第20話
リディの家出から二ヶ月が経過していた。相変わらず、パパの傍で過ごすリディだが、最近ついに訓練が始まってしまった。何の訓練かというと、闇の魔法の訓練である。
どうやら、パパはリディをラヴァルディ公爵家の後継者にしようとしているようだった。そんなすごいものになれるのだろうか、と不安だ。
ラヴァルディの屋敷の裏にある黒騎士団の拠点の訓練場では、パパがリディに闇魔法を教えていた。訓練場は屋根付きの広いホールだ。黒騎士団の拠点には、大小いくつかの訓練場が用意されている。
「……いぁ! ……いゃ! ……んなぁ!」
リディは手のひらを上に向けると、パパに教えてもらった通りに闇魔法の一つで、黒いもやもやとしたようなものを手から出す。勝手にリディは黒い影や黒い煙と言っていたが、パパも『黒い影』や『影』や『煙』と言っているから、認識はあっているらしい。
それにしても、手からもやもやと煙みたいなのが出るのが気持ち悪い。煙を出しては引っ込め、煙を出しては引っ込めを繰り返している。
「相変わらず、奇怪な悲鳴だな。どうしてすぐに影を消す?」
「気持ち悪いもぉん……」
パパに教えてもらった通りしたら、影はすぐにでるようにはなったのだが、手の影や煙からそのうち魔獣が出たりお化けが出たりするのではないかと、怖すぎる。だから、影を出しても、すぐに消したい衝動に駆られる。
リディは三メートルほど離れていたパパに近づくと、パパに両手を向けた。
「パパ、抱っこしてぇ!」
パパがリディを抱っこする。
「もう今日は訓練はお終いにしよ?」
「今はじめたばかりだろ」
「でも、パパ、影出たでしょ。頑張ったよ。今日はもういいと思う。ね?」
「あと少しくらい……」
リディは駄目押しとばかりにパパの頬にキスをした。
「お願い、パパ」
「……仕方ないな」
「また、そこで折れるんですね」
いつの間にか傍に立っていたブリスが、苦笑しながら言った。
「リディ、兄上におねだりするのを覚えてしまいましたね」
てへっとブリスに笑顔を向ける。リディはパパがリディを甘やかしてくれるのが好きなのだ。そんなリディの頭を撫でてから、ブリスはパパに言った。
「訓練も終わりにするでしょうから、兄上にお渡ししておきます。皇帝陛下からのお手紙です」
ブリスに封を開けてもらい、リディを片手で抱いたまま、パパは手紙を読みつつ、眉を寄せた。
「皇帝陛下は、なんと?」
「リディの噂が皇帝まで届いたらしい。一度顔を見せろと」
「まあ、そろそろ来るかな、と思ってましたしね。帝都に行かれますか?」
「ああ。準備をしておけ」
「承知しました」
読んだ手紙をブリスに渡すパパに、リディは口を開いた。
「パパは帝都に行くの? 私も行きたい」
「ああ、今度の呼び出しはリディも含まれているから、リディも連れて行くよ」
「……私も呼び出し?」
皇帝から? なぜ? リディはただ単純にパパについて帝都に行きたかっただけなのに、皇帝に会うのは予想外だ。
「心配しなくていい。皇帝は怖い人ではないし、俺もついている」
結局、次の日にはリディとパパは帝都に向かった。といっても、途中でパパの力で地下世界を通るので、馬車で数十分程度で帝都のラヴァルディ公爵家の屋敷に着いた。
帝都のラヴァルディ公爵家の屋敷も、すごく広くて豪華だ。さすがラヴァルディ公爵家。
ちなみに、リディが家出した後、パパが最初にリディを娘にしたかった本当の理由を知った。パパが結婚したくないから、らしい。「何でパパは結婚したくないの?」と聞いたら、「モテすぎて困るから」だそうだ。まあね、パパはカッコいいですよ。でも自分で言うんだ、とは思ったけれど。
「女は面倒だ」とパパは言う。だけど、「私も女だよ」と言ったら、「女は女でも、娘という属性は思った以上に可愛いし、構いたくなる」と言っていた。パパがリディを娘にした理由を最初に聞いたときは、ちょっと複雑だったけれど、「リディのことは可愛い」と言ってくれるから、パパの事は許してあげるのだ。
そんなこんなで、パパが皇帝に呼び出された理由は、パパが言うには、皇女に求婚されているパパに娘がいた、という噂があるので実物を見て確かめたい、というのもあるだろう、とのことだった。
