第99話 ※ベルリエ公爵視点
執務室で葉巻を吸いながら、この部屋の主ローラン・ベルリエ公爵は考えを巡らせていた。
ここ数年、リュカの母であるリュシーと再び会うために、ローランは動いてきた。
リュカには目的通り皇子になってもらい、皇宮を自由に行き来する権利を得た。その後の目的と実験は順調で、ローランの目論見通り、死んだリュシーの目を開けさせることができる準備は整った。
あとは、回帰の鍵である聖女を殺すこと。それさえ実行できれば、リュシーに再び会うことができる。それなのに。
鍵の聖女を見つけることが難航していた。
前回の回帰で、金髪の聖女が回帰の鍵だと分かっている。前回は神殿に所属していない野良聖女だったが、今回もそうだとは限らない。前回の回帰で、ローランが前々回の人生とは違う動きをしたことで、同じことが起きないこともあると、身をもって知っていた。
だから今回は、最初から金髪の聖女だけ殺そうと、金髪の聖女を調査済みだった。金髪の聖女は全部で四人。
リュカに課した仕事は終え、実験も完了し、あとは金髪の聖女を一人ずつ自殺や毒殺などを装って殺していくだけだった。一人、一人と殺していっても、最後の四人目を殺しても、回帰は起こらなかった。
予想外だった。他にもローランの知り得ぬ金髪の聖女がいるのか、もしくは、考えたくないが、今回は回帰などできないのか。
誤算が生じ、ローランは焦った。
しかし、運はローランに味方した。
ラヴァルディ公爵の娘が、光の魔法の一族の可能性があると噂が出たのだ。最初はありえない、そう思ったが、すぐにありえない話ではないことを思い出した。
リュシーの失踪と同じ時期に消えた、リュシーの妹のリリアナ。ローランはリリアナには興味がなく、また、リリアナよりもリュシーがいなくなったほうが重要だったため、これまでずっと放っておいた。今も生きているか死んでいるかも分からない。それでも調べてみる価値はある。ラヴァルディ公爵の娘が、リリアナの娘であるのかどうか。
リリアナはすぐに見つかるかと思ったが、少し難航した。リリアナもリュシーと同じく、失踪する時に、ベルリエの血族が代替わりのたびに契約する上位の光の精霊とは契約を解除していた。これでは、精霊から追うことはできない。
情報ギルドに調査を依頼すると、帝都近郊の街でリリアナが住んでいたことが分かった。黒い髪の男と夫婦で子供もいたようだが、すでにリリアナと夫は死んでいた。夫が誰だったのか。黒い髪から連想されるのは、ラヴァルディ公爵家。そういえば、あの家にも失踪した男がいた。
そういうことか。
ラヴァルディ公爵の娘とされる子供は、リリアナ・ベルリエとセザール・ラヴァルディの子である可能性が高い。
それなら、ラヴァルディ公爵の娘が、光の魔法の一族の可能性があるというのは納得できる。リリアナは、ベルリエの血族が契約する上位の光の精霊とは契約解除していたが、ベルリエの血筋だから、精霊さえ見つかれば、ベルリエとは関係のない生まれたばかりの下位の光の精霊なら契約できる。それを娘にも契約させているなら、娘も光の魔法が使えるだろう。
ラヴァルディ公爵の娘が光の魔法を使えるなら、納得できる部分も多い。
前回の回帰時、本当は黒い髪なのに金髪だったのは、皇子になる前のリュカのように、光の精霊に髪色を変えてもらっていたのだ。
ベルリエ公爵家の子のように、光の魔法の訓練がないだろうから使える魔法は少ないだろうが、多少は光の魔法を使えると仮定すると、けがや病気を治癒させる癒しの力が使える可能性は高い。それなら、前回の回帰時に聖女として生きていたことを否定できない。
また、ローランの娘ローズが聖水を飲ませた件。聖水が薄まっていたとしても、ラヴァルディの血筋だけならば、重症になってもおかしくない。それなのに、数日後には回復したというのは、よく考えれば都合が良すぎる。ラヴァルディの血筋だとしても、ベルリエの血も引いているから、大きい問題にはならなかった、そう考えるのが自然だろう。
それに、一番の納得いく部分は、前回の回帰時はラヴァルディ公爵に娘などいなかったのに、今回は娘がいるということ。ローランが前回と違う動きをして未来が変わるように、前回と違う動きをする人物は、回帰している可能性が高い。つまり、ラヴァルディ公爵の娘は回帰しており、前回とは違う人生を生きるよう努めている。ローランのように、回帰の記憶を持つのだ。
ほとんど仮定から導きだしたものではあるが、推理からはそう遠くない気はする。
ラヴァルディ公爵の娘は回帰の鍵。その仮定で動くことにした。あの娘を殺す必要がある。
ただ、一つ問題がある。ラヴァルディ公爵の娘は、普段から魔獣討伐をしており、戦闘訓練をしていること。闇の魔法や剣を扱うことは、かなり強者の類に入るらしい。そうなれば、暗殺者など向かわせても、簡単には死なないだろう。
