第109話 ※レナート視点
レナートはその日、皇宮で皇族と貴族との会議に出席し、会議後に世界樹の場所にやってきた。ずっと代わり映えのない世界樹。つまり平常なわけで、それが一番いいことだ。
レナートには珍しく溜め息を吐いた。世界樹を見るとリディを思い出す。
レオポルドがリディに求婚して、早半年が過ぎていた。それからというもの、レナートが帝都にいる間は、ほぼ毎日レオポルドが「リディと結婚させてください」と言いにやって来る。
早く諦めればいいのに、諦めの悪さは皇族の血にでも引き継いでいるのか? 昔、ヴィヴィアン皇女も、うっとおしいくらいレナートを諦めなかったことを思い出す。
人の気配を感じ、レナートは後ろを振り返った。
「陛下」
レナートが一礼すると、皇帝は片手を上げてレナートの隣に立ち、世界樹を眺めた。
「今日も世界樹は変わりないようだな」
「はい」
「我々の新芽……公爵令嬢は今日も息災か?」
「元気が有り余っているようです」
「ははは、そうか。それは何より。……まったく、公爵令嬢が新芽なら、もっと早めに言ってくれたらよかったものだが」
「それで、娘が皇宮に奪われては敵いません」
「皇宮で大事に育てることもできたのだぞ」
「それは娘の望みではありませんし、何もできない子にはしたくなかったので」
「……まあ、公爵のやり方は正しかったのだろうな。公爵令嬢の全てが好ましくて仕方ないのか、孫が相当夢中だぞ」
皇帝はレナートを見た。
「それでだがな、公爵。公爵令嬢と我が孫の縁談に、そろそろ頷いてくれると嬉しいのだが」
「レオポルド殿下には、幾度となくお断りをしているのですが」
「お互い好きあっているから、いいではないか。私が言うのもなんだが、レオポルドは本当に良い男だぞ?」
「陛下は身内に甘くておられるので」
「公爵も人のことは言えぬと思うぞ……」
そうはいっても、皇帝は散々ヴィヴィアン皇女のことでレナートには迷惑かけたと思っているようで、これ以上強気には出られないようだ。
「そういえば、陛下。お願いがあるのですが」
「なんだ」
「大昔の皇帝に頂いた竜の心臓の宝石ですが、もしまだあるなら、お譲りいただけませんか?」
リディがレナートを呼び出すために利用した竜の心臓の宝石。あれは一度きりで使えなくなってしまったため、もう一つ欲しい。
「公爵は簡単に言うが、あれは貴重なものだぞ」
「承知しております」
「……分かっておる。新芽の公爵令嬢に持たせておきたいのだろう。……よかろう。ほかならぬ新芽のためだ。後程持ってこさせよう」
「ありがとうございます」
竜人族の末裔だから、多くはなくともあと数個は存在すると予想していたが、正解だったようだ。
「それと、公爵。新芽である公爵令嬢には、孫との婚約が成立したら、少し早いが皇宮でも魔法が使えるようにしようと思っておる。そうすれば、皇宮で何かあろうとも、公爵令嬢が自分でなんとかできるようになるだろう。剣も魔法も相当手練れと聞いておるぞ」
「そうは言われましても、婚約には頷けません」
「無理強いはせぬ。ただ、少しは孫の手助けがしたいだけだ」
レナートは眉を寄せた。リディは時々、宮殿のレオポルドのところへ遊びに行っている。恋人など駄目だと言っても、まったく聞きやしない。それどころか、レオポルドと付き合っていることがレナートにバレて以降、レオポルドとどうしたこうしたと嬉しそうに報告してくる。正直、聞きたくない。
まあ、子供というのは、いずれ親より好きな相手の方が大事になっていくのは分かっている。
レオポルドに会いに行くなら、いつまでも魔法が使えない皇宮をうろうろとさせるのも正直心配だった。前回のようなことは二度とないとは思うが、いつリディを殺そうとする者が近づくか分からない。普段の魔法が使える今のリディなら負けることはないが、魔法が使えない皇宮ともなると、そうはいかない。だから、婚約すればリディが皇宮でも魔法が使えるようにするという皇帝の申し出は、正直欲しい手段ではある。
