第13話 ※レナート視点

 朝、鳥のさえずりが聞こえ、うっすらと目を開けたレナートは、頭の上でリディの寝息が聞こえるのに気づいた。リディは腕をレナートの顔に巻き付け、どうやらレナートを抱きしめる形で爆睡しているようである。リディの右足はレナートの肩に引っかけている。


「……」


 いつもながら、リディは寝相が悪い。でも今日はマシな方かもしれない。時々、リディの足蹴りで、レナートは夜中に目を覚ますことがある。


 リディを娘にすると宣言して、一ヶ月が経過していた。リディにもう少し優しくしろとブリスに言われ、リディとほとんどの時間をずっと一緒に過ごしている。その甲斐あってか、最初こそビクビクしていたリディは、すっかりレナートに馴染んだような気がする。


 レナートも女の子とどう接すればいいのか分からなかったものの、愛情表現が無駄に多かった母を思い出し、真似してみたのが良かったのかもしれない。同じくあの母の息子だったセザール兄上からも、同じように愛情を受けていたのか、リディは最初こそ戸惑っていたが、今は完全に日常として受け入れているようだ。


「ぅ……ん」


 目が覚めたのか、リディがもぞもぞと動いている。レナートの頭の上にいたはずなのに、少しずつもぞもぞと動いて下に下がって来ると、レナートの上に乗り、レナートの心臓の上に耳を寄せている。レナートはそんなリディの髪に指を入れ、リディの頭を触っていると、リディはまたもぞもぞと顔を左右に動かし、ゆっくりと起き上がって、レナートに馬乗りになる。


「パパぁ、朝ご飯……」

「おはようが先ではないのか?」


 リディは食い意地が張っている。食べることが大好きで、よく食べる。食べることは制限していないので、お陰で痩せていた体が少しふくふくとしてきた。ただ、まだ痩せているから、もう少し太らす必要はありそうだ。


 レナートは欠伸しながら体を起こす。そんなレナートに、リディは可愛らしく首を傾げて言った。


「パパ、おはよ」

「おはよう」


 リディの額にキスを落とし、リディを抱えてベッドを出た。ソファーに移動すると、ソファーに座って、リディも膝に乗せる。それから、テーブルのベルを鳴らす。


 リディは欠伸をしてから、レナートへ体ごと向いて抱き付いてから横を向いた。どうもリディは寝起きはレナートの心臓の音を聞かないと落ち着かないらしい。


 使用人が部屋にやってきて何やら動いている間、レナートもリディも、まだぐだっとソファーで寛いでいると、今度はブリスが部屋にやってきた。


「おはようございます、兄上、リディ」

「おはよ、ブリス」

「おはよう」


 リディを見てくすっと笑ったブリスは、リディの頬に手を伸ばした。リディの頬を撫でながら、口を開く。


「また、兄上の心臓の音を聞いているのですか?」

「うん。いい音なの」

「そうですか。すっかり親子になっちゃってますねぇ。親子というより恋人同士のようにしか見えませんが」


 ブリスはリディを可愛がっている。リディの世話をするのも好きなようだ。


 リディの服を持ってきた使用人がやってきたので、リディはレナートの部屋の続き部屋へ着替えに行かせる。


 リディは最初は客間で過ごしていたが、リディがここにきて十日後にはリディの自室の工事が終わり、現在のリディには自室がある。しかし、今はずっとリディはレナートとほとんど一緒にいるので、まだ自室は使っていない。いつも使用人が服などはリディの部屋から持ってくるのだ。


 レナートはブリスから今日の予定を聞きながら、自身も使用人に手伝ってもらいながら着替える。レナートの準備が整うと、リディ待ちでソファーに座る。そうこうしている内に、リディが着替えて続き部屋から出てきた。


 今日は頭の低い位置の左右に可愛らしく髪をお団子に作り、薄黄色のワンピースを着て出てきた。そして、レナートとブリスの前まで来ると、いじいじと体を揺らしながらこちらを窺っている。


「……? どうした?」

「あ、あのね、今日の服ね、背中に羽が付いていてね……」


 恥ずかしそうにしているところが可愛い。


「へぇ。見せて見ろ」

「わ、笑わないでね?」


 くるっと背中を見せたリディは、服の背中に半透明の四枚羽が付いているのを見せた。


「よ、妖精みたい?」

「リディ、可愛いじゃないですか!」

「そうだな。可愛いよ」

「本当?」


 リディは後ろから前を向くと、恥ずかしそうに、そして心配そうな顔もした。


「赤ちゃんみたいじゃない?」

「そんなことないですよ。十二歳にしか見えません」

「……赤ちゃんには見えないな。可愛い妖精に見える。……大人ではないが」


 いまだ自称十二歳のリディは、四歳や五歳は赤ちゃんの認識のようで、五歳扱いすると機嫌が悪くなる。さすがに羽を付けておいて大人には見えないから本音を言ったレナートだが、大人でなくとも赤ちゃんでなければ良いようで、リディは可愛らしく笑った。


 前々から思ってはいたが、リディは可愛い。本人には色々とこだわりがあるようで、時々面倒だが、その面倒な言い合いなんかもレナートは嫌いではなく楽しんでいる。


 レナートとブリスの返答に満足のようで、リディはレナートの傍にやってきた。レナートが食事に行こうと立つと、リディが両手を広げる。すでに抱っこされるものという認識のようで、すっかりレナートに懐いたような気がして、レナートとしてもリディが可愛い。


 リディを抱えて食堂へ行く。すっかり手首が治ったリディは、一人で美味しそうにニコニコと食事をしている。


 食事が終わると、リディを連れて執務室へ移動し、リディが一緒になってからは、ずっとソファーに座って仕事をする。衝立の向こうで部下が報告をして、ブリスが間に立ち、書類なんかはブリスが受け取って来る。衝立を使っているのは、リディとよそよそしい内は、親子でないと疑われるのが面倒なので使っているが、そろそろこの衝立は取ってもいいかもしれない。


 黒騎士団の騎士には、たまたま魔獣の討伐でリディを見せることにはなったが、その後、一度正式にリディを紹介した。リディは騎士団へ行く時は魔獣を殲滅する時だという認識のようで、レナートにくっついていないと魔獣に食われるとでも思っているのか、いつもピタッとレナートにくっついたまま離れない。だから、誰も本当の親子ではないと疑わないだろうと思ったのだが、正解だったようだ。


 黒騎士団の騎士たちは、「怖い閣下からこんなに可愛らしいお嬢様が! 世の神秘!」と腹立つことを裏で言っているらしい。レナートほどの美形から可愛い娘ができるのは、何もおかしい話でもあるまいに。


 その騎士団を伴い、ここ一ヶ月で何度か魔獣討伐を行ったのだが、毎回リディは連れて行った。レナートの後継者となるのだから、いずれ魔獣討伐がリディを待っている。ビビりのリディを少しでも慣らそうと思ったのだ。


 そのたび、リディは「ぴぁっ!」「みゃあっ!」「うみゅっ!」など、奇怪な音をどこから出しているんだと突っ込みたい声を出しながら、毎度毎度魔獣にビビっている。そして、ビビって疲れ果て、最後には死んだような目で魔獣を無言で見るまでが一連の流れになっている。


 そんなところは、ラヴァルディ公爵家の後継者だったのにも関わらず、小さいころから魔獣を苦手にしていたセザール兄上に似ている。


 まあ、でもリディは五歳で小さいし、まだ一ヶ月程度ではこんなものだろう。ショック療法ではないが、しばらくはこのように慣れさせるしかない。

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