第105話
ベルリエ公爵の死刑が決行された。毒杯による死刑であった。これは、皇宮内で秘密に行われる死刑の一種で、一瞬で死ぬ毒ではなく、より重い処罰の死ぬまで数時間は苦しむとされる種類の毒が採用された。
罪状は、皇族リュカへの殺人未遂、貴族令嬢リディへの殺人未遂、そして聖女の殺人四件である。しかも、今回の事件が調査され、リディが馬車の事故に遭った時の黒幕もベルリエ公爵だったことが分かった。
ただ、ベルリエ公爵は表向き、病死扱いになっている。帝国の上位貴族が皇族を殺そうとしたなど、表沙汰にはできないからだ。ただ、ベルリエ公爵邸にいる公爵夫人には公爵の罪状を知ってもらい、他の屋敷へ蟄居してもらうことになった。夫人は公爵の罪に直接関係はないが、これから公爵を継ぐリュカに対し、良い感情を持っていないことが分かっているため、これも皇家からの命令で、夫人は一生あてがわれた屋敷から出ることは許されない。
そして、リュカはベルリエ公爵となることが決まった。まだリンバルム学園の学生ではあるものの、これから学生と公爵家の当主を両立させていくことになる。
数日後。
リディは週末のため、ラヴァルディ領に戻ってきていた。昨日帰ってきて、昨夜はさっそく魔獣の大量発生のため魔獣討伐をし、今日は朝からルシアンと黒騎士団の訓練場にいた。
リディが繰り出す拳や足技を、ルシアンは難なく捌いていく。先日のパパのように、肘打ちをお見舞いしてみるものの、ルシアンはパシッと軌道を逸らした。
「もう! どうしてお兄様には当たらない、――のっ!」
今度は回し蹴りをするが、ルシアンに片手で止められてしまう。
「慣れだろ? リディの技は予想が付く」
「パパみたいに、武器がなくてもやっつけられるようになりたいの、――にっ!」
再びの蹴りも止められた。
「十分十分。相手が騎士でないなら、リディでも対応できる」
「この前の敵は、近衛騎士だったの!」
「相手は剣を持ってたんだろ? リディは逃げた方がいい」
「もう! そういう話じゃなーい!」
話ながらも攻撃を繰り返すが、全て止められてしまった。そしてリディはぴたっと止まり、ルシアンに抗議する。
「何が違う?」
「剣を持っている相手にも、こうバシッとやっつけたいの! パパは皿とかフォークとか使ってた!」
「兄上の動きを真似るのは無理だ。兄上は感覚的にしてるから。真似しようと思って、真似できるもんじゃない」
「簡単そうだったもん」
「フォークが刺さったとか言ってたよな? 兄上の力技なだけだと思うよ? リディも練習すれば、壁に刺さるくらいならできると思うけど、フォークにそんなに使い道あるか? リディのやりたいのは、その場にあるモノを武器にしたいって話だろ」
「うん、それそれ」
「もうそれこそ、兄上の感覚って言うしかないよ」
ルシアンはリディの目の前まで歩いてくると、リディを小さい子のように高く抱き上げた。
「もう! 私、子供じゃないのに!」
「ははっ。そう言いながら、抱っこされる気満々じゃん」
リディがルシアンの体に足を巻き付けたので、ルシアンが笑う。
「腹減ったから、昼食にしよう」
「むー……いいよぉ」
リディを抱き上げたまま、ルシアンは訓練場を出て屋敷へ歩き出す。リディはまた話を元に戻した。
「お兄様は、その場にあるモノを武器にできる?」
「おう。まかせろ」
「どうしてパパもお兄様もできて、私はできないのぉ」
「リディは剣が強々じゃん。十分だろー」
「もっと強くなりたい」
「手技や足技を使う格闘技系もできるじゃん」
「さっきお兄様、軽々捌いてたでしょ!?」
「あんなの、俺だから捌けるんだって。リディは十分強いよ。今のリディで対処できないことは、俺や兄上に任せとけ」
リディがむっとすると、ルシアンはリディの頭を撫でる。
「ほら、いい子だから、拗ねない拗ねない」
リディだって、なんとなく空回りしているのは分かっているが、ピンチの時に対応できるようになりたい。まあ、自分自身に対応できる許容範囲がパパたちほど広くはない、ということだ。ちょっと自分にがっかりである。
それから昼食をして、リディはパパの執務室でパパの隣に座っていた。週末だというのに、パパは相変わらず仕事をしているが、今日はあまり忙しくはないようだ。緊急の仕事がないなら、そろそろ今日の仕事も終わりにすると言っている。
リディはというと、パパの仕事のごく一部を勉強しているところだった。最近は、執務的な仕事も少しずつ覚えていっている最中なのだ。
「明日は昼食でも食べに行くか」
「明日? ……あ! ごめん、パパ。明日は早めに帝都に帰ろうと思ってるの。言うの忘れてた」
明日まで週末の休みのため、パパは昼食デートに誘ってくれたようだ。
「……何か予定があるのか?」
「レオとお茶会の約束してる!」
「……へぇ」
「私は明日の午前中には帝都に行くけど、パパは夜に来るよね?」
「……どうしようか」
「え!? いつも来るでしょ!? 週末の最後の夜にパパも帝都に行くのに」
「……」
「え!? 嘘!? 来ないの!? ヤダ! どうしてぇ」
「リディは瞬間的に泣くのが特技だな」
「泣いてないもんっ」
嘘だった。少し涙ぐんでいる。
「パパは来ないと駄目なのに!」
「冗談だ。明日の夜に帝都に行く」
「……冗談? パパ、ひどい……」
リディで遊ぶなんて、ひどすぎる。パパはニヤっと笑い、リディを抱き寄せると額にキスをした。
「俺に会えないと泣きべそになる娘のために、行ってやらないとな」
「そうだよっ! パパは、できるだけ私の傍にいなくちゃいけないの!」
「はいはい」
パパに会えないのは嫌だ。大好きなパパは、ずっとリディの傍にいるのだ。もう、パパったら、意地悪なんだから。そう思いつつ、リディはパパが大好きだから、パパの意地悪も許してあげるのだ。
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