第108話 ※ブリス視点

 週末、ラヴァルディ領にある兄上の執務室では、ちょっとした問題が起きていた。ブリスは兄上とリディの会話を少し戸惑いつつも、とうとう来たか、という思いで聞いていた。


「ねぇ、パパ。レオから私に求婚する書状って来た?」

「来てない」

「嘘! レオは出したって言ってたもん! それでね、明日、夜に帝都に戻るんじゃなくて、昼過ぎにパパも私と一緒に戻ろ? レオがパパに話があるんだって」

「俺はない」

「もう! お昼はパパとレストランで食事デートがいいなぁ! それから、そのまま帝都に戻ればいいよね!」


 すでにリディの中では、兄上の返事がどうであろうが、レオポルド殿下が求婚していることも、明日の昼に帝都に戻ることも、兄上との昼食デートも、全て確定事項のようだった。兄上の返事にはお構いなし。


 確かに、レオポルド殿下からリディに対する求婚状とは届いていた。しかし、これまでリディに届いている貴族の子息との縁談は全て断っており、いくらレオポルド殿下といえど、すでにお断りの返事を出している。レオポルド殿下が兄上を訪ねたい、という連絡も来たが、これにも断っている。


 兄上はリディに甘いが、さすがに求婚は受け入れがたいのだろう。あえてリディの話を聞いていないような兄上に、リディが眉を下げて兄上の膝に乗った。強制的に兄上に話を聞いてもらうためだろう。


「パパ、明日はとりあえず、レオのお話を聞いてね。それから、どうするか話し合いましょ?」

「話し合うも何も……」

「……? レオの求婚の書状ね、私にも見せて?」

「来てない」

「もう~。どうせ断ったってことでしょ。書状は取ってる?」

「捨てた」

「やっぱり来てたんだ」


 「見たかったのになー」っと言いながらリディは残念そうにしているだけだ。兄上が捨てたと言っているのに、捨てたことには怒っていない。まあ、予想がついていたのだろう。


 結局、次の日はリディの強制により、兄上は昼食デートをして昼過ぎには帝都へ戻った。


 そして、お茶をする時間。レオポルド殿下がラヴァルディ邸にやってきた。応接室には、最高に機嫌の悪い兄上と、前の席に緊張の面持ちのレオポルド殿下、そしてニコニコと機嫌のいいリディが兄上の隣に座っていた。ブリスはそっと兄上の斜め後ろに立つ。


「ラヴァルディ公爵、リディとの結婚のお許しを頂きたく、挨拶に参りました」

「お断りしたはずですが」

「了承いただけるまで、何度でもお願いに参ります」

「結構です」


 兄上は取り付く島もない。リディはやっぱりと言いたげに苦笑した。


「じゃあ、レオ、明後日までパパは帝都にいるから、パパの予約を明日と明後日いれておく?」

「毎日来るつもりか?」

「だって、今日はこのくらいにしておかないと、パパ泣いちゃうかもしれないし」

「結婚などリディにはまだ早い」

「すぐに結婚するんじゃないんだよ。早くても学園を卒業してからだから、二年後以降だよ、パパ」

「二年後も早い」

「えー……レオが好きだから、二年後は結婚したいな」


 イラっとした顔の兄上がリディを見た。一方、レオポルド殿下は、少し動揺している顔でリディたちを窺っている。


「だいたい、なぜいきなり求婚なんていう話になる?」

「王侯貴族の求婚は普通、いつもいきなりじゃないの?」

「レオポルド殿下とは、それだけじゃないよな?」

「え?」

「付き合ってるんじゃないのか」

「え!」


 若干頬を染めたリディは、口を開いた。


「パパ、もしかして気づいていたの?」

「リディは分かりやすい」

「なんだぁ! だったら、言ってよぉ!」

「は?」

「本当は、ずっとパパに言いたかったんだ! でも、パパはヤキモチやくかなーって、反対されるのも嫌だから、言えなかったの」


 リディ、よく見て。兄上の額に青筋が立っている。


「俺は恋人を作るのは駄目だと言ったはずだが」

「だって、パパかお兄様と恋人ごっこしか駄目なんて。友達はパパと恋人ごっこはしないって、みんな言ってたよ」

「……」

「それに、婚約者じゃなくて恋人の場合は、両親に教えないのも普通なんだって。パパもおじい様に恋人がいるって言ってなかったんでしょ?」

「……」


 リディの言う通り。兄上は機嫌が悪いまま黙った。そしてレオポルド殿下は青くなっている。


 兄上はイライラとした表情のまま、リディからレオポルド殿下に視線を変えた。


「レオポルド殿下、帰って頂けますか」

「……はい。また来ます」


 一礼して去っていくレオポルド殿下、そして、互いに無言で見つめ合う兄上とリディ。眉を下げ、リディは口を開いた。


「お願い、パパ。私ね、レオが好きなの。だから、結婚させてほしいな」


 兄上は眉を険しく寄せた。これはトドメかな。


「……なぜ殿下なんだ。少し前までただの友達だったはずだろ」

「好きって言われたの!」

「……『好き』に対する耐性を付けさせた方がよかったか?」


 兄上はぼそっと呟いている。


「俺がいつも愛してるって言ってるだろ」

「パパの愛はいつもないといけなくて、レオの愛も欲しいんだもん」

「欲張りな奴だな」

「パパに似てるってことだよね! 親子だもんね!」


 兄上は、リディには勝てない。


「パパ、反対してもいいけど、いつかは了承してね」

「……」


 嫌だと兄上の顔に書いてある。

 リディは若干不安そうな顔をし、兄上に抱きつく。


「パパ。私がわがままを言ってるのは分かってる。でも、私を嫌いにならないでね」

「なるわけないだろ」

「じゃあ、ずっと傍にいてね」

「俺がずっと傍にいてやるから、殿下はいらないんじゃないか?」

「レオもいるの」

「……」


 兄上は舌打ちしたそうな表情をした後、リディを抱きしめた。


「結婚なんて一生しなくてもいいのに」

「レオと結婚したいのー」


 しばらく、この親子はこの問答を続けそうだな。ブリスは今日の緊張感は去ったと、兄上の後ろから去るのだった。

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