第102話
ベルリエ公爵は、不気味な笑みを浮かべたまま、さらに口を開く。
「公爵令嬢、こんな記憶はないか? 橋から落ち、死んだという記憶」
橋から落ちて死んだ記憶? それを聞いて、すぐに思い出した。前々回の回帰でリディが死んだ記憶。
「……父上? 何を聞いておられるのですか?」
怪訝な顔をしたリュカがベルリエ公爵に言ったが、ベルリエ公爵はリュカを無視して続けた。
「私にはある。橋から落ちた記憶でなく、橋から落ちてきた女に当たって死んだ記憶が」
さーっとリディは青ざめる。まさか、ベルリエ公爵は、リディが橋から落とされた時に、下にいたということか。パパ以外にも、リディのせいで命を落とした人物がいたのか。
「確かに橋から落ちた女のせいで死んだはずなのに、私は過去に戻っていた。公爵令嬢、誰かをそんな風に殺した経験は?」
リディは目が熱くなるのを感じていた。リディのせいだ。リディのせいで死んだ人がいる。いや、でも本当はリディのせいではない。リディは同僚の聖女に橋から落とされただけなのだから。でも、これはリディのせい? これは、もしかして復讐だろうか。
「父上! もう、これ以上よしてください! リディ、もういい。ここを出よう」
リディを気遣ったリュカがリディの肩に手を回し、ここから連れ出そうとした。すると、ベルリエ公爵が手を上げ、それに反応したようにベルリエ公爵と一緒にやってきた近衛騎士が剣を抜く。
「なっ!? まさかリディをっ――」
リュカが庇おうするようにリディの手を引っ張った。
しかし、近衛騎士はリュカの脇腹に剣を刺す。それは最初からリディではなく、リュカを狙ったように感じる太刀筋だった。
「リュ、リュカ!」
崩れ落ちそうなリュカに、近衛騎士が今度はみぞおちあたりに拳を入れる。リュカはそのまま気を失い、床に倒れ込んだ。
「リュカ!」
リディはリュカの傍に膝をつき、刺されて血がにじむリュカの脇腹を手で抑える。血が止まらない。
「ど、どうしてリュカを刺したの!? リュカを気絶までさせるなんてっ」
「その傷では、リュカは処置しなければ死ぬだろう。自分で簡単に傷を治されては困るので、気絶してもらった」
現在皇族であるリュカは、皇宮内で魔法の使用が許されているからなのか。魔法で治癒させられては困るから、だから気絶させたのか。
「どおしてっ! 義理とはいえ、閣下の息子でしょう!」
「かつての私の婚約者の裏切りの結果だ。生きようが死のうが、どうでもいい」
「――っ、聖女をっ、医師を呼んでください!」
「それは公爵令嬢次第だ」
ベルリエ公爵は、いまだ椅子に座ったままで足を組んだ。
「もうほとんど確信しているが、正確な答えを貰おうか。公爵令嬢はリリアナの娘だな? そして、時間を遡る鍵。公爵令嬢が死ねば、回帰は起こる。間違いないか?」
リディは答えずに、別のことを口にした。
「……なぜですか。こんなことをしたのは、私への復讐のためですか? どうしてリュカを巻き込んでまで……っ」
「何か勘違いしているようだな。私は回帰して感謝しているんだ。リュシーを助けるための実験もできて、これから回帰してリュシーを生き返らせることができる」
実験? 生き返らせる? 何を言っているんだろう。ただ、分かるのは、ベルリエ公爵がリディを殺して、回帰したいということ。そして何やら良からぬことを考えていそうなこと。
リディはさっと回りを確認した。近衛騎士に対抗できるような武器が何もない。そもそも、皇宮は武器の持ち込みは禁止で、かつ、皇族以外は魔法も使えないためリディには武器がない。せめて剣があるなら、魔法がなくともこの人数なら戦えるのに。
