第103話
リディがベルリエ公爵に命を狙われた日の夕刻。
この日のリディは忙しかった。
まずは、聖女と医師に処置をしてもらうためにリュカが連れ出された。そして、パパにまずは事件を説明した。過去の回帰の中で、リディが原因でベルリエ公爵が命を落としていること。ベルリエ公爵は、再び回帰するためにリディを狙っていたこと。
それから、皇帝、皇太子、レオのいる場に呼び出され、パパは今まで黙っていた、リディが実は世界樹の新芽だと説明することになった。前回の新芽の雄鹿のように、リディは何度も死を迎え、何度も回帰していたこと。今世でも何度も命を狙われていること。今回ベルリエ公爵がリディを狙ったこと。だから、心配したパパが、過去の歴史で皇帝に貰った竜の心臓の宝石をリディにもたせていたため、今回パパを召喚でき、パパが助けてくれたこと。
そして、リディは現在、服を着替えて、皇宮の現在のリュカの部屋にやってきた。服は家から持ってきてもらったのだ。リュカの怪我の血で、服は赤色に染まっていたから。
聖女と医師の治療を終えたリュカは、まだベッドで眠っている。ベッドの横の椅子に座るレオの横の椅子にリディも座った。
「まだ、リュカは目を開けない?」
「うん。でも、外傷の治癒は済んでいるし、血を流した分、聖水も飲んでもらったから大丈夫。リュカはもうすぐ目を覚ますよ」
「うん」
ほっとするリディを、レオが片手で抱き寄せた。
「これはリディのせいじゃないからね。ベルリエ公爵の起こしたことだ。リディが思い悩む必要はない」
「……うん」
リディのせいでリュカを怪我させてしまった、と感じていたのをレオは分かったらしい。
「あの時、レオが来てくれてよかった。あれ以上リュカが血を流していたらと思うと怖い」
「……そう言われると、白状しづらいんだけど……。元々、お茶会が開始して一時間後には、俺もお茶会に乱入しようと思ってたんだ」
「乱入?」
「やっぱり、リディがリュカと二人っきりで過ごすのは、ちょっと……嫌だと思って」
「……ふふふ」
レオを見ると、ヤキモチをやいている顔をしていた。それなのに、リュカとのお茶会は許してくれているあたり、レオは優しい。そして、ヤキモチをやかれていることに、嬉しいと思う自分がいる。
レオは誤魔化すように咳払いをして、口を開いた。
「そういえば、ベルリエ公爵だけど、今は牢に入ってもらってる。処理をどうするか検討中だよ。ラヴァルディ公爵の意見も聞きながらだけど、たぶん、裁判はしないで……厳しい処罰になると思う」
「……うん」
「あと、ベルリエ公爵に付き添ってた近衛騎士は、皇族のリュカを殺人未遂したことで死刑が決まった。近衛騎士が皇族ではなく一介の貴族に従うなど、あってはならない」
「うん」
近衛騎士を尋問したところによると、ベルリエ公爵に金銭で買収されたらしい。ベルリエ公爵的には、皇宮で武器の所有も魔法の使用もできないことから、一時的な武器の意味合いで近衛騎士を買収したのだろう。
近衛騎士は、リュカを剣で切ったとしてもあとで聖女に治癒させればいいし、リュカは皇族と言ってもベルリエ公爵の言うことは聞くから、口裏合わせはどうにでもなると聞いていたらしい。最悪、問題になったとしても、近衛騎士は辞めて、ベルリエ公爵家で雇ってもらうことにもなっていたという。
「牢にいるベルリエ公爵には、怪我をしているけど最低限の治癒しかさせていない。皇宮で魔法は使えないから、公爵は自分の傷を魔法で治すこともできない。少しは痛みをもって、反省してほしい」
「……反省するかな?」
「……しないだろうね」
パパは、ベルリエ公爵を逃がさないために、足の腱を切った。現在は、牢に入っているから逃げられはしないだろうが、武器もないリディとリュカを一方的に襲うなど最低だ。
そんな話をしていると、リュカの瞼が震え、彼の目が開いた。
「リュカ!」
「……リディ? 俺……」
リュカは頭を手で抑え、何かを思い出そうと眉を寄せた。そして、はっとした顔でリディを見た。
「リディは怪我は!?」
「私は大丈夫。何ともなくて元気。リュカは体調はどう? 治癒をしてもらってるから、怪我は大丈夫だと思うのだけど」
リュカは体を起こそうとして、頭がくらっとしたのか、そのままベッドに横たわった。