しかし、事故ならどうか。大人になりきれていない今なら、突発的な事故に対処する力は、まだないのではないか。
そこで、事故に見せかけた暴走車を用意した。そして、予定通り事故に見せかけ、ラヴァルディ公爵の娘の馬車の大破は成功した。それなのに、あの娘は生きていた。偶然、レオポルド殿下が乗っていて、彼が対応したのだとか。
忌々しい。これでは、再度事故に見せかけるのは難しいだろう。ラヴァルディ公爵も娘の安全を考慮して、何か対策をするに違いない。
偶然を装えないなら、また別の面倒な手筈が必要になる。ローラン自ら動くなら、ラヴァルディ公爵の娘が回帰の鍵ではない可能性を考えて動く必要も出てくる。もし違うなら、また回帰の鍵を探すところから始めなければならないから。
手詰まりか。
そう考えた時、思い出した。そういえば、リュカがラヴァルディ公爵の娘と親しいと、ローズが訴えていたのを。あの時はどうでもよかったので右から左へ流していたが、これは使えるかもしれない。
現在皇宮に住むリュカをベルリエ公爵邸の執務室に呼んだ。すると、ローランが話をする前に、リュカが口を開いた。
「父上、俺は約束を果たし、目的のものを持ってきました。実験も成功し、やることは終わったはず。そろそろ公爵邸に戻してもらえませんか。約束通り、ベルリエの後継者になるための勉強を始めさせてもらいたいです」
皇子に相応しい器量、文武、魔法、それら全てを最高水準まで上げ、皇子になること。皇子になった後、やらなければならないことを終えれば、ベルリエの後継者として、やっと本格的な勉強を始めることができる。そのように約束していた。
もちろん、ローランはその約束は守るつもりだ。そう遠くない未来に回帰するだろうが、今回の人生では、役に立ったリュカにそれくらいの約束は守ってやる。
「そうだな。そろそろリュカを公爵邸に戻そう。ただ、その前に、お前に聞きたいことがある。ラヴァルディ公爵の娘と親しいそうだが、本当か? 一度、私とラヴァルディ公爵の娘と会う機会を作るように」
「……リディとは親しいですが、なぜ父上と会う機会を作る必要が? リディに何かするつもりですか?」
さっと険しい顔を作るリュカに、おやっとローランは思った。ローランを警戒する様子が、ただ親しいだけの相手を気遣うだけの顔ではない。
「お前まさか……ラヴァルディ公爵の娘を好きだなどと言うまいな?」
「……好きです」
ローランは笑いそうになるのを堪えた。そういう感情をローランに利用されるとも知らずに、本心を言うとはリュカは甘い。
「なるほど。しかし、それならば、なおさら私にラヴァルディ公爵の娘を会わせた方がいいだろう」
「……なぜですか」
「ラヴァルディ公爵の娘は、ベルリエの血を引いている可能性がある。それを確かめたい」
「あの噂ですか? あれは、リディが違うと否定していました」
「本人の否定を信じてどうする。ラヴァルディとは関係が良くないから、それを表沙汰にしたくなくて、否定している可能性があるだろう」
「……」
その可能性も怪しんでいたのか、リュカは考えるような顔をした。
「リュカの母のリュシーには妹がいた。リリアナという。リリアナは調査したところ、黒い髪の夫がいたことが分かっている。そして子供もいた」
「それが……リディだと?」
「可能性が高いだろう。もしラヴァルディ公爵の娘がベルリエの血も引くのなら、確認しておきたい。それに、もしそうなら、リュカの妻に迎えるのも難しくはなくなる」
「……妻に?」
「好きなのだろう? ベルリエの血筋でなく、ただのラヴァルディ公爵家の者というなら、一緒になるのは難しいだろう。向こうにはラヴァルディ公爵がいる。良い返事をもらえるとでも?」
「……」
「もしベルリエの血筋でもあるなら、私が味方してもいいのだが」
まだ考える様子のリュカだったが、顔を上げて頷いた。
「分かりました。リディと会う機会を作ります。……ただし、皇宮でよいですか。さすがにベルリエ邸に呼ぶわけにはいきませんから」
「……いいだろう」
本当はベルリエ邸の方がいいが、確かにベルリエ邸であれば、ラヴァルディ公爵の娘も良い返事はくれないだろう。ベルリエ邸ならば、魔力封じが施されている。ローランは魔法が使えても、ラヴァルディ公爵の娘は使えない。それなら、脅しもしやすいが仕方ない。
皇宮ならば、ラヴァルディ公爵の娘と条件は同じ。あちらはあちらで魔力封じがあるため、ローランも使えない不便はあるが、ラヴァルディ公爵の娘も魔法は使用できない。
ラヴァルディ公爵の娘の口を割らせる方法はいくらでもある。そして、ラヴァルディ公爵の娘が回帰の鍵だと確認できたなら、すぐに殺そう。
リュシーと会えるのも、もうすぐだ。
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