第107話

 学園の帰りの馬車、相変わらずリディはレオと一緒に帰っている。そして、いつものように馬車の扉が閉まって動き出すと、レオはリディを片手で抱き寄せ、頬にキスをする。


 レオは片手でリディの腰に手を回し、口を開いた。


「通学の間だけじゃ、リディと会う時間が短いな」

「いつも一緒に通学してくれてありがとう。でも、前の馬車事故みたいなのはもう起きないと思うし、そろそろレオが一緒に通学しなくても大丈夫だよ」


 前の馬車の事故は、先日処刑されたベルリエ公爵が犯人と分かっている。もう同じようなことは起きないだろう。レオが心配して一緒に通学してくれていたけれど、甘え続けるのもいけないよねと思っていた。


「……リディと会う時間が短いって言っているのに、一緒に通学する時間も無くされるのは困るな」

「でも、毎日じゃあレオが大変でしょ? 生徒会で忙しい時期もあるし」

「まったく大変じゃないよ。少なくとも、俺が卒業するまではリディと通学したい」

「そう? ずっと一緒に行ってくれるなら、私は嬉しいけど」

「……本当に嬉しい?」

「うん。レオとは学年も違うから、一緒に通学しないと会う時間がないんだなって前に思ってたから。もっと会う時間を作りたいけど、レオも私も仕事もあるから、なかなか時間も合わないものね」


 レオがリディの額に頬を付けた。


「本当に会う時間が足りないよ……早く結婚したい」


 レオの実感がこもった声音に、「そうだね」と言いながら笑っていると、「そうだ」とレオが体ごとリディを向いた。


「そろそろ、ラヴァルディ公爵にリディと婚約したいって伝えに行こうと思ってる」

「……? レオが来るの? うちに?」

「うん」

「普通は書面での依頼が最初じゃないの?」

「書面でも送るよ。でも、公爵には俺が本気だということを伝えたいんだ。……まあ、断られるんだろうけど」

「うーん……、そうね」


 誤魔化しても仕方がない。きっとパパは断るだろう。


「私も、陛下や皇太子殿下たちにお会いして話した方がいいよね?」

「ん? ああ、そうだね。でも、リディは婚約が成立してからで大丈夫だよ。陛下や母上たちには、もう伝えてあるから」

「え、そうなの!?」

「俺が十三歳くらいの時には、もう俺の気持ちは伝えたから」

「そんなに前!?」

「その頃には、俺の婚約者候補選別が始まってたから。何も言わないと、俺の気持ち関係なく決められたら困るし」


 そうか。レオは皇子だから、そういう話も早めに上がるのは普通だろう。リディにだって、縁談が来てるとブリスに聞いている。貴族の子女はそんなものだろう。

 それよりも。


「レオって、そんなに前から私が好きだったの?」

「うん。さらにもっと前から好きだったよ」

「……っ」


 胸がドキドキとする。そんなに前からのレオの気持ちには全然気づいていなくて、なんだか惜しいことをしたような気分だ。


 ただ、ふと不安に思う。リディは普通の皇子の妻のようにはいかないだろう。


「陛下や皇太子殿下たちは、私と結婚するなんて言ったら怒ったりしない? 私ってラヴァルディの後継者でもあるし、普通の皇子妃とは違うから」

「怒らないよ。皇子や皇女に結婚したい相手がいるなら、一応身分とかの調査はあるけど、貴族であるなら反対はない。皇子妃の仕事はあるけど、ほとんど社交のようなものがメインだよ。そのあたりはラヴァルディの後継者としてもやるようなことだから、同時進行できるしね。父上は母上の仕事を手伝ったりしているけど、あれは性分というか、やりたくてやっているようなところがあるから。リディはラヴァルディとしての仕事をメインにすればいいよ。それで、俺の妃として、毎日俺に甘えてくれると嬉しいかな」

「……甘えるだけでいいの?」

「あ、じゃあ、甘えて、毎日好きって言って」


 リディの将来の夫の要求が甘すぎる。いいのかな、幸せ過ぎるな、とリディは胸のドキドキが止まらないのだった。

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