第29話 ※レナート視点

 皇女とのお茶会を終えた後、レナートはリディをレオポルド皇子に預けて、皇帝との謁見のため、ある場所に向かっていた。


 その場所とは、皇宮の奥深くにあり、世界樹が存在する場所。屋内でありながら、広くて天井も高い。世界樹以外には、芝生と小さい花が咲いているだけで、一見すると野原に大きい木が一本生えているような場所に見える。


 世界樹を見たことのない者は、とてつもなく大きい木と想像しがちだが、そこまで大きくはない。高さは人間の大人の背丈の五倍ほど、幹の太さも一般的な木の高さに比例するような大きさである。木の幹は、透けて見えるような白色、葉は黄緑色である。一般的な木と違うことといえば、若干、木自体は白っぽく発光しているというところか。


 部屋に入り、世界樹のところまで歩いていく。その世界樹の前には、すでに先客がいた。


「陛下」

「……公爵か」


 立ったまま世界樹を見ていた皇帝は、レナートに振り向き、笑みを浮かべた。


「ヴィヴィアンのところに行ってきたのだろう。いつもすまんな。そろそろ公爵を諦めればよいものを、意地を張っとるのだ。許してやって欲しい」

「そうは言いましても、そろそろ俺も限界です。皇女殿下に次にお願いされても、陛下はもう俺に取り次がないで欲しいのですが」

「分かっておる。公爵関係のヴィヴィアンのわがままも、そろそろ終いにさせる。……しかし、公爵にも娘ができたのだ。娘のわがままを聞きたくなる私の気持ちも、理解できるようになるだろう」

「……」


 娘のわがままか。皇女のわがままは迷惑千万だが、リディのわがままなら聞いてもいいかと、すんなり思う自分に内心苦笑する。確かに、レナートも親になった、ということなのか。


 この話は終わった、というように、皇帝はレナートから視線を外し、再び世界樹を見た。それを見て、レナートは口を開く。


「いかがですか、世界樹は。最近、何か異変などは」

「いいや。いつもと変わらぬ。あと四十年もすれば、代替わりとは。私が先帝から引き継いでからというもの、特に代わり映えはせぬ。平和と言っていいと思うが……。本当に代替わりなどするのかと、疑いたくもなる」


 確かに、レナートから見ても、世界樹はレナートが初めて見た時から、代わり映えはしなかった。


「陛下、いくら代わり映えがないとはいえ、代替わりは必ず起こるはずです」

「分かっておる。すでに新芽は生まれているはず。内密に雄鹿は探させておるが、いまだ金の角を持つ雄鹿など、見つかっておらぬ」

「俺の方でも探しておりますが、まだ見つかっておりません」


 我が帝国が建国して、千五百年ほど。世界樹はもっと前からあったとされるが、皇帝が世界樹の番人になってから、世界樹の代替わりは一度しか経験していない。


 これまで、帝国の中心の皇帝一族、そして国に尽力してきたとして、闇の魔法一族と呼ばれるラヴァルディ公爵家、光の魔法一族と呼ばれるベルリエ公爵家が国を動かしてきた。世界樹のあるこの部屋にも、皇帝一族とラヴァルディ公爵家とベルリエ公爵家のみが入ることを許されている。


「一年ほど前だったか、公爵が世界樹の代替わりについて進言したのは。今まで世界樹には興味がなさそうだったのに、どうしたのかと思ったが……代替わりの時代に生まれた者の、責任という感情でも芽生えたのか?」

「……そうですね」


 世界樹。その存在自体は知っていたし、ラヴァルディ公爵家に生まれた以上、レナートは皇帝の次に世界樹に近しい存在であることは分かっていた。とはいえ、数年前までは、ただそこにいる世界樹、とだけしか思っていなかった。特に興味もなかった。レナートの父さえ、ほとんど世界樹とは、普段関わりがなかったのだ。


 しかし、回帰するようになって気づいた。当たり前のようにある世界樹は、この先も、当たり前に存在するものなのだろうか。


 そして、世界樹の代替わりというものが、遠くない未来に待ち構えていることに気づいた。それからというもの、世界樹について調べた。世界樹についての文献は、皇宮にしかない。そして、代替わりについて記載されていることは、一度しか経験していないから、もっと記載が少ない。


 少ない情報から得たのは、前回の代替わりでは、金の角を持つ雄鹿が重要な存在だったということだ。


 世界樹は、千年に一度、生まれ変わる。これまで世界を見守ってきた世界樹は、次代の世界樹がこれまでの世界樹の隣に腰を据えると、いつか役目を終えて消えるという。


 では、次代の世界樹とはどこにあるのか。それが、前回の代替わりでは、金の角を持つ雄鹿だったというのだ。雄鹿の内部のどこかに、世界樹の新芽が存在する。それが成長し、次代になれる準備ができた時、雄鹿から外に出て、これまでの世界樹の隣に腰を据えるという。


 文献によると、雄鹿の中で新芽が成長する期間が、前回は四十年から五十年ほどは必要だったと書かれてあった。ということは、代替わりまでの時期が四十年に近づいている今、すでに新芽は生まれている、ということになる。


 前回、その時の皇帝が雄鹿を保護し、代替わりは無事に行われた。だから、今回も生まれているはずの雄鹿を早く保護し、皇帝に預ける必要があると思うのだ。


「公爵がそのように気にしてくれるのはありがたい。私は代替わりの時には、すでに生きておらぬだろう。その時代の世界樹の番人を、どうかそのまま支援して欲しい。公爵が頼りだ。今のベルリエ公爵は、まったく興味もないようだからな」

「ベルリエ公爵など、どうでもよいですが、代替わりについては俺は支援は惜しみません」

「頼りになる。引き続き、雄鹿については調査するが、公爵も何か分かったら知らせてくれ」

「承知しました」


 やはり、今回も代替わりについては、進展はないようだ。レナートは内心溜め息を吐く。


 代替わりについて、文献には回帰に関する話は一切出てこない。レナートが回帰していることは、皇帝にも話をしていない。


 これまでレナートが回帰を複数回する中で、毎回、回帰の時期が進んでいることが気になる。前回の回帰時より、今回の回帰は半年ほど時期が進んでいた。そして前々回は、前回よりさらに半年前だった。それが何故か、徐々に崖に追いやられているような、そんなぞっとする感覚がする。


 とにかく、早めに雄鹿は見つける必要がある。もう少し国内を調べても見つからないようなら、国外にも捜索を広げる必要があるかもしれない。そのように考えながら、その日の皇帝との謁見を終えるのだった。

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