第106話 ※レオポルド視点
明日からまた平日が始まる、という前日の昼。
最近の慌しい日々もようやく落ち着き、レオポルドは久しぶりにのんびりと昼を過ごしていた。さきほど昼食をして、レオポルドのこじんまりとした温室のベンチで、ゆっくりと本を読む。ベンチのレオポルドの隣には、猫が二匹昼寝をしていた。
そこに侍従が近づいて来る。
「レオポルド殿下、ラヴァルディ公爵令嬢がお越しです。ご案内してもよろしいですか?」
「え? もう? もちろん、いいよ」
リディとは今日のおやつの時間にお茶会の約束をしていたが、予定よりずいぶんと早い。早く会えて嬉しいので大歓迎だけれど。
温室の入り口にリディの姿が見える。リディはレオポルドに気づくと、ぱっと笑い、走ってきた。
「レオ~!」
走ってそのままレオポルドに抱きついたリディは、顔だけ上げてニコニコと笑みを浮かべた。レオポルドはリディの額にキスを落とす。
「レオに早く会いたくて、早めに来ちゃった!」
「嬉しいよ。今日は少し長い時間一緒にいられるね」
「うん!」
早く会いたかった、というリディに気持ちが上がるが、早まるなと心を落ち着けようとする。リディは時々早めに皇宮に来ることがある。ただ、それは世界樹を先に見に行ったりするからだ。ただ単にレオポルドに会いたい、というわけではないはず。リディにとってレオポルドより世界樹のほうが、まだ優先順位は高いはずだから。
そのように予防線を心の中で張りつつ、口を開いた。
「今日も世界樹を見に行っていたの?」
「え? ううん? レオのところに直接来たよ」
「……そうなんだ?」
あれ? 直接来たと言っている。普通にすごく嬉しい。
レオポルドは、気持ちが高ぶって、リディを抱きしめた。
「ふふ。レオー?」
「好きだよ、リディ」
「私もレオが好き!」
リディから体を離すと、リディが笑みを浮かべた。可愛い。できれば、もう少しリディを抱きしめていたいけど、リディはお茶会にやってきたのである。
「これからどうしようか。お茶の時間には少し早いから、しばらく俺に抱きしめられながらおしゃべりする? それとも、少し早いけどお茶会にする?」
リディはきょとんとした顔をした。うん、分かってる。自分でも変な二択を聞いている自覚はある。それでも、ほんの少しでも可能性があるなら、リディを腕の中で独り占めする気分を味わいたい、という願望があった。まあ、食べることが好きなリディは、間違いなく後者を選ぶだろう。
「じゃあ、しばらくレオに抱きしめられながらおしゃべりしようかな!」
「……うん」
あれ?(再び) どうなってる? リディが食べ物よりレオポルドを選ぶとは。あ、あれか? まだ昼食をした後だから、お腹が空いていなかったのかもしれない。たぶん、本当にレオポルドが食べ物に勝てたわけではないはず。と、再び予防線を張る。
レオポルドはリディと手を繋いで、先ほどまでレオポルドが座っていたベンチに近づいた。相変わらず猫二匹がベンチの半分で寝ていて、空いているのは一人分だけ。
「えっと、リディ。リディを抱いて膝に乗せていい?」
「いいよ」
リディが両腕を広げてみせた。あれ?(再び) いつもだったら、もう少し躊躇するかと思うのだけど。なんだか今日のリディは甘えモード? 可愛すぎる。
リディを横抱きにして、レオポルドはベンチに座った。そして、リディを膝に乗せる。
リディはニコニコと機嫌がいい。
「今日ね、朝からレオに早く会いたいって思ってたんだ」
「……俺も会いたかったよ」
「最近、レオの夢を見たりするの。そしたら目が覚めた後、会って声が聞きたいって思うんだ」
「俺もいつもリディに会いたいって思ってる。早く毎日一緒にいられる関係になりたい」
「……それって、結婚ってこと?」
リディが首を傾げる。至近距離でレオポルドを見つめる目は、どこかレオポルドを落ち着かなくさせる。
しかし、しまった。本音を言い過ぎた。まだリディを焦らせるつもりはなかったのに。
「……うん。リディと結婚したいって前に言ったでしょう。だけど、今すぐってわけじゃ――」
「いいよ」
「いいよ……いいよ?」
「うん。結婚するのよね?」
「……え? いいの? ……本当に? 恋人ってだけじゃなくて、結婚もしれくれる?」
「うん」
え? いいの? 驚きすぎて、リディをまじまじと見てしまう。結婚と言う名の別の意味の話をしているのではないだろうか。ケッコン……血痕とか?
「でも、すぐにってわけじゃないでしょ? まだ私は学園の一年生だし、結婚って私が卒業してからだよね?」
「そ、うだね……?」
「だったら、しばらくは婚約者ってことになるのかな?」
あれ? やっぱり、リディは結婚について話をしている気がする。レオポルドの願望からくる幻聴でないなら、今リディは、レオポルドの求婚に答えてくれたことになる。いつもより鈍すぎる頭が追いついてくると、レオポルドの中にじわじわと喜びが広がった。
リディを抱き寄せる。
「ありがとう、リディ! まさか、こんなに早く結婚に了承してくれるとは思ってなかったから、すっごく嬉しい!」
「……私もね、結婚はまだまだ先だと思ってたけど、レオとはこれからもずっと一緒にいたいって、ずっと一緒にいられる未来が想像できるなって思ったら、私もレオと結婚したくなったの」
リディを体から離す。レオポルドはなんだか泣きそうだった。隠しつつも、ずっと追い求めていたもの。愛しいリディの傍にずっといられる権利がもらえるとは。普段希望を抱きすぎないよう、予防線を張るなどしてセーブしていた。それでも、リディが傍にいれば愛しさが溢れて、リディを抱きしめられずにはいられなかった。リディが好きだから。
「これから楽しい事だけでなく、辛い事や悲しい事、大変に思うこともあるかもしれないけど、リディは俺が支えるよ。ずっとリディだけを愛すると誓う。リディが好きで、愛してるから。だから、リディ、俺と結婚してください」
うるっと涙を浮かべ、リディは微笑んだ。
「レオが辛い時、悲しい時、大変な時は、私が支えるね。私も、あ、愛してるから! だから、結婚をお受けします!」
互いに笑みを交わし、レオポルドはリディを抱き寄せた。
「永遠に大事にするよ、リディ」
「レオ、ずっと一緒にいてね」
これからも色々とあるだろうけれど、リディだけは絶対に諦めたりしない。幸せを感じると共にそう自分にも誓った。
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