 夕刻。

 魔法学校でも、この時間になると放課後を迎える。


 オレの前に、妙ちくりんなお菓子が並んでいた。


「おい、これはなんだ?」


「見てわかりますでしょ? アフタヌーンティーのセットですわ」


 デボラが「渾身の作品ができたから見てくれ」というから、見てみれば。


 歪なデザインのケーキに市販のお菓子をぶっ刺し、景観を台無しにしている。これでは、カツサンドも浮かばれない。


「それに、なんだこの匂いは?」


「ハチミツポーションですわ。おいしくて、身体にもいい。実質カロリーゼロですわ」


「先に行っておくぞ、デボラ。そんな魔法は、存在しない」


 色々文献を漁ってみたが、やはりカロリーをオフにできる魔法は、誰も開発していなかった。できなかったのが、正しいんだろう。


「にしても、お前さん。なんでこんなところは、ムダに器用なんだよ?」


 ただでさえ食べにくいマカロンを、縦に積み重ねるとは。


「魔法使いたるもの、どうしてこんなこともできないのかと」


 ダメだ。こいつにとってはこの状態が普通すぎるのだろう。変なところで、常識がない。


「あのなデボラ。マカロンタワーってのは、専用の土台があるんだ。たとえば、こういうやつを」


 透明な三角柱型のタワーを、床下収納から取り出す。


「随分と、準備がよろしいんですわね」


「どうってことはない。こいつは、ウェディングケーキ用のスタンドだ」


「まあ、イクタ! ようやくわたくしと結婚を考えてくださったのね!」


「しーまーせん!」 


 手を叩くデボラを放っておいて、と。


「なんで、そんなものが学食にありますの?」


「前に卒業生が、ここで結婚式を挙げたんだよっ」


 平たく言うと、男性教師と生徒がゴールインしたのだ。オレから見ても不順極まりない交際だったが、相手が妊娠したので責任を取ったという。教師をクビにすることを条件に、生徒の退学は免れた。


「ロマンチックですわ」


「オレからしたら、職を失うほうがおっかねえ」


「夢がありませんわねぇ、イクタは」


 いらねえよ。生徒とイチャつく夢なんて。


「で、これはマカロンタワーの土台にするんだよ。こうやって」


 一部だけに、マカロンを壁に寝かせながら積み上げていく。



「なるほど。二人の共同作業ですわね」


「言ってろよ」


「ふんふんふーん」


 デボラも一緒にマカロン積みをする。しかし……。


「ひっ!」


 急に、デボラの声がひきつる。


「どうしたデボラ?」


「あれですわ!」


 デボラが、窓壁を指差す。


 一連の作業をじーっと見つめている少女がいた。


「おいデボラ、……あれ、ミュンじゃねえか!」


「ホントですわ! でも随分とやつれて」


 二人で、ミュンの様子をうかがう。


 ミュンは、学食の窓壁をズルズルと沈んでいった。とうとう、床に寝そべる。


「おい大丈夫か!?」


「ミュン先輩!」


 オレとデボラで、医務室までミュンを運んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る