第14話 ※レナート視点
奇怪な声といえば、先日リディは最大限に奇怪な声を出した。
「ぴぎゃぁぁぁああああ! お化け!」
リディがお化けだと勘違いしているソレは、お化けではない。ヴァルバスと言う上位悪魔である。ラヴァルディ公爵家の当主と後継者は、代々悪魔を服属させていて、ヴァルバスはレナートの契約悪魔であった。
リディとの最初の出会いから、リディはどうもヴァルバスを苦手にしているようなので、最近はリディが起きている時は呼び出していなかったのだが、ヴァルバスに任せていることについて報告するために、ヴァルバスがレナートの顔の横に現れたのだ。
ヴァルバスには、しばらく姿は表さないように言っておいたのだが、ヴァルバス自身がヴァルバスを苦手にしているリディと接触したかったらしい。あいつはワザと現れたのだ。ただ、レナートとしても、いつまでもヴァルバスを苦手にされるのも困るため、現れたヴァルバスをあえてそのままにした。
そして、リディのあの奇怪な悲鳴である。鼓膜が破れるかと思った。
脱兎のごとく逃げようとしたリディを捕まえたままでいると、その場を離れられないことに号泣し、リディはレナートの上着をひっぱり、レナートの胸と上着の間に身を潜め、「呪うならパパにして!」と叫んだ。薄情な娘だな。
「リディ、ヴァルバスはお化けじゃない。悪魔だ」
「悪魔じゃない! もやもやってしてる! お化けだもん!」
「もやもやして見えるのは、リディがまだ完全に契約しているわけではないからだ。リディが契約したら、悪魔をちゃんとした姿で見ることができるようになる」
ぷるぷる震えるリディは、泣きながらそっと上着をずらして、ヴァルバスを見ようとした。しかし、それに気づいたヴァルバスが、ばっとリディに顔を近づける。
「ふぇっ!?」
驚いたリディは気絶した。
レナートはヴァルバスを殴る。
『痛っ! レナートが殴れば、俺サマは痛いんだぞ!?』
「リディを怖がらせてどうする。面白がっているだろ」
その時、リンッと小さく音がしたと思うと、リディの中から光の妖精が出てきた。
『悪魔め! リディをいじめたな! コノヤロッ!』
光の妖精がヴァルバスの手をパンチすると、ジュッと音がして焼け焦げた匂いがする。
『ォイオイオイ。俺サマの手を焦がしやがったな?』
ヴァルバスが光の妖精の顔を掴もうとすると、しゅっと光の妖精はリディの中に消えた。そこに逃げ込むのか。
『フン、そんなところに逃げても俺サマがすぐに捕まえて――」
「ヴァルバス、しばらく失せてろ」
ヴァルバスを支配しているレナートは、強制的に悪魔を下がらせた。そもそも、ヴァルバスはわざわざ姿を表さずとも、報告だけならレナートの頭の中でできるのだから。
レナートは溜め息をつく。リディをヴァルバスに慣れさせるのは、しばらく時間がかかりそうだ。
そんなこともあったが、リディは今はレナートの横で本を読んでいた。
リディは文字が読める。リディの両親は二人とも元は貴族だが、駆け落ちして身を隠した関係で、平民に落ちている。だからリディも平民だったが、平民の五歳が文字がすらすらと読めるのは、驚きの事実だった。両親が教えたのだろうか。
リディの両親については、駆け落ちしている間について、調査は済んでいる。母のリリアナはリディが二歳の時に馬車の事故で死んでいる。父のセザールは、四ヶ月前に病気で死んでいた。セザールは神聖力が効かないことから、病気に気づいた時には、医師にかかっても手遅れの時期だったようだ。
セザールが死んで、レナートがリディを引き取るまでの三か月間、リディは元々住んでいた帝都近郊の西にある街から帝都に出てきていた。そして帝都の孤児院で過ごしていたようだ。そのたった三ヶ月の間に、リディに何があったのか。こちらで調べる限りは、孤児院が貧乏だったとはいえ、虐待などを受けた形跡はない。
それなのに、リディは殴られたり蹴られたり叩かれたりしてきたような怖がり方を見せる。リディを探っても、そのあたりは嘘をついてとぼけようとするので、実際のところがよくわからない。
もし、本当にリディにそういったことをした奴がいるなら、今からでもレナートが処罰をすると言っても、リディは「何もないよ」と言うだけだ。どこかで光の妖精を呼び出して、実情を聞きたいが、基本あの光の妖精は、リディに何かないとリディの中から出てくることがなくて、まだ聞きだせていない。
仕事がひと段落し、コーヒーで休憩していると、リディが読んでいる本が目に入った。有名な本で、レナートも幼い頃、何回か読んだことがある。
「雄鹿か……」
考えに耽りながら、そう呟くと、リディが顔を上げた。
「うん、そう、雄鹿! パパ、このお話を知っているの?」
「知ってるよ。金の角を持つ雄鹿の話だろ」
「うん。そうだ、私が今から読んであげようか?」
「……そうだな。読んでみてくれ」
リディは頷き、口を開いた。
「……旅人は言いました。雄鹿さん、雄鹿さんの金色の角を私にくださいませんか? 雄鹿は言いました。たとえ世界が終わっても、あなたのためなら喜んでこの角をあげましょう」
リディがすらすらと本を読む。
「……おじいさんは言いました。雄鹿さん、雄鹿さんの心臓を私にくださいませんか? 雄鹿は言いました。たとえ世界が終わっても、あなたのためなら喜んでこの心臓をあげましょう」
レナートはリディの声を聞きながら、思考に耽る。
「……母親は言いました。雄鹿さん、雄鹿さんの肉を私にくださいませんか? 雄鹿は言いました。たとえ世界が終わっても、あなたのためなら喜んでこの肉をあげましょう」
この話は、いろんな人や動物が、雄鹿に何かをください、というような内容がずっと続く。
摂取されるだけの雄鹿。『たとえ世界が終わっても』、欲しがる誰かに自身の身をも与えてしまう。
「……パパ?」
はっとした。どうやら考え込み過ぎていたらしい。
「悪い、ぼーっとしていた。読んでくれてありがとう」
「いいよ。パパは疲れているのよ。ちょっとお昼寝する?」
「いや。リディを構って癒されるとしよう」
「えー?」
横に座っていたリディを抱え、膝に座らせてから、頬にキスをする。きゃあっと笑うリディに笑みを浮かべながら、思考は再び雄鹿にいく。
金の角を持つ雄鹿を探せ、と帝都の闇ギルドのギーに依頼してから、雄鹿がいたという報告は来ていない。レナート自身も部下にも探させているが、そちらも見つかったという報告はない。
雄鹿の本で、雄鹿が『世界が終わっても』というのは、間違いなく世界樹を指しているだろう。そして、レナートが回帰する理由も、そこにある気がする。
今ある世界樹は、あと何十年かすれば、代替わりの時期である千年に到達する。その千年の節目について、前回の節目の鍵は金の角を持つ雄鹿だった。だから、何としても雄鹿を探さなければならないのだ。何かが起きる前に。
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