第15話
リディがラヴァルディ公爵レナートの娘となって、二ヶ月が経過していた。
相変わらず、ずっとパパと一緒に過ごしているリディだが、最近、少し変化もあった。それは、パパが仕事中にリディを部下に見られないようにしていた衝立が取っ払われたことである。お陰で、リディは、毎回、初見のパパの部下たちにパパに娘だと紹介され、驚愕で見られる羽目になっている。
また、最近のリディは、ちょっとした勉強も始めた。パパが座るソファーの横に座り、ブリスにより、リディの座る高さの位置に小さいテーブルをソファーの上に用意され、その上で字を書く練習と、簡単な算数を始めた。本を読むだけは飽きてきていたので、気分が変わりちょうどいい。
パパが時々、仕事の合間にリディの算数の勉強を覗いては、「俺の娘は天才か?」と言っている。違うんです。回帰しているから、このくらいなら簡単なだけなのです。それに、パパが小さい頃はもっとすごかったと聞いている。だからパパは大げさに褒めているだけだと思う。
リディは文字の読み書きと簡単な算数までなら、回帰前に勉強したことがある。しかし、それ以降のちゃんとした教育を受けていないので、頭は良くない。だからか、これまで幾度となく騙されてきたし、利用されてきた。だから、今度はもう少し頭が良くなるよう、知識を得られるといいなとは思う。
今日もパパの元には、部下がやってくる。
リディは字の練習がてら、日記を書いていたところ、今日もリディにとっては初見のパパの部下がやってきた。部下は、他の人とは違い、男の子を一人連れている。男の子はリディより少し年上に見えた。
「……最近、閣下が娘を連れていると聞いておりましたが、本当だったのですね」
「ああ。娘のリディだ」
「初めまして、リディです」
たぶん、本当は初めましてではないだろう。声だけなら、先日まで衝立を挟んだ状態で、リディは聞いているはずだから。覚えてはいないけれど。
「……初めまして、リディ嬢。バイエン子爵のモルガンです。私はラヴァルディ前公爵の弟の息子ですので、リディ嬢にとって縁戚になります。こちらは息子のジャンです。ジャン、ご挨拶を」
「……初めまして、ジャンです」
それから、バイエン子爵はパパと少し話をして、部屋を出て行った。
ここに来るのは大人ばかりなのに、今日はなぜ子供がいるのだろう、と思っていると、パパが説明してくれた。
「数日後は前公爵の命日にあたる。節目の年ではないから、大々的に何かをするつもりはないが、バイエン子爵は毎年この時期は墓を訪問するんだ。毎度子供を連れてな」
「前公爵って、私のおじい様?」
「そうだ。だから仕事だけなら日帰りするが、この時期だけは十日ほどは滞在する」
「そうなの。あの男の子、何歳?」
「さぁ……? 七歳くらいか?」
パパはバイエン子爵の息子ジャンには興味がないようで、適当にリディに答えている。パパの隣に立っていたブリスが苦笑しながら、口を開いた。
「ジャンは八歳ですよ」
「じゃあ、私より年下だね」
「うーん……そうですね、十二歳のリディよりは年下ですね」
最近大人とばかり話していたリディは、子供を見ると新鮮な気持ちになる。
「また、十日も滞在するんですねぇ……」
「……? ブリスはバイエン子爵が苦手なの?」
「苦手ではないですよ。面倒なだけです。できるだけ顔は会わせたくないのですが」
「どうして?」
「バイエン子爵が嫉妬の塊だからです。いつも私やルシアンを見ては、ラヴァルディ公爵家の血筋でもないくせに、兄上に贔屓されている、と兄上のいないところでチクチクと言ってきますから」
「えぇ? ブリスはパパの弟なのに?」
「バイエン子爵は血統主義なんです」
確かにブリスとルシアンは、パパと母が同じだけれど、ラヴァルディ公爵家の血筋ではない。それでも、ブリスやルシアンを間近で見ているリディは、二人がパパに忠誠を誓っているのは分かるし、パパのために一生懸命働いている。それに、ブリスの父カルネ伯爵は、ラヴァルディ公爵家の家門であり、パパの忠臣でもある。だから、ブリスたちは、パパから当然の扱いを受けているだけと思うのだが、外から見ると羨ましく見えたりするのだろうか。
その日から、バイエン子爵の親子とは、夕食のみを一緒にすることになった。バイエン子爵から、ぜひパパとリディと夕食を一緒にしたい、と提案があったらしい。ただ、同じ席にブリスやルシアンもいるのに、バイエン子爵はほとんど二人と話すことはない。
二人の滞在が三日ほど過ぎた頃、バイエン子爵がこんな提案をした。
「閣下、リディ嬢とジャンは年齢も近いですし、もしよければ、我々が滞在している間、ジャンにリディ嬢の遊び相手をさせますが、いかがでしょうか?」
「遊び相手ね。リディ、どうする? バイエン子爵の息子と遊んでやるか?」
「うん、いいよ」
パパはバイエン子爵の息子の名前を覚える気はないらしい。名を呼びもしないパパに内心苦笑しつつ、頷いた。実はほとんど屋敷内をうろついていないリディは、ジャンと一緒に屋敷探検でもしたいと思ったのだ。