帝都に到着した日の昼過ぎ、リディとパパは皇宮に向かう。
それにしても、手紙が届いた日に領地にいたラヴァルディ公爵が、次の日に皇宮に呼び出されるって、普通はないよね、と思ってパパに聞いたら、パパが地下世界を行き来できることはみんな知っているので、それを使えばラヴァルディ領なんてお隣さんも同然だということのようだ。
皇宮の敷地は広い。皇宮の敷地の中に宮殿は複数あるが、敷地の中に森なんかもある。
リディは何度も回帰している中で、毎度帝都に住んでいた。帝都は生きづらいし、ひどい目にもあっているし、良い思い出はない。それでも帝都にいたいと思ってしまうのは、帝都の皇宮の奥深くに、世界樹があるからだった。
ただ、過去の回帰では平民でいることが多く、皇宮の敷地に入れる身分も仕事もなかった。だから、少しでも世界樹の近くに住みたい。それが帝都にいたいと思う理由だった。なぜ、リディが世界樹の近くにいたいと思うのかは分からない。時々、木がたくさんある夢を見るからかもしれない。正確な理由は自分でも分からないけれど、世界樹に近づきたい、と思ってしまうのだ。
皇宮の玉座の間にパパと共に入室する。玉座には皇帝、そしてその隣に皇帝より若い女の人が座っていた。
「ラヴァルディ公爵レナートが皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。皇女殿下もお久しぶりです」
「最近、すっかり皇宮に顔を出さなくなったな。噂では娘ができたからと聞いたが、そなたの隣にいるのがそうか?」
「はい。リディ、ご挨拶を」
リディは少しだけ前に出ると、昨日練習した挨拶を思い出しながら、カーテシーをした。
「皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。ラヴァルディ公爵が息女、リディでございます」
顔を上げると、皇帝は笑みを浮かべていたが、隣に座る皇女は不機嫌だった。
「ほう。ラヴァルディ公爵令嬢は何歳か?」
「十二歳です」
「五歳だろ? 失礼しました、皇帝陛下。娘は、大人に憧れがある年頃でして」
「よい。可愛いではないか」
十二歳なのに! リディは少しだけ頬を膨らます。
「しかし、五歳というなら、公の……十六歳の時の子ということになるか?」
「陛下がご存じのように、女性には困っていませんので」
「まぁ……そうかもしれんが」
皇帝は横目で皇女を見たが、すぐにパパに目を戻す。
「しかし……本当にラヴァルディの後継者というのか?」
実の娘ではないのではないか。皇帝はそう言いたいのだろう。
「皇帝陛下がよろしければ、リディの力をお見せしましょうか?」
「ほう? 見せてくれるのか?」
え、聞いていませんけど。パパを見ると、パパが頷く。いや、頷かれても困ります。
その時、リディの近くに騎士がやってきて、床になにやら半円のよく分からないものを置いた。何だろう、とこの時は思っていたのだが、後日パパに聞いたら、これは魔法封じを一時的に解除する装置とのことだった。皇宮の敷地で本来魔法を使ってはいけない人に、一時的に魔法が使えるようにするものなんだとか。
リディは小さな声でパパに言った。
「パパ! 煙は嫌!」
「少しだけだ」
顔をぶんぶん振るが、パパは引き下がってくれない。最終手段、パパの頬にキスをして、おねだりしたいが、皇帝の前で今はそんな雰囲気はない。
リディはしゅんとしながら、仕方なく手の平を前に出した。
「……ぅみ! ……んな!」
煙を出しては引っ込め、煙を出しては引っ込めを二度繰り返し、パパを見た。やっぱり黒い煙は苦手だ。
「もぉいい?」
「いいよ」
パパはリディを抱き上げて、口を開く。
「申し訳ありません、皇帝陛下。娘は闇魔法に慣れておらず、このあたりでお許しを」
それでも、煙が出せたということは、ラヴァルディにしか使えない技だと証明はできたらしい。
「ほう。五歳でもう闇の魔法を使えるようになっているとは。さすが公の娘だな」
相変わらず皇女は不機嫌だけれど、皇帝は満足そうだ。
「さて、この後だが、皇女と話し合う場を設けてはくれぬか。何の話かは公も察しているだろう」
「承知しました」