どうしよう、パパ。もうリディにはパパしか残っていない。
リディは、小さい頃にパパに貰った服の中に隠しているネックレスを取り出し、先に付いた宝石を力強く握った。リディが五歳の時に誘拐された後に貰ったお守り。
「パパ! パパ! パパ!」
それは、リディが一度だけ使える最終手段。パパを呼び出す呪文。いや、本当は呪文などないのだけど。ただ必死にパパを呼んだだけだ。実際は三秒宝石を握れば、パパが来てくれるはず。
ネックレスの先に付いている宝石が光った。すると、目の前にパパが現れた。パパ召喚に成功した! 少し安心して、だーっとリディの頬に涙が流れる。
「……っ、パパ!」
「なっ!?」
ベルリエ公爵も近衛騎士も、突然リディの前に現れたパパに驚いていた。
逆に、パパはさっと目を周囲に走らせ、状況判断をしたようだ。
「俺の娘を号泣させているのは、ベルリエ公爵か?」
どうしよう。落ち着いているパパが、すっごくカッコいい雰囲気。だけど、パパは何も武器を持っていない。しかも、たぶん、さきほどまで寛いでいたに違いない。シャツの前ボタンを外して前を開けて緩く着ているだけで、ジャケットも何も着ていない。しかも、髪の毛の一部分がはねている。絶対、頭に腕でも敷いて、ソファーに横になっていたに違いない。想像できてしまう。
どうしよう。パパを召喚したはいいが、今のパパは剣もない魔法も使えない、普通のパパだ。
「や、やれ!」
「で、ですが――」
「あいつは武器を持っていない! 魔法も使えない! だから、今の内にやれ!」
ベルリエ公爵と近衛騎士がそうやり取りし、近衛騎士が前に出てきた。パパはというと、近くにあった皿とフォークを素早く取り、近衛騎士にまずは皿を投げた。皿は近衛騎士の額に当たり、次にパパが投げたフォークが、額に皿が当たって上を向いていた近衛騎士の喉に刺さった。
ひぇっ。フォークって、人に刺さるの!?
鈍く咳をしながら、喉に刺さったフォークを抜いた近衛騎士にパパが肉薄すると、近衛騎士の顔にパパは肘打ちを入れ、その後すぐにパパは回し蹴りをお見舞いした。
気絶した近衛騎士の手放した剣をパパが拾う。
「武器は無ければ奪えばいい。そうだよな、ベルリエ公爵」
「く、来るな!」
慌てて立ったベルリエ公爵は、パパに向かって今まで自分が座っていた椅子を投げた。しかし、全然パパには届いていない。
「魔獣討伐も、下の者に任せてばかりで動きが鈍くなったんじゃないか?」
パパが足を速め、ベルリエ公爵は苦し紛れにパパのように皿をパパに投げつけるが、当たったものの、パパほどの威力はまったくなく、パパにダメージはない。パパは剣を振り下ろした。
ベルリエ公爵の二の腕が赤く染まった。パパは「ぎゃあ! やめろ!」と叫ぶベルリエ公爵の足を払って床に転がすと、今度は両足の腱に剣を入れた。またベルリエ公爵の悲鳴が響く。
「煩い。口を開くな」
「パ、パパ! もう、いいんじゃないかな!?」
「……そうか? こいつに泣かされたのだろ?」
「う、うん、でも、もういいかなっ」
涙など、とうに引っ込んだ。というか、一番泣いたのは、パパが来てくれて安心したからなのだが。たとえ武器がなくとも、パパは最強だった。それとも、ベルリエ公爵と近衛騎士が弱すぎるのだろうか。もうリディには分からない。
その時、温室にレオが入ってきた。そして、この惨状を見て眉を寄せる。
「……何事ですか?」
「レ、レオ! 急いで聖女と医師を呼んで! リュカが怪我をしているの!」
顔色を変えたレオは、すぐに対応に動いてくれるのだった。
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