その日は、使用人を一人付けてもらって、ジャンと一緒に屋敷を使用人に案内してもらった。
「ここに住んでいるんだろ。なんで今更屋敷案内なんだよ」
パパの前では大人しかったジャンは、使用人がいるとはいえ、リディと二人になった途端、言葉遣いが崩れた。まあ、別にいいけどね。
「パパがずっと一緒にいるように、って言うから、屋敷の詳しい部分は分からないの」
「ふん、可愛がられているって言いたいのか? お前、本当に閣下の娘? 最近急に娘ができたって聞いたけど?」
「ここに来たのは最近だけど、パパの娘だよ」
リディが本当はパパの兄の娘だというのは、リディとパパとブリスとルシアンしか知らない。他のみんなには、外に住んでいた実の娘を引き取った、という説明をしているようだった。
「父上は例え閣下の娘だったとしても、母親は卑しい平民のはずだって言ってたけど、本当か?」
「……わかんない」
母の事は、知らぬ存ぜぬで通すように言われている。母は元貴族で、上位貴族ベルリエ公爵の娘です、なんて、ベルリエと関係があまり良くないラヴァルディの血筋であると分かった以上、今は言わないほうがいいのだ。
「わからないってことは、やっぱり平民の子なんだろ! 卑しいくせに、閣下の娘だからって、いい気になるなよ!」
ブリスがバイエン子爵は血統主義だと言っていたが、親が親なら子も子のようだ。ジャンとは仲良くなれないかも、と思いながら、引き続き屋敷案内をしてもらっていると、屋敷の玄関口でお客さんを発見した。
「マレ伯爵、こんにちは」
「これはこれは、リディお嬢様。こんにちは。入口でお会いするのは初めてですね」
マレ伯爵は、ラヴァルディ公爵家家門の忠実な部下で、領内の管理に携わる人だと前にパパに紹介された。三日に一度はパパの元にやってきて、報告やら何やらに忙しい人だ。執務室の衝立が外されてから、リディも何度か顔を合わせたので、すでに顔見知りだった。温和そうな容姿だが、仕事はできるとブリスは言っていた。
「マレ伯爵の馬車、かっこいいね! 鷹の人形が付いてる」
「鷹の人形はエンブレムですよ。有名な馬車の会社です。ラヴァルディ公爵家の持つ会社の一つです」
「そうなの?」
「先日買い替えたばかりなので、まだ新しいんです。中を見てみますか?」
「うん!」
馬車の外側は黒色と金色で統一されているが、馬車の中はクリーム色と金で統一されていて豪華だ。
「椅子もふかふかだね!」
「そうなんです。長時間座ることもあるので、椅子だけは特注にしました」
マレ伯爵は馬車が好きなようで、馬車の中には、特殊な魔法石で冬は暖房、夏は冷房になる機能が付いているとか、椅子の下には収納庫があるとか、説明してくれた。
それから、パパに報告があるというマレ伯爵が去っていく姿に手を振っていると、ジャンが呆れた声を出した。
「こんな馬車、うちにだってある。何も自慢にもならないだろ」
別に、マレ伯爵は自慢したわけではないと思うのだけれど。リディが興味津々だったから、教えてくれただけなのに。
ジャンとは始終そんな調子で、リディはジャンとは性格が合わなさそうだ、と感想を持つのだった。
次の日、再びジャンと遊ぶ? ことになったリディは、その日は庭のガゼボでお茶会をすることにした。お茶とお菓子を使用人に用意してもらい、甘いお菓子が大好きなリディはニコニコと食べる。幸せだ、と思っていると、そこでもジャンが幸せな時間に釘をさす。
「お前、閣下の娘だからって、まさか次期ラヴァルディ公爵になるつもりはないよな?」
「次期ラヴァルディ公爵? パパの後を継ぐってこと?」
「そう聞いてるだろ。聞き返すなんて、お前馬鹿か?」
「……」
ジャンは人を馬鹿にしないと会話できないのだろうか。
しかし、ふむ、と考える。パパはリディを後継者にするのかどうか。パパはリディを娘にするとは言ったが、後継者にするとは言っていない。
それに、リディはパパのように闇の魔法は使えないし、怖がりである。きっとパパは、リディには次期公爵は無理だと思っているだろう。
「たぶん、次の公爵にはならないと思う」
「だよな! やっぱり、俺が次の公爵なんだ」
「……そうなの?」
「父上が言ってた。父上は前公爵の弟の子供だから、ラヴァルディの正当な血筋なんだ。お前みたいに卑しい平民の血は入っていないし、閣下の次の後継者はきっと俺だって」
「……」
もしかして、水面下でパパとバイエン子爵の間で、ジャンを後継者にする、というような話が持ち上がっているのだろうか。
ジャンという後継者候補がいるなら、なぜパパはリディを娘にしたのだろうか。単純に親無し子で可哀想だから? それとも、他に別の理由が?
リディは別に後継者になりたいと思っているわけではない。そんなすごいものに、リディがなれるわけないのだから。しかし、リディの心の内に、何かもやもやと不安が渦巻きだすのだった。
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