第100話
リディが馬車の事故に巻き込まれたことについて、馬車が大破したこともあり、学園に通学してみると大騒ぎだった。リディは事故の調査結果が分かるまで、事故から二日間学園を休んでいたのだが、事故の次の日には同じクラスの代表でルルとフェルナンが見舞いにも来てくれた。二人はリディが元気なところを見て、安心して帰った。
お陰で、三日後にリディが学園に行ったとき、リディが無事だとすでにみんな知っていた。
また、リュカも心配して、リディの教室まで顔を見に来てくれた。廊下の端で、二人で話す。
「よかった、リディが無事で。俺、事故の日に知らなくて、次の日に学園に来てみれば噂になってて。次の日に元気だったと聞くまで、気が気じゃなかったよ」
「心配かけてごめんね、リュカ。私は大丈夫。怪我もしていないし、すごく元気!」
「うん」
リュカはリディの片手を取って、握った。
「あのさ、リディ。今度の週末って空いてる? ラヴァルディ領に帰っちゃうかな?」
「うん、その予定だけど……何かあった?」
「俺さ、たぶんもうすぐベルリエ邸に戻ることになると思う」
「……そうなの?」
「ベルリエの後継者の勉強が始まるんだ。業務とか領のこととか。俺、今まではほとんどしてきていないから。勉強や剣や魔法のことばっかりで」
リュカが今まで必死に勉強や剣や魔法の訓練を努力してきたのは知っている。それも十分すぎるくらいに。
「私も似たようなものだよ」
「リディは魔獣討伐を十分頑張ってたでしょ。領のために」
「リュカだって、帝都近辺で魔獣が出たら、討伐に行っているでしょ。リュカだって、十分頑張ってる」
「……ははっ。リディだけだよ。そう言ってくれるの」
リュカの周りには、リュカの努力や仕事を誰も褒めないのだ。労うことをしない。リュカがやっていることは、当然のことではないのに。
「皇族の血は引いているけど、俺の本来なるべきはベルリエ公爵だから。そう遠くない日、ベルリエ邸に戻る。その前に、リディを皇宮に招待したいと思って。綺麗な温室があるんだ。皇子だから使っていいって聞いてるし、皇子であるうちにリディを招待したい。お茶でもどうかな?」
「……うん、分かった。週末は、早めに帰って来るね」
「ありがとう! 明日招待状を送る!」
「うん」
リュカは皇子であることを辞めるのか。もしかしたら、すでに皇帝と話し合いでも進んでいるのかもしれない。最近、リュカとゆっくり会う時間がなかったし、話を聞いてあげたい。
リュカと別れて教室に戻ると、教室で男女が言い争っていた。リディは困惑しながら、ルルに近づく。
「……どうしたの? 喧嘩?」
「あの二人って、付き合ってるでしょ。彼が昨日知らない女性と二人でカフェにいたのを見たらしくて、彼女は『浮気!』って言って、彼は『あれは友達』『誤解』って言い訳してる。見た感じ、彼の言うことは間違ってなさそうな印象だけど、どっちだろうね?」
「……あ、あの……異性の友達とお茶するのって、浮気なの?」
「うーん……お茶するだけなら、私は大丈夫だと思うけど。でも、人によるんじゃない? 異性の友人と二人きりだなんて、恋人からするといい気分はしないかもね」
おぉう……。恋人がいるのに、たった今、異性の友人と二人っきりで会う約束をしたばかりだった。どうしよう。レオからすると、どう思うだろう。でも、リュカと友達なのはレオも知っているし、大丈夫だよね? ……大丈夫だよね? 少し不安になる。
その日の学園からの帰り、リディはレオと一緒に馬車に乗っていた。事故が故意によるものの可能性が分かると、レオが心配して、しばらく一緒に登下校をしたいと言ってくれた。だから、今日の朝も一緒に登校したのだ。リディが事故にあった前日に生徒会の繁忙期が終わったらしく、しばらく生徒会も忙しくないらしい。
朝もだったが、馬車が出発した途端、レオはリディの腰を片手で抱き寄せ、頬にキスをしてくる。嬉しいのだが、これではいつか、「レオに毎日キスされないと、嫌」とか自分が言うようになるような気がして怖い。甘やかされることに慣らされそうだと思いつつも、リディもレオの頬にキスをする。嬉しそうなレオに、リディも心が温かくなる。唇にキスは、もう少し待ってください。今のリディには、まだ恥ずかしすぎるから。
「そうだ、一応言っておくね。今週末にリュカとお茶するんだ」
リディを見ていたレオの笑顔が固まった。あれ?
