第25話

 皇女とのお茶会が終わると、パパはリディを抱えて移動した。これからリディはパパを待っている間、レオとお話をするのだ。しかもケーキ付き。


「皇女殿下は、パパとの結婚、諦めてくれたかな?」

「どうだろうな。まあ、この手の話には二度と応じないから、リディは気にしなくていい」

「私、パパを守れた?」

「そうだな。皇女へのリディの返しは良かったぞ」


 くくく、とパパは笑う。リディもへらっと笑う。パパが気に入ったなら、よかった。


 それから、レオの指定の場所まで来ると、パパはリディを降ろした。


「では、レオポルド殿下、しばらくリディを宜しくお願い致します」

「はい」


 パパが去っていくと、レオが手を出した。


「奥の部屋にドームがあるんだ。小さな庭園なんだけど俺は気に入っていて、そこでお茶をしよう」

「うん」


 レオと手を繋ぎ、少し歩いて行くと、ガラス張りの温室で可愛らしい庭園があった。あまり背の高くない木と、小さくて可愛い花がたくさん咲いている。庭園の中央には、可愛いテーブルセットが用意してあった。


 それぞれ席に座り、さっそくケーキとお茶でお茶会である。


「わあ! このチーズケーキ美味しい!」


 チーズケーキに添えられているベリーのジャムがとても合う。


「それはよかった。好きなだけ食べて」

「うん!」


 笑みを浮かべて楽しそうなレオは、その後、言いにくそうな顔をして口を開いた。


「初めてリディと会った日、本当にリディには助けられたから。改めて言わせてほしい。あの時は助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして? でも、この前もお礼言われたよ? そんなに気にしなくていいのに」

「うん、そうなんだけれど。でも、リディにはお願いがあって」

「お願い?」

「あの時に見たこと、聞いたこと、全部内緒にして欲しいんだ」

「……内緒に?」


 そんなに内緒にするようなことって、あっただろうか。リディはレオとの出会いを思い出そうとした。



 まだパパの娘になる前のリディは、三ヶ月ほど前に一人で帝都にやってきて住み始めたばかりだった。住む場所は、帝都にいくつかある孤児院の一つ。親のいない子は、大抵孤児院に身を寄せることが多い。親のいない子は、大人に守ってもらえないため、大抵騙されるか攫われるなどして、ギーのような闇ギルドに売られることも珍しくないのだ。


 孤児院は、一応は国から食事の配給はある。量は多くはないが、それを食べることができれば、お腹いっぱいにはならなくとも、死にはしない程度には成長はできる。


 回帰の過去の中で、すでにギーに売られた経験のあるリディは、ギーに存在を知られないよう注意しつつも、身を寄せた孤児院で元気に過ごしていた。


 孤児院の子達と街中を走って遊んでいたあの日、外套のフードを深々と被り、何かを探している様子のレオを見かけた。深く被ったフードが邪魔で顔しか見えないけれど、レオは困っている様子で、しかも焦りもあるような表情だった。


 一緒に遊んでいた孤児院の子供たちから離れ、リディはレオに近づいた。


「どうかしたの? 何か探しているの?」


 リディに話しかけられて、驚いた表情のレオだったが、首を振った。


「ううん、気にしないで。大丈夫だから」

「でも……、落とし物なら、一緒に探すよ?」

「そういうわけではないのだけれど。……落とし物ではなくて、ある植物を探しているんだ」

「植物?」

「どこに生えているか分からなくて。白い花を咲かせる植物なんだ。ギアラエラメルギアっていう植物なんだけれど」

「ギア……?」


 なんだか舌を噛みそうな名前の植物である。


「うーん……どういった植物なんだろう?」


 首を傾げていると、レオは外套の下から紙を出して広げた。


「こういう植物だよ」


 紙には植物の絵が描かれてあった。色はなく白黒の絵で、筒状の変わった花を咲かせる植物だった。


「……叫び草?」

「……? サケビソウ?」

「あ、あのね、そういう名前ではないとは思うのだけれど、そういう名の付いた植物があるのは知っているよ。この絵みたいな花を付けるの。強い風が吹く日は、この筒状のような花の中を風が通ると、『ブォオー』って変な音がするの。魔獣が叫ぶような不気味な音がするから、みんな『叫び草』って呼んでる」


 見た目は可愛い植物なのに、ちょっと魔獣のようで、街の人はあまり好きではないようだ。


「叫び草なら、ちょっと前に咲いているのを見たよ。私が連れていってあげようか?」

「……っ、ありがとう!」

「いいよ! お姉ちゃんに任せて!」


 つい先日回帰するまで十二歳だったリディは、体は小さくても、孤児院でもお姉ちゃん的存在になれていると自負していた。


 手をレオに差し出すと、レオは困惑しながらリディの手を握った。レオを連れて歩き出す。


「君は……えっと、失礼だけれど、年齢はいくつ?」

「十二歳だよ」

「……十二歳」


 誰が何と言おうと、十二歳ったら、十二歳なのだ。もう赤ちゃんは卒業しました。


 それから、リディはレオを叫び草の生えているところに案内した。

 叫び草は雑草扱いだけれど、いろんなところで咲いているような花でもない。リディもそんなに見かける花ではない。それでも、先日見たばかりだったため、自信をもって案内した。


 それは、帝都の貧民街近くを流れる小さな川の緩やかな土手に咲いていた。多くはないけれど、ニ十本ほど自生している。


「……!! ギアラエラメルギアだ!」

「叫び草と一緒だった?」

「うん! ありがとう!」


 気が急いたのか、リディから手を離したレオは、足早に叫び草に近づく途中、傾斜になっていた土手を転んだ。


「だ、大丈夫!?」


 慌ててレオに駆け寄ると、起き上がったレオの手の平には、擦ったように薄皮がめくれ、血が出ていた。しかも、深々と被ったフードが外れ、レオは今は顔だけでなく髪も見えていた。レオは綺麗な銀髪で青い瞳が宝石のように輝く、綺麗な子だった。


「大丈夫。見た目ほど痛くないから」


 何ともなさそうにレオはそう告げたけれど、リディは怪我が痛そうで顔をしかめた。

 今日は新月だから、光の精霊ララの力は弱まる日だけれど、光の魔法の癒しの力は、強い魔法ではないから、今のリディでも使える。


 リディは周りを見渡す。闇ギルドのギーらしき人物はいない。ララがいないときには、光の魔法は使うなとララに言われていたけれど、ちょっとくらいなら、他の人に見られることもないだろう。


 レオの手の平の上にリディは手をあてて、癒しの力を使った。すると、リディの青い瞳は金色に光り、リディの手も淡く光る。そして、金色の瞳が青い瞳に戻り、リディの手も光らなくなると、レオの手の平の怪我は、きれいさっぱり見えなくなっていた。光の魔法の癒しの力や、神聖力を使った治癒の力は、目が金色になって手も光るのだ。なぜかは知らないけれど。


「もう痛くない?」

「……驚いた。君、聖女だったんだね」


 聖女とは、神聖力が使える女性のことである。


「痛くないよ。ありがとう、怪我を治してくれて」

「どういたしまして」


 それから、レオは全ての叫び草を袋に入れて持って帰っていった。

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