皇宮からラヴァルディの屋敷に帰った時、ちょうどリディがリンバルム学園から帰ってきたところのようだった。そして、リディの傍にはレオポルドがいる。
レオポルドは学園を卒業し、リディは二年生になった。レオポルドが卒業したことで、リディの毎日の送り迎えはなくなったが、それでも、週に二回ほどはリディを学園まで迎えに行っているようだ。レオポルドは今日の皇宮の会議で会ったが、その後、すぐにリディを迎えに行ったのだろう。
レオポルドのエスコートで馬車を降りたリディは、レナートに気づき、嬉しそうに走ってきてレナートに抱きついた。
「パパ、ただいまー!」
「おかえり」
リディの後ろから、レオポルドがやってきて口を開いた。
「公爵、先ほどぶりですね。――リディとの結婚を許していただけませんか?」
「今日もお帰り下さい」
「……また来ます」
最初の求婚こそレオポルドは遠慮がちで、かつ緊張しながらレナートに告げていたのに、最近では慣れたのか、毎回挨拶のように求婚していく。
「レオ、またねー」
リディの手の甲にキスをすると、レオポルドは帰っていった。
それから、リディと場所を執務室に移し、休憩がてらリディはクッキーと紅茶、レナートはコーヒーを嗜む。
「明日はパパは領に帰っちゃうよね」
「ああ」
「地下世界の行き来の約束が、もう少し緩かったらいいのにね。そしたら、毎日パパに会えるのに」
地下世界へはラヴァルディの闇の魔法を使えば、場所は関係なく行き来できる。しかし、それは国との約束で、一応縛られている。帝都での地下世界への行き来は、場所が決められているのだ。
もし、リディがレオポルドと本当に結婚するなら、そのあたりも、リディだけでも多少は緩くしてもらう必要があるだろう。そう考えて、内心苦笑した。結局レナートは、リディの結婚を許すことになるのだろう。いつのまにか、それを少しずつ受け入れ始めていることに気づいた。
「リディ」
「うん?」
「そんなにレオポルド殿下と結婚したいのか」
「うん」
「なぜだ」
「だって、レオが好きだもの。私がラヴァルディかどうかは関係なくて、ママがベルリエでも気にならなくて、新芽かどうかもどうでもよくて、皇子の妃というより、レオは私が妻になってくれれば嬉しいんですって。毎日傍にいて、互いに笑えることが嬉しいって素敵だなって。私もレオが皇子かどうかなんて、どうでもいいもの。レオは最初からレオだから。レオが私の隣で幸せにしてくれたら、私は嬉しい」
「……」
「そんな人と出会えることって、奇跡に近いと思うんだ。だから、絶対に手放したくない」
「……」
「私は、パパとも奇跡に近い出会いだと思ってるよ。世界から排除されようとしていた私を、パパだけが見つけてくれた。パパだけは私を必要としてくれた。守ってくれた。だから、パパも絶対に手放したくないの」
そうだ。奇跡的な出会いだった。売られるために捕まっていたリディが、まさかラヴァルディの血筋で新芽とは、本当に偶然かと疑いたくなる奇跡。それでも、何度も回帰しているレナートが、今回初めて奇跡的に手にした可愛い娘。不遇で不憫だったリディを、幸せにしたいと思った。いつまでも、レナートの傍で笑っていて欲しい。それは、リディの願いを受け入れてやるのも、もう一つの幸せへの一歩だろう。
「……レオポルド殿下との結婚を許そう」
「え……本当に?」
「ああ」
リディは満面の笑みを浮かべ、レナートに抱きついた。
「ありがとう! パパ!」
まだまだ子供で甘えたがりな可愛い娘。これは娘を手放すのではない。娘の幸せを一緒に掴んであげるだけだ。
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