「え、えっと、リュカとはずっと友達だし、お茶とかも時々してたんだ。知ってるよね? ……友達だし、浮気とかじゃないんだよ。少し最近の話をしたりするだけ」
「……異性の友人と二人っきりは、浮気と思われる可能性を知っていたんだね」
「うぇ!? な、な、なんか、レオ怒ってる? あの、リュカは本当に友達で、私が好きなのはレオだから、何も心配しないで!」
「心配するよ……相手がリュカなら特に」
「えぇ!? ……じゃあ、行ったら駄目?」
「……」
リディはしゅんとした。レオが嫌がるなら行くべきではない。リュカと約束してしまったのに、どうしよう。リュカは嬉しそうな顔をしていたのに。
「……どこでお茶の予定なの?」
「皇宮の温室だって言ってた」
「皇宮?」
レオはリュカが皇宮を出ようとしていることを知っているのだろうか。でも、もうすぐ出るとは言っていたし、レオは知っているかもしれない。
「あのね、リュカが言っていたんだけど、もうすぐ皇宮を出る予定なんだって」
「……リュカがそんなことを?」
「あ、知らなかった? じゃあ、もうすぐ言うつもりだったのかも。皇子として皇宮に出入りしなくなるって意味だと思う。皇籍からは除籍するつもりなんじゃないかな。だから、その前に皇宮の温室で話そうって」
「……」
どうやら、レオが知らなかったことを言ってしまった。リュカ、ごめんなさい。
「……何がしたかったんだ?」
「え?」
「あ……そうだね、リディには言っておこうかな。リディはラヴァルディ公爵にリュカの父のシメオンについて、話を聞いていたりする?」
「……不法薬物売買のこと?」
「うん。薬物が竜の死骸の血からできていることは聞いた?」
「うん」
リディの返事にレオは頷きながら、続けた。
「その事件について知って以降、俺は小さい頃から竜の死骸が保存されているところに、十日に一度は何もないか確認に行ってる。ずっと何もなかったけど、最近、誰かが竜の死骸の部屋に入っていることに気づいた。今、あそこに入れるのは、陛下、母上、俺、それにリュカだけだ」
「……リュカが入っているってこと?」
「断言はできないけど、その可能性が高い。あまり考えたくはないけど、シメオンのように竜の死骸から血を抜いているのではないかと思った。だから、あの時のように、薬に溺れる人間が出るのではと民を注視してはいるけど、今のところ、そういった傾向は見られない」
リュカが薬を人々に流しているとは、考えたくない。ただ、もし、薬が街中に流出したとしても、影響が出るのはもう少し先だろう。
「だから、今リュカの監視をしているんだ。もう少し何か証拠が必要だと思ってたけど、リディの言うように、リュカが皇宮を出ると言うのなら、竜の死骸が保存されているところには行けなくなる。だから、リュカは何がしたかったのかと思って」
「ベルリエに戻ったら、リュカは竜の死骸のところに行けなくなるの?」
「うん。皇族は生まれた時、もしくは皇族との婚姻時に皇族印を刻むんだ。そうすると、皇宮の皇族しか入れないところに入れるようになる。逆に、婚姻時に外に出る皇族には、皇族印を除外する。ヴィヴィアン叔母上のように」
リディは、過去にパパに求婚していたヴィヴィアン皇女を思い出した。
「リュカが皇子だと分かった時に、皇族印をリュカに刻んでる。だけど、ベルリエに戻るというなら、皇族印は除外することになる。ただ、皇族印があったとしても、竜の死骸のある部屋には、皇族との結婚相手は入れない。あそこは竜人族の末裔であるかも、入退室には確認しているから。つまり、俺の父上は結婚で皇族印を持っているけど、竜の死骸の部屋には入れないということ」
「竜の死骸の部屋に入るには、皇族印がある皇族であること、あとは竜人族の末裔である必要があるのね」
「そういうこと。だから、竜人族の末裔であるリュカは今は竜の死骸の部屋に入れるけど、ベルリエに戻るなら入れなくなる。リュカが皇族になって、やりたかったことが分かればいいけど、証拠が何もない今では、どうすることもできない」
確かに、今のままではリュカが何をしたいのか、リディも分からない。
「……でも、分かった。皇宮で会うのならリュカと二人で会っていいよ。その代わり、どの温室なのか教えてくれる?」
「……! うん! あのね、招待状をくれるって言ってたから、時間と場所が分かったらレオに教えるね!」
よかった。レオはリュカと会うことを許してくれるようだ。
「あと、リディは俺の恋人だからね。リュカに触らせたら駄目だよ。お茶をして、話すだけだからね」
「さ、触るって、どのレベル?」
「……ちょっと待って。リュカって、リディをべたべた触ってるってこと?」
「え!? うーん、べたべたというか、リュカって、ほら、泣き虫さんだから!」
「俺には、そんな印象ないよ!?」
「う、確かに、最近は泣かないけど、昔からリュカは出会いがしらに抱き付いてくるから。手を繋いだりはよくする」
「……俺だって、リディを抱きしめるなんて、恋人になってからしかしてないのに」
そう言われると、確かにレオは、恋人になってからしか抱きしめたりしなかった。だからなのだろうか。リュカに抱きしめられても、昔からのことでドキドキしないけど、レオに抱きしめられると、いつもリディはドキドキする。
どうも、抱きしめたり手を繋いだりというのも、恋人ができたなら、恋人としかしないほうが良さそうだ。小さい頃からの仲の良いリュカだとしても、今度から断ろう。
「あ、あの……ごめんなさい。もう抱きしめたり手を繋いだりは、リュカとはしない。レオとだけする。だから、落ち込まないで」
悲しんでいる様子のレオは、リディを抱き寄せた。
「そうしてくれると嬉しい。リディは俺のだから。誰にも触らせないで」
「うん。約束する」
「……俺って、心が狭いのかな……」
「ううん! そんなことない! 私が恋人の色々がよく分からないから、私がきっと間違えてるの。だから、レオが嫌だと思うことは私に言ってね」
「……ありがとう」
恋人として足りていないのはリディなのだ。レオは何も悪くない。
「そうだ。触らせないっていうのは、友達だけだよね? パパやお兄様たちなら、抱きしめてもらったり、キスしてもらうのはいいでしょ?」
「……そう、だね」
「良かった! 私、パパに抱きしめてもらえなくなったら、泣いちゃう」
「……リディにラヴァルディ公爵と距離を取れ、なんて言ったら、殺されるのは俺だと思うな……」
「あはは! パパは私に恋人作ったら駄目って言ってるもんね! レオと恋人になったっていつか報告したら、パパ、ヤキモチやいちゃうかも」
「……」
抱きしめられているリディは、レオの顔が見えなかったので、レオが将来を想像して顔を青くしているとは知る由もなかった。
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