「無理をしないで。かなり血を失ったみたいだから、しばらくは安静が必要だと思う」
「そうだよ、リュカ。そういえば、起きたらもう一度リュカには聖水を飲んでもらうことになってたんだ」
レオが少しだけリュカを起こし、クッションでリュカを支えた。そして、リュカに聖水を渡す。リュカは聖水を一気に飲み、コップをサイドテーブルに置いた。
「……父上はどうなったのですか?」
ここにレオがいる意味。なんとなくリュカは察したのか、そうレオに聞いた。
レオは静かに説明した。ベルリエ公爵がリディを狙ったこと、リディが世界樹の新芽であること、そして、現在のベルリエ公爵が牢に入っていること。
それを聞いているリュカの顔は険しかった。そして、説明を終えると、レオは質問を口にした。
「リュカ、そろそろリュカが皇族になった理由を教えて欲しい。竜の死骸から、血を抜いているよね。あれは、何に使ったの?」
もう黙っていても仕方がない、とリュカは口を開いた。
「小さい頃に父上から皇宮にある竜の死骸から血が取れて、それは母上を助ける薬になると聞いていた。そのためには、俺がシメオン殿下の息子だと認めてもらい、皇族の一員にならなければならない。単純に血筋だからと、皇族の一員にはなれないだろうから、能力も優秀だと示す必要があると。やっと皇族になれたから、今度は竜の死骸の部屋を探した。そして、竜の死骸を見つけて、父上にその血を渡した」
「ベルリエ公爵はその血をどうしたの?」
「実験をすると言っていた。母上を助けられるのか、それを試すと。実験相手は、体は生きているけど、眠り続けて死んでいるような人間。事故、病気、母上のように子の出産時以降起きなくなった母親。それらに竜の死骸の血を飲ませた。全員、目を開けることになった」
「え!? 意識が戻って生き返ったということ?」
リディの声に、リュカは頷いた。
「竜の死骸の血は、けっこうな曰く付きだけど、その中には『死の淵にいるものは驚いて目を覚ます』というのがある。それがただの噂なのか、確かめたいと父上は言っていた。そして、実験は成功し、起きなかった者たちは蘇り、その後治癒の魔法を使ったから、今では普通に元気に暮らしている」
リディは驚きながら、しかし新たな疑問に首を傾げた。
「ベルリエ公爵は、リュカのお母様にそれを使いたいと言っていたよね。でも、リュカは私が死ねば回帰するとは知らなかったのでしょう? その薬をどうするつもりだと思っていたの?」
「……ベルリエ公爵家の屋敷の地下に、母上の遺体がある。父上が墓にはいれたくないと、ずっとそこに。母上はすでにミイラ化してる。それでも父上は大事にしていたから、ミイラ化した母上に使うのかと思ってたんだ。まさか、リディを殺そうとしていたなんて……」
リュカは目を手で覆い、それから深い息を吐いて、再び顔を上げた。
「いくつか、父上のおかしい行動に気づいたことはあった。家の者に誰かを始末させようとしていた。たぶん……何人かの聖女を始末したのだと思う」
リディは息を飲んだ。今回のベルリエ公爵の起こしたこと以降、なんとなく、そんな気がしていた。聖女が四人殺されたのは、ベルリエ公爵が実行した聖女狩りだったのだ。
「……今回の件に関して、沙汰には従う。俺が分かることなら、全て答える。協力は惜しまない」
リュカの言葉に、レオが頷いた。
それから、リュカが再び口を開いた。
「リディ、悪いけど、あそこの引き出しから書物を持ってきてくれないかな?」
「うん」
リディはお願いされた通り、引き出しから書物を取り、ベッド側に戻ってきた。
「それは母上の日記なんだ。母上が死ぬ直前まで書いて、母上の傍にいた侍女が隠し持っていたもの。父上も知らない。……しばらく貸すよ。読んでみて」
「え!? でも、こんな大事なもの……」
「母上には妹がいて、彼女のことも少し書いてあるから」
「…………ありがとう。読んでみるね」
リュカは明確なことを口にしない。ただ、ベルリエ公爵との会話で、リディがリュカの母の妹リリアナの娘なのだと確信したに違いない。
リディは日記を借りて、リュカの部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます