第24話 ※レナート視点

「ま、まぁ……公爵も娘には優しくしますのね」


 ほほほ、と皇女は笑っているが、顔が引きつっている。そして、口は笑みを浮かべたまま、皇女は笑っていない目をリディに向けた。


「公爵令嬢の瞳は青色ですのね」


 リディは黒い瞳のセザール兄上と青い瞳のリリアナが両親であり、瞳に関しては母から受け継いでいると言えるだろう。


 青色の瞳は、当然ながら遺伝的に受け継ぐものとされるが、それよりも一般的には、魔力がある人という認識の方が強い。貴族であれ、平民であれ、親の瞳が青くなくとも、魔力があれば、青色の瞳で生まれることが多いのだ。ごくまれに、魔力がないのに青色の瞳の人も存在はするが、それは単純に遺伝的に青色で生まれた、というだけに過ぎない。


 そして、セザール兄上やレナートのように、黒色の瞳も魔力持ちである証だ。青色や黒色の瞳は、両方とも一般的には魔力持ちというように認識される。


「公爵令嬢、公爵令嬢の亡くなったお母様のお名前は、何というの?」

「ママの名前?」


 先日、リディの母は誰なのかと、皇女はレナートに詰め寄っていたが、レナートが一切答えなかったからか、今度はリディに聞くことにしたらしい。


「ママはママだよ?」

「公爵令嬢にとってはママでしょうけれど、ママにも名前はあるはずでしょう?」

「ううん、ママはね、ママって名前!」


 リディは無邪気な顔をして、笑って答える。子供特有の話の通じなさが、すごくいい。


 まあ、リディは、初めて会った頃、父の名前は何だとレナートが聞いたとき、パパはパパだと言っていたから、あの時も質問の意味は分かっていて、とぼけていた。子供特有の無邪気さをもってとぼければ、大人は子供は馬鹿だから分からないのだと、結論づけてそれ以上子供に追及しないこともある。リディはそうやって、これまで大人からのあれやこれやの追及を切り抜けてきたのだろう。


「ふふふ、そう、ママという名前なのね……。ねえ、公爵、公爵令嬢はこう言っていますけれど、公爵令嬢の母親は誰なの? レイズ伯爵家のマリア? バス侯爵家のライラ? ハンブリー子爵家のカトリーヌ? それとも……」

「リディの母が誰かなど、皇女殿下に教える必要はないと思いますが」


 皇女が挙げた名前は、どれも青色の瞳の女性で、学園に通う頃、レナートと噂になった人物である。全員生きているし、全員すでに結婚している。リディの母は死んだと伝えているのに、それを嘘だとでも思っているのだろうか。


 嫉妬の色を含んだ視線でレナートを睨んだ皇女だったが、再びリディを向いた。


「公爵令嬢は、公爵にきちんとした妻が必要だと思うでしょう?」

「パパはいらないって言っているよ。私もパパに妻はいらないと思う!」

「そんなことないと思うわ!? 公爵令嬢、近くにお母様がいなくて、すごく寂しいのではなくて? 公爵は、父として公爵令嬢を可愛がってくださっているみたいですけれど、母親と父親はやはり違いますもの。女性は女性に相談だってしたいと思うし、娘に必要なものに気づけるのは、やっぱり母親だと思うの。公爵令嬢には、母が必要よ」

「……ママが必要……」

「そう、お母様が必要! 公爵令嬢が好きなお菓子や、好みのドレスなんかは、父親は気づけないものよ。そういう相談は、お母様としなくてはね!」


 ちらっとリディはレナートを見た。もしや、皇女に説得されそうになっているとは言わないよな?

 リディは再び視線を皇女に戻し、口を開いた。


「パパは好きなお菓子や食事は好きなだけ食べていいって言ってくれるから大丈夫。お洋服はね、私も自分の好みはよく分からないけど、明日パパがお店で一緒に見てくれるから楽しみなの。だから、ママでなくても、パパがいれば何も困らないから、ママはいらない」

「そんなことはないと思うわ! 母は必要なのよ!」

「うーん……、あ! そういえばね、屋敷にママみたいな人、いる!」

「……え?」


 皇女がリディの発言に怪訝の声を出したが、レナートも表情は変えなかったが、疑問が沸く。リディは何を言い出した?


「いつもパパとベッドで目が覚めた後、起きたかなって確認しにきてくれて、いつも私に可愛いねって言ってくれる! 頭も撫でてくれる!」


 ブリスのことか?


「朝食も昼食も夕食も一緒だし、パパのお世話も私のお世話もしてくれるんだ。夜寝るときまで、ずっと一緒に過ごしているから、もうママみたいなものかも!」


 ブリスは世話焼きだからな。


「あれ、気づかないうちに、パパもママもいたね、パパ! だから、新しいママは、やっぱりいらないね!」


 バリッと鈍くて何かが割れる音がした。その音は、皇女の持つ紅茶のカップのどこかが割れた音のようだ。


「……どういうことですの、公爵。屋敷に、新しい女を住まわせていますの?」


 なぜ女? 誰も女だとは一言も言っていないが、皇女はリディの話を勝手に脳内で女性に変換したらしい。想像力が豊かだな。まあでも、その勘違いに便乗させてもらおう。


「さあ、どうでしょう。屋敷に女性の出入りがあることは否定しませんが」


 使用人の女性とか。事業や領管理の女性の部下とか。


「俺に女性の噂が絶えないのは、昔から分かっていることでしょう。今は娘がいますし、妻は不要です。娘が言うように、娘が母のようだと慕う人物もいますので、母も不要。よって、皇女殿下を妻にすることはありません」

「公爵!」


 レナートは席を立った。もうこの無駄なお茶会は終わりでいいだろう。


「皇帝陛下との謁見に行かなければなりませんので、これで終わりにさせていただきます」


 レナートはリディを抱え上げると、皇女を向いた。


「俺の意見は変わりません。もう二度と、この話題をしないでいただきたい。後程、皇帝陛下にもそう伝えさせていただきます」

「待つのよ、公爵!」


 レナートはリディを連れて、皇女を無視して庭園を去るのだった。

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