皇帝への謁見はとりあえず終わり、リディとパパは玉座の間を出た。そしてパパは皇宮を歩き、ある庭でリディを下ろす。
「このあたりは、皇族と一部の貴族しか入れない場所だ。リディはここで少し待っていてくれないか? 珍しい花も植えてあるし、リディが見て回っているうちに戻って来るから」
「パパは皇女殿下とお話をするの?」
「そうだ。長くはかからないと思う」
「うん、わかった。待ってるね」
そう言って、パパと別れたのが三十分ほど前。
「ここどこ?」
庭を散歩していたはずなのに、リディはいつの間にか室内に入り込んでいた。そこは温室のようで、下に咲く花ばかり見て移動していたため、違う区画に来たのに気づかなかったらしい。
元の場所に戻ろうと、勘で歩みを進めていたが、さらに知らぬ場所に到達してしまった。
「……パパぁ」
不安でキョロキョロしていると、声がした。
「君、誰?」
男の子が立っていた。リディより少し年上そうな綺麗な子。
「迷子になっちゃったの?」
「ううん! 迷子じゃないよ!」
迷子は赤ちゃんがなるものだ。リディは大人だから、ちょっと横道にそれちゃったのに気づくのが遅れただけ。
「あれ、君……どこかで見たような」
「え? …………あ! あの時、帝都の街にいた男の子!」
「……あ!」
綺麗な銀髪で青い瞳が宝石のように輝く男の子。帝都の街で闇ギルドのギーに捕まる前に、リディが助けてあげた男の子だ。
「良かった! 元気でいたのね!」
「うん。あの時はありがとう」
「どういたしまして。お姉ちゃんに任せてって言ったでしょう」
「……お姉ちゃん」
男の子は苦笑する。
「もしよかったら、君が知っているところまで案内するよ。どこから来たの?」
「本当? ありがとう。あのね、皇帝陛下に挨拶をして、パパが皇族と一部の貴族しか入れない庭で待ってて、って言っていたの。それで庭を散歩していたら、ここに来ちゃった」
「……玉座の間から近い庭ってことだね。だいたいわかった。こっちだよ」
男の子が手を差し出したので、リディは男の子の手を握って、二人で歩き出した。
「君、名前は何ていうの?」
「リディだよ。あなたは?」
「レオポルド。レオでいいよ」
「うん、レオ」
二人でニコニコと笑みを浮かべ、歩みを進める。
「レオはどこから来たの? レオもパパについてきたの?」
「ううん。俺はここに住んでいるから」
「へぇ! 広いお屋敷だね! 私の家と一緒! うちも広いお屋敷なの」
あれ、でもここって皇宮だよね。何でここに住んでいるのだろう。あれかな、皇宮の使用人の息子とかだろうか。
「リディは……帝都の街で会った時、十二歳って言っていたよね」
「うん。十二歳だよ」
レオはふっと可愛らしく笑い、「そっか」と呟く。
そうやって、レオについていくと、いつの間にか見覚えのある庭に戻ってきていた。
「リディ!」
「……パパ!」
どうやらリディを捜していたらしいパパが、リディを見てほっとした顔をした。リディはレオの手を離して、パパに向かって走る。そしてパパに抱き付いた。パパはリディを抱き上げながら、抱きしめる。
「ったく、どこにいったかと思った。捜したんだぞ」
「ごめんね、パパ。ちょっとだけ、よそ見しちゃったの」
「……迷子か?」
「ううん、よそ見」
その時、パパはレオに気づいたようだった。
「これは、レオポルド殿下。もしや迷子の娘を連れてきてくださったのですか?」
「はい」
迷子じゃないのに。そう思って、むっとしたリディだが、パパの言葉が気になった。
「殿下?」
「レオポルド殿下だ」
「……皇子様?」
驚いてレオを見ると、レオは笑った。
「そうだよ、リディ。一応、俺は皇子なんだ。それにしても、リディの父がラヴァルディ公爵とは驚きました」
「娘を助けていただき、ありがとうございます」
「いえ、気にされないでください。良かったね、リディ。父上に会えて」
「うん、ありがとう。レオ」
ニコっと笑ったレオは、去っていった。
まさか、帝都で助けたあの子が皇子だったとは。世の中はせまいなぁ、と思うリディだった。
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