第23話 ※レナート視点

「公爵に娘がいたとは思っておらず驚いて、先日はつい公爵には失礼なことを言ってしまいました。申し訳ないことをしてしまいましたね」


 いつもとは少し違う皇女の口調に、レナートは若干片眉を動かした。


 一昨日の皇帝との謁見後、リディを別のところに待たせて、皇女と二人で話をした。十分程度だったが、その時は、皇女はレナートの婚約者でもないのに、さもレナートが婚約者とでも勘違いしたような発言が目立った。レナートが他の女との間に子供を作ったと、浮気や不倫をしたような責め方をされた。


 あまりにも生産性のない話に辟易として、十分も聞けば、皇帝の要望にも応えたことになろうと、あの場を後にしたのだが。


 今日の皇女は、表面上だけは落ち着いているようだ。


「それで、話とは?」


 さっさと面倒な話は済ませたい。

 レナートのどうでも良さそうな声音に、ピクっと口角を上げた皇女は、やはり表面上はにこやかに再び口を開いた。


「公爵に娘がいることには戸惑ってしまいましたが、冷静に考えれば、わたくしと公爵の結婚には、何も問題ないことに気づいたのですわ。公爵令嬢が後継者というなら、そのようになさればいいのですもの。先日見せていただいて驚きましたが、公爵令嬢は闇の魔法の才能があるようですね。わたくしと公爵との子は、いずれ皇宮に入る可能性がありますから、ラヴァルディ公爵家の後継者は公爵令嬢に任せますわ」

「皇女殿下、何度も言いますが、俺は皇女殿下と結婚しません」

「わたくしも何度もいいますが、わたくしに相応しい夫となる方は、公爵以外いませんわ」


 話が通じないとは、こういうことを言う。何度このやり取りをしたことか。


 皇女はレナートと同じ年で、帝都にあるリンバルム学園で同じ教室で講義を受けた。リンバルム学園に入ってからというもの、レナートは皇女からずっと言い寄られていた。


 レナートがリンバルム学園に入学したときには、すでに兄セザールはラヴァルディ公爵家には一生戻らぬと手紙を残し、去った後だった。つまりは、その時にはレナートはすでにラヴァルディ公爵家の後継者となっており、身分、将来性、顔も良く、魔力も高いレナートは、学園に通い始めた当初から、すでに女性に好意を持たれるのは日常だった。


 レナートが皇女以外の女性と仲良くするのが気に入らないらしく、レナートと親密に見えた女性の方へ、嫉妬からか皇女の嫌がらせもあった。いくらレナートが皇女とは結婚しないと言っても、皇女は聞きやしない。


 しかも、野心まであって、すでに皇太子は自分の姉だと決まっているのに、まだ皇帝の意思を変えられるとでも思っているのか、レナートとの間に子ができれば、自分が皇太子になるのは無理だとしても、その次を狙っている。父がラヴァルディ公爵となれば、皇族の後継者争いに乗れると思っているのだ。つまりは、レオポルド皇子の立場を脅かそうとしているのである。


 レナートは皇族には興味がないし、そんなバカバカしい争いに巻き込まれたくもない。皇女には早くレナートを諦めてもらい、他の誰かと結婚してほしい。


 皇女はリディに顔を向けた。


「公爵令嬢もそう思いませんこと? 公爵に相応しい妻は、わたくししかいないと思いますでしょう」


 まさかリディを連れて来いというのは、まだ五歳で御しやすそうなリディを攻めようということか。皇女に話しかけれた肝心のリディは、お茶の用意がしてある目の前の茶菓子のチョコレートから顔を上げた。


「皇女殿下、このチョコレートは食べてもいいですか?」

「……もちろん、召し上がって」


 質問にまったく違う質問で返すリディ。さすがレナートの娘。皇女の返し方が、教えてもいないのにレナートそっくりだ。皇女の笑顔は引きつっている。


「パパ、食べていい?」

「ああ」


 先ほど、知らない人からお菓子はもらうな、という話をしたからか、リディはそんな風に確認してきた。『二度目まして』ではあるものの、まあ皇女は知らぬ人ではないし、今はレナートもいるので問題はない。とはいえ、今後レナートがいない場でのこれはいただけない。皇女は恋敵にも平気で下剤入りのお菓子を笑顔で贈る人である。『知っている人』でも要注意人物もいると、リディには後日教え込む必要がありそうだ。


 そのリディは、ニコニコとチョコレートを口にしている。可愛いから、今日は小言を言うのはよそう。


「公爵令嬢は、お菓子が好きなのね。今日はとても可愛らしいドレスを身に付けられているけれど、公爵は公爵令嬢の好みを聞いたりしてくれるのかしら?」


 リディは顔を振った。


「まあ、やっぱり。男親というものは、そういうものですわ。特に公爵は昔からあまり表情が豊かではないですし、貴婦人の間でも公爵は冷たい人だと有名なのです。わたくしにも、時々冷たいですし」


 時々? 毎度冷たくしているつもりだったが、足りなかったのか。


「公爵家に来て、まだ短いのでしょう。公爵令嬢は公爵を怖いと思ったことはなくて?」


 リディの設定として、外にいた娘を引き取り、母親にあたる女性は亡くなったと先日皇女には告げた。だから、リディとレナートは近しくなった期間が短いため、まだよそよそしい関係とでも皇女は思っているのだろう。


「パパはね……」


 ちらっとレナートを見たリディは、皇女を向いて頷いた。


「パパはね、怖い」


 おい。今日はレナートを守ると言っていなかったか?


「でも、パパはね、私にすごく優しいの。いつも抱きしめて、たくさんキスしてくれる。毎日、お仕事の時間も、寝る時も、私の傍にいるの」

「……公爵がそんなことを? それも娘に? ……わたくしには、そんなことを一度もしてくれないのに?」


 皇女は引きつった顔で言った。そんな皇女にリディは満面の笑みで口を開いた。


「私だけ特別だもの! 娘は可愛いってパパはいつも言ってる! ……でも、手の甲にはキスしてもらったことない。パパ、私にもキスして?」


 首を傾げて告げるリディは、可愛いに過ぎる。先ほどレナートが皇女にしたキスが気になっていたのか。可愛いおねだりに、つい笑みが零れてしまう。


「もちろん」


 リディの手をすくい、甲にキスをすると、リディは嬉しそうに笑みを零した。そんなレナートに驚いた目を向けた皇女は、信じられないものでも見たような顔をしている。

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