第28話 ※レオポルド視点

 リディとの楽しい時間は、公爵がリディを迎えに来て終わる。

 庭園を出て、リディを公爵に引き渡す。公爵はリディを抱えると、レオポルドを向いた。


「レオポルド殿下、リディといてくださり、ありがとうございます」

「リディとのお茶の時間はとても楽しかったです、公爵。またお茶をしようね、リディ」

「うん! またね!」


 手を振るリディに手を振り返す。

 遠ざかる公爵親子の会話が聞こえる。


「楽しかったか?」

「楽しかったよ! ケーキが美味しかった!」

「そうか」

「あとね、猫が可愛かった! レオね、猫を飼ってるんだよ! いいな!」

「なんだ、ペットが欲しいのか? うちにいるだろ」

「え? いないよ?」

「いるだろ。ルシアンが飼ってる」

「あれ、魔獣ー!」


 仲の良い会話に、レオポルドはつい笑みを浮かべた。


 リディは素直で優しくて可愛いから、公爵が娘を可愛がるのは当然と言えよう。

 今はそう思えるけれど、リディが娘とは知らなかった時は、公爵のあの態度は想像していなかった。


 レオポルドの知る公爵は、冷酷で容赦なく、例え身内といえど、かなり恐れられていると聞く。だから、突然引き取った娘にも、さぞ冷酷に扱っているのだろうと、そう思っていたけれど。


 迷子のリディを捜す公爵は、親の顔をしていた。娘にだけは笑みを向けていた。あれは、娘だけは可愛くて仕方がない、と思っている顔だ。まあ、娘がリディなら、そうなるのも当然だと思う。


 レオポルドとしても、リディのことは好ましく思っていた。レオポルドの回りは、レオポルドが皇子だからと、レオポルドには完璧を求める。七歳のレオポルドを、大人扱いする。それは、皇子なのだから、当然と受け入れているが、それでも疲れることは多い。


 リディは、皇子とは知らなかった最初はともかく、皇子と知ってもなお、レオポルドに対し態度を変えなかった。まあ、あの公爵への態度を見るに、もともとの性格もあるのだろうが、レオポルドにとって、気負わないで済む相手がいるのは、すごく新鮮だった。


 レオポルドは一人っ子で、妹がいたら、あんな感じかと思う。いや、リディには、姉と言ったほうがいいのかな。なぜか十二歳と言い張るリディを思い出し、また笑みを浮かべる。


 リディには、いつかお礼をする必要がある。レオポルドは助けられてばかりだから。


 公爵の娘がリディだというのは、レオポルドにとって、すごく助かっていることの一つだ。なぜかといえば、公爵に恋焦がれる叔母ヴィヴィアンは、公爵の妻になる可能性は、ほぼないと言っていいだろうから。


 ヴィヴィアンの求婚を幾度となく断っていた公爵は、本日のお茶会でも、断ったと、お茶会に潜ませていたレオポルドの情報源から聞いていた。しかもヴィヴィアンは、今回はリディを足がかりに、公爵を落とそうとしていたようだが、どうやら失敗したようだ。


 現在の皇族は、皇帝の祖父、皇太子の母、皇太子の妹の叔母ヴィヴィアン、そして皇太子の息子であるレオポルド。母とヴィヴィアンは同じ母を持つ姉妹だが、小さい頃から甘え上手なヴィヴィアンに祖父は弱いと母は言っていた。


 皇族の後継者を決めるのは、皇帝である。長子だから後継者になれる、とは決まっていないが、たいていは長子が後継者になることが多い。


 実は母と叔母には兄がいた。三兄妹だったのだが、その中でも一番優秀なのは、誰もが母だと認めていた。ところが、祖父は皇太子は長子の兄だと決めた。母は納得いかなかったらしいが、それでも祖父が決めたのだから従った。


 ところが、皇太子だった兄が急死すると、祖父は母を皇太子にした。やっと、収まるべきして収まった。そう思っていたのに。


 叔母ヴィヴィアンは自身は無理だとしても、自身の子は皇帝にしたいという野心がある。子の父がラヴァルディ公爵家の血筋なら、皇帝に推すのも難しい話ではない、と。そう、もしそうなれば、レオポルドの立場は危うくなる。レオポルドの父は伯爵家で、公爵家であり権力もあるラヴァルディ公爵家とは、到底争うことはできないから。


 そんな叔母ヴィヴィアンの野心に困っていたところに、母の病気が発症してしまった。


 『竜肉病』。それは、竜人族の末裔の皇族のみが罹る病気。しかし、必ず罹るわけではなく、母の前に罹ったのは、五代ほど前の皇帝だった。


 竜肉病になると、体はだんだんと竜のように固くなっていき、いずれ体は動かなくなって、心臓は止まり、死に至る。


 一年ほど前に竜肉病を発症してしまった母は、表向き、そんな病気には罹っていないように公務をしている。誰にも弱みは見せない人で、野心のある叔母ヴィヴィアンにも知られるわけにはいかない。皇帝の祖父も知らず、母の病気を知るのは、レオポルドと父だけだ。


 母の病気を治す薬はなく、病気の進行を遅らせる薬を飲んで過ごすしかない。その病気の進行を遅らせる薬は、ギアラエラメルギア、所謂、叫び草から作る。だから、レオポルドは叫び草を内密に探しているのだ。


 叔母ヴィヴィアンのこと、叫び草のこと、そのどちらでも、リディには助けられた。だから、リディに困ったことが今後発生するならば、必ずレオポルドが助けると誓うのだった。

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